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ニセモノをホンモノにしたくて  作者: なるなるなるなる
第二章 虚栄の楽園
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第九話 「命のやりとり」

 俺はけたたましく鳴り響くスマホのアラームをスワイプして止めた。

 寒いので布団からは出たくない。

 けれど勇気を出して最初の一歩を踏み出すことで寒いこの部屋でも学校の準備ができる。


 ちなみに姉は「次の土日でログインしとけよ」と言い残して実家に帰って行った。

 うん、意味分からん。


 今日で不登校から脱却して二日目。

 ベットから降りると背伸びをし、トイレに行く。

 そして手を洗い、うがいをして、朝食を取り、布団に入ってスマホを触る。


 ──は?いや何やってんだよ。


 すぐに起き上がり制服に着替える。

 カバンを手に取り、玄関で止まりスマホで時間を確認するとまだホームルームまで時間があった。

 よしゆっくりしよう。

 

 結局俺はギリギリで登校した。

 昨日の夕方から寝ていたのにも関わらず遅刻ギリギリだった。

 目立ちたくないと言っておきながら少し視線を集めてしまった。


 授業の大半ボーッとしている。

 不登校の時と考えは変わらない。

 授業を聞いたところで自分のためになるとはまるで思えないし、そもそも苦労してここまで移動するのも無駄だと考えている。

 誰かが好きだからその誰かの前で堂々とできる自分でありたいがために今日も登校した。


 昼休みは友達と食べる。

 自分から誘ったりはしないが、誘われるのは待っている。

 とにかく蓮(アイツ)のいるこの教室からは逃げ出したい。

 まぁ、誘われなければここで食べるしかないんだけどね。


 学校が終わり、帰宅する。

 今日から早速ゲームを始めよう。

 ゲームと言うのかどうかは分からないが。

 帰宅すると速攻でシャワーを浴び、着替えて、髪を乾かす。

 VR世界に入るとこの体は抜け殻状態になっているらしいので、汚い体でベットには入りたくない。


 さぁ、早速……。

 いや、なんか面倒臭いな。

 なぜゲームするために誰かと合わないといけないのか、と思うと突然やる気が失せた。


 俺はあの人を好きだと思っていたがそれは本当なのか。

 誰かを好きになる前、必ず俺は『好きだと認めたくない自分』と戦わなくてはならない。

 毎回だ。


 そもそもアレは可愛いのか?

 あんま可愛くないんじゃないのか?

