第八話 「負い目」
学校生活は思いの外上手くいった。
久しぶりの登校で誰かが絡んでくるかと懸念したがそんなことはなかった。
むしろどうでもいいのだろう。
心配してくれた友達には挨拶をしたし、それで俺自身は満足した。
なんとかなりそうだ。
帰宅すると姉がいた。
まだいた。
はよ帰れ。
とは言わないでおく。
「おぉおかえり」
「姉さんは帰らないの?」
「こっちが大学近いもーん」
「あっそ、僕はもう寝る」
「早すぎ……あーそっか。おやすみ」
姉が言っていた通り仮想空間にいてもこちらの体が休養を取れるわけではないらしい。
今日一日滅茶苦茶眠かった。
「おやすみ」
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アビスが消え一日が経過した。
アビスのことも気になるが、それよりエドガーの発言の方が不可解だ。
自分が殺してしまい、そのせいで彼は自分に託さざるおえなかったと、フィアはそう考えた。
居ても立ってもいられなかったフィアはすぐに東に向かった。
何時間も走り続けているにも関わらずマスカルノグの群は見当たらない。
アポロン王国とルナリア王国の狭間に到着する頃、村を発見した。
見るに耐えない廃村だった。
家は瓦礫で埋まり、壁の塗装は剥げ、マスカルノグの溜まり場になっていた。
最近まで人が住んでいたらしく、地面にまき散らされた血痕はまだ乾いていない。
マスカルノグは人の真似をする。
本能であり、実際何かを成し遂げるわけではなく、ただただ無意味なその行動で満足するようだ。
例えば、具材の何も入っていない鍋を火にかけぐるぐるとかき混ぜたり、ただの棒でひたすら木こりをしようとしたり。
ただし人を見かければすぐに襲いかかる。
フィアはマスカルノグを殲滅すると決めた。
騎士団員として人に害を為す存在は抹消しなければならない。
そんな強い意識があった。
「……」
フィアは無断で騎士団を抜け出しているため、できるだけ早く帰らなければならなかった。
マスカルノグの群に正面から突撃する。
普通のマスカルノグなら瞬殺できるが、群を仕切る巨大なボスがいる可能性が唯一の懸念点だ。
フィアはマスカルノグを次から次へと倒し、やがて村の中央で五歳くらいの少女を発見した。
その少女は溢れそうな涙を目尻でとどまらせ、徘徊している。
ひたすらに狼狽し、まるで誰かを探すように辺りをキョロキョロしていたその少女はマスカルノグの標的となった。
フィアはマスカルノグを一太刀で切断。
まき散らされたその血液や両断された肉は端から段々と灰へ変わり、空気に消えていった。
「大丈夫かい?怪我はないかい?」
「……うん」
少女はフィアの制服か頼もしさか、あるいは誰かが助けに来てくれたことに安堵した様子で見つめた。
「どうしてこんなところにいるんだい?」
「お兄ちゃんを探してて」
「お兄ちゃん?」
フィアは言葉を聞いて悟った。
少女の兄はもう……。
いや、まだこの村で人の“死体”は見ていない。
希望はある。
「お兄さんの特徴を教えてくれないかい?」
万が一少女が見てしまい、トラウマになってはいけないとフィアはそう考えた。
故にフィアがやらなけらばいけないことは、少女に代わって兄の生死を確認することである。
「うぎゃぁあ!」
──否、少女の安全確保が最優先だ。
「ごめんよ」
フィアは少女を抱え、素早く立ち去る。
今にも崩れそうな屋根を踏みばに、村から離脱すると、砂漠との境界が見えてきた。
村はルナリア王国の、アポロン王国に触れないような場所に位置し、アポロン王国はほとんどが砂漠のような地域なため、空気が乾燥している。
何時間も走って移動していたフィアの体力は容赦なく奪われていくのにフィアは飲み水を持っていない。
少女を連れ出したフィアは、自分の喉をつまみ左右に引っ張りながら少女と目線を合わせる。
めっちゃ喉がイガイガする。
「大丈夫かい?お兄さんの特徴を教えてほしい」
「お兄ちゃんは……大きいです」
「どのくらい?」
「めっっっちゃ大きいです」
「えぇと、うん、分かった。ちなみに君のお名前は?」
「エナです。エナ・ヴィンクロースです」
「ヴィンクロース?」
名前を聞いて思考が停止した。
ヴィンクロースはエドガーと同じ姓だ。
エドガーの頼みとはこの少女のことなのだろうか。
「エナはここで待っててくれ。村はボクが一人で見てくる」
フィアは少女を安全そうな木陰に預け、マスカルノグを殲滅する。
あっという間だった。
少女が退屈する間もなく安全な廃村と化した。
少し探索すると家の影になるようなところで井戸を発見した。
飲めそうなら少女にもあげたいし、自分も滅茶苦茶飲みたい。
配置されていたバケツを暗闇の中にゆっくり投入し、やがて重くなった。
フィアは歓喜しながらロープを引っ張り上げる。
──やっと水が飲める!