 いや、そういうことじゃないだろ。

 俺はあのファンタジー世界が好きなだけだ。

 そうだ。

 あの歩いてるだけで楽しいあの世界が興味深くて好きなだけ。

 だからログインする。

 ただそれだけだ。




---




 世界に帰ってきた。

 ログインする際、俺は必ずベットの上に出現する。

 煤けた壁や錆びた鉄格子と妙にボーッとするようなこの感覚は身に覚えがあった。

 騎士団の牢屋だ。


「なんか頭いてぇ」


 とにかく動こう。

 動き出さないと何も進まない。


 俺は二人いる見張り相手に「すいませんすいません」と早口で挨拶しながら抜けていき、メインホールを歩き周る。

 白黒と交互に配置された大理石の床が妙に落ち着かない。


 俺は周りの目をあまり気にせずにアイゼンの執務室へ向かうが、決して目的なくて行くわけではない。

 姉曰く、あることを言えば世界に存在できない時間があることを示せるらしく、それを伝えに来た。


 そういえばアイゼンの怪我は治っているのだろうか。

 心配かと言われればあまり心配ではないが、あんまり他人の傷は見たくない。


 俺はアイゼンの執務室の扉をノックする。

 低く威厳のある声で入っていい合図が聞こえると扉を開く。

 目を見開いたアイゼンがよく見えた。

 腹の傷は机で丁度確認できない。


「失礼します?」


 騎士団でもない人間の俺が仕事の報告をしに来たような入り方をしたのは変だろうか。


「お前はアビスか?」

「え?アビスですよ」


 アイゼンは深い溜め息とともに頭を抱える。


「あ、すいません。また来ます」

「いや大丈夫だ。お前は今までどこに言っていたんだ?」

「僕は特殊な身体で、不死身の身体を手に入れた代償としてこの世で身体と意識を保てる時間が限られているようです」


 姉が言っていたことをそのまま言った。

 ちなみに言葉の意味を聞いても教えてくれなかったし、理解もしようとは思わない。


「ちなみに精霊でもありません」

「そうか……全く意味は分からんがとにかく納得しておこう。実際に死なないという話だからな」


 全然理解してもらえねぇじゃねぇか。


「ところでアビス。騎士団に入団する気はないか?」

「騎士団に入団?」

「お前は騎士団の下で監視しておきたいというのが本音だ。それにお前のためでもある」

「……僕の?ですか?」

「あぁ、お前が白髪である以上騎士団の制服を着ておくことで他の騎士団から殺されることもないしな。それにフィアがお前の家を破壊したらしいからな。ここの寮を使うといい」

「それは……入団して仕事をしろってことですか?」

「まぁそういうことだ。給料も渡そう」


 正直断る理由がない。

 何も分からないからだ。


 前回のログアウトで経過時間は約4時間程だが、こちらの世界には日が沈むまで滞在していた。

 おそらく、現実世界の時間が進むとこちらの時間もわずかに進むのだろう。

 ん?逆か。

 こっちの時間の方が早く進むのか。


 いやそんなことより、

 姉がわざわざ土日のログインを促したのは恐らくこの入団イベントと俺のログインを揃えるためだろう。

 となると、この入団イベントはチャプターエンドに必須条件だ。


「分かりました。入団させて頂きます」

「助かる。制服は明日渡す。早速だが明日、ヘイゼル達とマスカルノグの討伐任務を受けて欲しい」

「ま、マスカルノグですか?」


 仮面野郎(マスカルノグ)。

 体は小さく、ゲームとして序盤のチュートリアルに出そうな雑魚モンスターなのだろう。

 けれど俺の中で脅威となっていた。


「マスカルノグも生き物ですよね?僕には殺せないのですが……」

「そうか。これからそういう任務が多くなる。お前はこの世界にいれる間だけの任務にしてやるから明日は頼む」

「分かりました」


 結局俺は引き受けてしまった。


 それから俺は寮に案内された。

 寮は思いの外広々としており、多くの騎士団員が利用していた。

 騎士団という組織の一員となったわけだが、認めてもらえるか不安だ。

 フィアだけは確実に歓迎してくれそうだ。

 ──何言ってんだ俺は。


 部屋は自分の住んでいるアパートよりも遥かに広かった。

 割と大きめのベットもあり、トイレやシャワールームも完備してある。

 キッチンはなかった。

 旅行に来た気分でワクワクが止まらない。


 ちなみに案内してれたのはノクトだった。

 くそ気まずかった。

 アイゼンの言っていた通り、騎士団員は俺との不可侵を受け入れてくれたらしい。

 ノクトの口調はまるでこれから仕事をしていく仲間とは思えないような対応で迎えてくれた。

 胸がチクチクした。


 アイゼンは最後に、フィアにも挨拶をしておけと言っていた。

 どうやら俺が消えた後、かなり心配してくれたらしく、国を越えて探してくれたらしい。

 さすがに申し訳ない。

 見かけたら謝っておこう。

 てか謝りに行きたい。


 旅行気分でグダグダしているとあっという間に日は沈んでいた。

 ちなみにこちらの体は現実世界とは別で食事が必要らしい。

 これも姉が言っていたな。

 現実世界と仮想世界で二つの身体を手に入れた気分だ。

 夜ご飯は騎士団に備えられてある食堂で食事を摂れた。

 ちなみに一文無しだとアイゼンに相談したら今日の食事代は奢ってくれた。

 給料が入ったら返しておこう。


 明日のことだが、あまり気は進まない。

 ヘイゼルという人もよく分からないし、さすがに緊張する。

 モンスターとは言え、あの大きさの動物の命を奪うという行為は想像するだけで手が震えるし、逆に襲われそうで怖い。


 中学の時の野外学習のことを思い出した。

 最初は鶏やヒヨコとの触れ合いだけで終わるものかと思っていたが、最後は班ごとに配られた生きた鶏を捌くというのが本題だった。

 班一つ一つに用意された大きめの机と、掌より大きな刃のクレバーナイフ。

 班それぞれ、一人が息の根を止めて捌く役目を決めさせられ、大抵の班がジャンケンという方法で決めていた。

 ある女子は泣きながら首を落とし、ある男子はイキって簡単にできるフリをしながら涙をボロボロながし、ある男子は一撃で仕留められず鶏の暴れる姿を見て膝から崩れ落ちていた。

 アレは一生物のトラウマだ。




---




 翌日。

 アイゼンから騎士団の制服を受け取った。

 黒を基調とし、旭日章を彷彿とさせる星型の紋章が腕部分に一つ刺繍されていた。

 もっと重い物かと思っていたが、割と軽く、ジャージのように動きやすい。


 俺はアイゼンから聞いていたヘイゼルという女性をメインホールで探した。

 アイゼンが言うには亜麻色の髪を纏めている少女らしい。

 亜麻色と聞いてピンと来たのが、大窓から逃げ出す際にこちらに軽蔑の眼差しを向けていた少女ではないかと思った。

 ザッツライトだった。


 亜麻色の髪をした少女に目をやりながらすれ違おうとすると、空中にフワフワと浮かぶ緑の髪をした小人のような生命体を連れて、アビスかどうかを聞いてきた。


「すいません、アビスさんですよね?」

「そうですけど、ヘイゼルさんですか?」

「はい、そうです。よろしくお願いします」


 ヘイゼルは丁寧に頭を軽く下げた。

 俺も一応下げておく。


「そちらの人?はなんですか?」

「大精霊の──」

「フワリだよぉぉ〜!」


 フワリと自分で名乗ったその小さく浮かぶ子供型の精霊は羽はパタパタさせ、空中で一回転する。

 この二人は問題なく接っせられそうだ。


「おせぇぞウサギ」

「は、はい……」


 亜麻色の少女ヘイゼルと、緑色の精霊フワリと、もう一人。

 俺を嫌い、俺が苦手とする少年がヘイゼル達と一緒に待っていた。

 ノクトだ。


「待たせておいてすいませんもなしか」

「……すいません」


 気が重い。

 なぜこんな奴と仕事をしなければならないのか。


「あ、あの、アビスさんよろしくお願いしますね」

「はい」


 気を使ってくれたのだろうか。


 俺達四人は迷宮都市エテルナからほんの少し離れた森へとやってきた。

 俺が住んでいたであろう山と近い。

 任務内容はマスカルノグの群の取り残しがないかの確認と、取り残しの討伐である。


「アビスさんは今いくつなんですか?」

「15とかじゃないんですかね」

「ヘイゼルちゃんとアビスは同い年だよぉ」

「そうなんですか?」

「ノクトやトーマスとかとも同期だよぉ」


 敬語は必死なさそうだが、しばらくは下手に出て殺されないようにしておこう。


「聞きたいことがあって、精霊ってなんですか?」


 それを聞いたヘイゼルとフワリは互いに目を合わせた。


「え?変なこと聞きました?」

「いや、なんか……どういう質問かなって。フワリのことなのかボケなのか分からなくて」

「えぇと、普通に精霊て何なのか分からなくて」

「「え?」」


 ヘイゼルとフワリの声が調和した。


「フワリはフワリだよぉ!」


 話がすすまない。

 この世界について調べたいのにそもそもその土俵にすら立てない。

 恐らく精霊は存在が当たり前で、俺達現代人がスマホを使うのが当たり前で「それ何?」と過去人に聞かれているような物かもしれない。


「この前小さい子に精霊て何?て聞かれて、なんか説明が難しくて、」

「魔力でできた生き物だよって言っておけばいいんじゃないですか?」

「そうですか」


 精霊って魔力でできてんの?