しかし、覗いてみるとバケツとともに死にかけのマスカルノグが浮かんできた。
「う……ぎ……」
勢い余って適当に倒した結果、井戸に入り込んでしまったらしい。
バケツを上げきると灰になって消えた。
この水は飲みたくない。
「終わったよ…………行こうか」
「……うん」
結論から言うと少女の兄はいなかった。
というかそもそも人が一人もいない。
「ちなみに君のお兄さんの名前は?」
この少女の兄を自分が殺していた。
その事実に手が震えた。
けれど認めたくはない。
フィアは自分の胸元を強く握りしめ、心の均衡を保とうとしたが、震えは止まらなかった。
「ヒガンテ・ヴィンクロースです」
「ヒガンテ?エドガーじゃなくて?」
「え?エドガーお兄ちゃんの方はエテルナの方に行ってます」
やはりそうだった。
この少女はエドガーの妹だった。
身体から力が抜け、罪悪感がフィアを支配した。
「じゃあ……え、エドガーお兄さんのとこに行くか、ヒガンテお兄さんのとこに行くかどうする?それか第八騎士団で保護することもでいるよ」
「ヒガンテお兄ちゃんを探したい」
「分かったよ」
エドガーを殺したのは自分だ。
フィアは責任を感じ、この少女をもう一人の兄のもとへ連れて行くことを決意した。
「たぶんみんな避難できたんだよ。心配は無用さ!」
少女の不安そうな表情を見て、優しく声をかける。
──絶対に送り届ける。
フィア達は更に東に向かうことにした。
黄金の枯れた草が地平線まで続き、大地を覆い尽くしている。
フィアも足取りを奪われるし、少女は体の半分が埋まっていて動きづらそうだ。
フィアとしてはあまりアポロン王国を動きたくない。
理由としては第三騎士団はアポロン王国に位置し、エドガーが第三騎士団から依頼を受け、それに協力していたからだ。
第三騎士団の拠点はアポロン王国に二つ。
一つはルナリア王国とアポロン王国の境目にあるサンスピア山脈、もう一つは広漠都市ネビアにある。
故にフィアは山脈を迂回し、広い砂漠地帯を避けるためサバンナを移動している。
そしてフィアが今目指しているのは黄金都市アウルリア。
メサの峡谷となっており、巨大な滝がトレンドマークである。
廃村から近いはず……。
「ごめんよ少し歩くよ」
アポロン王国は広大でマスカルノグが虫のように湧いている代わりにモンスターが極端に少ない。
フィアと少女にとっての脅威は乾燥した空気と熱気。
木々も少なく影で休めるような場所もない上に水もない。
特にフィアは脱水症状に陥る。
「アウルリアに着いたら水があるからそれまで頑張ろう」
なぜここまでして引き返さないのか。
少女の要望に応えたいというのもあるが、シンプルに怒られるからである。
フィアは真面目過ぎる性格が故、他人の声に敏感であり、課せられた任務は必ず遂行する。
少女を保護した段階で第八騎士団に戻ればもう二度と少女の兄探しはできないかもしれない。
と、そう考えた。
「あれは!」
サバンナ特有の曲がりくねった木々に囲まれたオアシス。
フィアは歓喜し、水場に急いだ。
両手いっぱいに水をすくい、口元に近づけると少女がフィアの手を止めた。
「どうしたんだい?」
「サバンナの水は飲んじゃだめってお兄ちゃんが」
「え?なんで?」
「分かんないけど、飲まない方がいいって言ってました」
掌から水を溢し、手についたしずくを払った。
「まぁまぁ、水が飲めないことぐらい分かってたさ!」
「そ、そうなんですか?」
水が飲みたい。
少女を保護して一度帰った方が良かったかもしれないと今更ながら後悔をする。
「アウルリアまで我慢しよっか」
フィアと少女はまた歩き出した。
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黄金都市アウルリア。
近いようで遠かった。
沈みかけた茜色の夕日が、峡谷にすっぽりと挟まり、黄金に輝いている。
峡谷の片端から巨大な滝となっており、そこを中心として街が発展しているのが特徴だ。
フィアは少女をおんぶし、フラフラと街を歩き、ある飲食店の前で老人が話しかけてきた。
「騎士団の方?」
「そうなんだ。ボクはこの子の兄を探しているんだです」
フィアの制服を確認した老人は異常事態を察する。
「この辺りに体の大きなヒガンテという男性を見ませんでしたか?」
「知らないですね。それよりお二方具合があまりよろしくないとお見受けできますが」
「あ、えぇとそうなんです。あの、水を飲みに行ってもいいですか?」
「水か?水なら私が用意しよう」
「え?あ、はい。ありがとうございます」
老人はフィアを自宅まで案内し、水の入った大きめのコップを渡した。
老人の家は表の飲食店と繋がっており、繁盛していて、若手の従業員が何人も働いていた。
「あの、ここは?」
「ここは私の家です」
「いやそうじゃなくて……あ、いやそうなんですね」
沈黙が続き、部屋や飲食店の様子を観察していると一人の少女がエプロンで手を拭きながら入室する。
「おじいちゃん、大鍋どこー?いつも用意してあるけど──騎士団の人?」
少女はフィアの装いを見て不審がる。
「おじいちゃん、また誰か連れてきたの?」
「困ってそうだったので」
「困ってれば誰でも連れて帰ってきていいわけじゃないからね」
フィアはわけも分からず混乱する。
どうやら騎士団はあまりいい様に思われていないらしい。
「すいません。もう出ます」
今までジッとしていた少女の小さな手を取り外に出ると、人々は慌てて同じ方向に走っていた。
「グラーヴマスカルノグが出たぞー!」
グラーヴ?
人々の行動の原因が分かり、ようやく状況を把握した。
逃げている一人がフィアにぶつかり転ぶ。
「いった、大丈夫かい……あっ」
ぶつかったその人はフィアを気に留めることもなく走っていってしまった。
人々が走っている方向とは逆を確認すると巨大な何かが暴れていた。
暗闇がその姿をぼかす。
フィアは先程の部屋まで戻り、老人とその老人を連れる少女に少女を託しす。
「すいません。この子見ててくれませんか?」
「は?ちょっ!」
フィアは返答を聞く前に部屋出ると、近くまで来ていたグラーヴマスカルノグのところへ向かう。
グラーヴマスカルノグは人を握っており、その人を助けるために急いだ。
フィアは全力で走ったが、術式射程内に入るまでに間に合わないことを悟る。
──いや、間に合わせる。
巨大な数々の石で身を纏っており、その特殊な体は魔法術式により刃を通さない。
フィアは高く飛び、剣の柄頭で腕の岩を殴る。
何度も殴り続ける。
何度も何度も殴るが、ビクともしない。
グラーヴマスカルノグは巨大の石の仮面と装甲が動きとともにしなるようになっていて、動きの不自由さもあまり感じられない。
やがてグラーヴはその人を口元へ運び、噛みちぎる。
「クソっ!!」
グラーヴから一度距離を取る。
石の装甲は自身の魔法によって強化されており、正の魔力で起動した魔法術式の効果は負の魔力で緩和することができる。
しかしフィアに負の魔力を生成する技術はない。
故にやれることは剣の柄頭で殴り続けることで石の装甲を砕くことである。
「お兄ちゃん!」
後ろから聞こえたその声はエナの物だ。
兄と合流できたらしい。
振り向いて様子を確認したいが今は集中だ。
「お兄ちゃん!!」
少女の声は段々と近くなって来ており、フィアは様子を窺った。
走って来るエナには動きに迷いがなかった。
「エナ!」
グラーヴマスカルノグから瞬時に背を向ける。
エナを抱きかかえグラーヴから全力で逃げるが、エナはジッとしてくれない。
「大人しくしてくれ!」
やがてエナはフィアの腕からすっぽりと抜け、エナはグラーヴマスカルノグに向かって走る。
フィアは反対方向へ走り出そうとする勢いで足を捻り、倒れてしまった。
「エぇナ!!」
挫いた足を無視して走り出すが、間に合わない。
エナを含めた空間の時間停止を試みるが、焦っているせいで座標が定まらない。
殺される……!
「戻って来いエナぁぁあ!!」
フィアは足を止めた。
その光景に唖然とし、フィアは目を見開いた。
エナがはグラーヴマスカルノグの巨大な足に抱きつき、グラーヴマスカルノグは巨大な掌でエナの頭に手を置いている。
まるで撫でるように。
「にぃに」
フィアは心臓が止まりそうだった。
ベタベタとした汗が次々と流れ、いつ殺されてもおかしくない状態にヒヤヒヤした。
「エナ……」
先程まで人を襲い、殺し、食べていた巨大な化け物が少女を壊さないようにしていた。
このグラーヴマスカルノグは本当に少女の兄なのかもしれない。
──刹那、鈍い音が聞こえた。
聞いたことのない音だった。
酷く胸騒ぎが始まり、耳鳴りが続いた。
フィアは呆然と立ち尽くし虚無になった。
グラーヴマスカルノグの巨大な掌が開くと、ダラダラと赤い液体が垂れ流れる。
燻る琥珀色の地面が濃い赤色に染まっていく様を見ながら状況を理解しようと試みた。
頭が働かない。
何もできない。
ただ立っているだけ。
少女をもっと強く抱えていたなら。
少女を止めることが出来たなら。
少女が来る前にグラーヴマスカルノグを倒せていたなら。
こんなことにはならなかった。
いや、違う。
そもそも少女のの兄探しをしようとしたこと自体間違いだったのだ。
自分が怒られたくないだけで引き返さないという判断をしたことが間違いだった。
フィアは俯き虚無のままマスカルノグに掴まれる。
マスカルノグは“なぜか”すぐには◯さない。
人を痛めつけ、観察し、ようやく◯す。
フィアはマスカルノグを見つけ次第◯していたためその特性を知らなかった。
「お前のせいじゃないか!そもそもお前がこんな所来なきゃエナは死ななかった!」
フィアはグラーヴマスカルノグの腕の装甲を剣の柄頭で殴り、怒の一撃で腕の装甲の一枚を破壊する。
──そして刺す。
グラーヴマスカルノグはフィアを反射的に手放し、フィアは転がる勢いで立ち上がる。
グラーヴマスカルノグは胸の装甲が最も分厚く殴りだけでは破れない。
そこでフィアが取った方法は鎖骨辺りにヒビを入れ、そこに剣を刺し、引き剥がす方法である。
グラーヴマスカルノグの拳が振り落ちる。
その巨大な腕を持ち上げるだけで時間がかかるその隙に鎖骨への一撃。
そして二撃。
三撃!
その打撃は非常に重く、ムカついていたせいか簡単にヒビが入った。
肩に跨ぎ、ヒビに剣を突き刺す。
剣の柄に足をかけ、体重をかけ、力を入れるとミシミシと装甲が軋む。
──バキィ!!
装甲が剥がれ、破片が飛び散った。
落ちて転がった剣とともにフィアも転がり落ちる。
素早く剣を拾い、胸から肩にかけ切断。
「うぎゃゃぁぁあああ!!!」
グラーヴマスカルノグは低く響くような断末魔を上げ、息絶えた。
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「なあ父さん」
「仕事の時は団長と呼べ」
任務から帰宅したノクトと傷を負ったまま仕事をするアイゼン。
フィアがどこに行ったかは気になるがそのうち帰って来るだろうとあまり心配していなかった。
「マスカルノグってさ……」
「人間だ。元な」
「まじか、今まで人間殺してたかよ」
「フィアには絶対言うな。アイツが知れば仕事が手につかなくなるし、負い目を感じて何しでかすか分からんからな」
「分かった」
アイゼンはフィアのことをかなり心配していた。
肉体的な心配ではなく精神面である。
なぜかは分からない。
誰かと似ているが誰か分からない。
「ボクはこの子の兄を探しているんだです」は誤字じゃないです。他の誤字は誤字です