 てか魔力てなんだよ。


「魔力でできてるってどういうことですか?」

「「……?」」


 二人は訝しげに俺を見つめる。


「あーもしかして、アビスは魔術界、初めてなのぉ?」

「そうなんですよね」

「ならそう言えばいいのにさぁ」


 フワリはほんの少し機嫌を悪くした。

 やはり俺は騎士団にとって異物なのかもしれない。


 ノクトは遥か前を歩き、その後ろで俺等三人は会話している形だったが、ノクトが足を止めていた。

 俺を待っていてくれたはずもなく目に見えてブチギレていた。


「お前らイチャつきに来たんなら帰れよ。あんまイライラさせんなよ」


 最悪の空気になった。

 嫌ならお前がどっか行けよ。

 なぜコイツはわざわざ怒をぶつけて来るのか。

 本当に不快だからやめてほしい。


 それからマスカルノグがチラチラと出現した。

 その度にノクトとヘイゼルがバタバタと倒していた。

 俺は何もできない。

 もどかしい。

 いや、そうじゃない。

 たぶんノクトの怒の視線が気になるだけだ。

 何か役に立っていればこんなこと気になりもしないのだろう。


 ノクトとは違い、フワリは優しかった。

 ノクトとヘイゼルがマスカルノグの処理をしている間、フワリは魔術について教えてくれた。


 魔法を発動するための工程は至ってシンプルで、魔法術式に魔力を通すだけ。

 そもそも魔法と魔術の違いは、魔力を通して発動したモノが魔法。魔力を扱う分野のことを魔術と呼ぶ。


 固有魔術。

 フィアが魔法術式と言っている物は、一人一人違った術式を有しており、当然アタリハズレが存在する。

 ハズレでも使い方によっては化けるし、負乗術さえ習得できれば魔法の効果を緩和できるらしく、結局のところ技術ゲーのようだ。


 そもそも魔力とはなんなのか。

 魔力は四種類存在し、それぞれ術式効果の方向性を決めるためにあるとか。

 例えば、正の魔力はそのままの術式効果だが、負の魔力を通すと真逆の効果を生むということなのだろう。

 術式効果によっては負の魔力が意味を成さなかったりするらしい。

 ちなみにもう二種類の魔力がなんのためにあるのかは説明を聞いていてもあまり分からない。


 負の魔力を生成するのは激ムズらしい。

 世界中探してもほとんどの魔術師はできないらしく、重宝されるとのこと。

 魔力は虚因子四つで構成されてあるらしく、虚因子の塊となることで実体を得られる。

 たぶん電子と電気の関係なのだろう。

 逆に負の魔力から正の魔力を作るのは簡単らしい。

 掛ければいいからなのかな?


 戦闘を終えた二人。

 ノクトは振り返りもせず前へ前へと進む。

 ヘイゼルはこちらの会話に参加してきた。


「なんか……滅茶苦茶難しいですね」

「ほとんどの人は魔力の使い方は知っていても理屈は分からなかったりします。私もフワリがいなかったら何も分かってないです」

「そ、そうなんですね」


 逆にヘイゼルは説明を聞けば分かるらしい。

 どうなってんだ。


「正と負の魔力についてはなんとなく分かりました。でも残りの二つの虚の魔力とはなんですか?」

「だから言ってるでしょぉ!別に存在に意味はないって!」

「ん〜、契約精霊の話になるんですけど、精霊は元々魔力で身体ができていて、人と契約すると契約した人は精霊の力を使える代わりに、精霊には色んな負荷がかかるんです。例えばフワリは元々正の魔力で身体ができていたのに私と契約した“せい”で虚の魔力になっちゃって触れられないんです」


 ヘイゼルがフワリの身体に手を貫通させて撫でるように動かして説明してくれた。


「なら精霊の方にはメリットはないんじゃないですか?」

「──よく聞いてくれたぁ!!!」


 ビックリした!


「フワリはヘイゼルちゃんだから契約したんだよぉ」

「なんですかそれは」


 よく分からんな。

 説明を受けてもあまり理解できない。

 俺がバカなだけかもしれないが、もっと分かりやすく説明してほしいものだ。


 フワリとヘイゼルが魔術について淡々と説明しているが、俺は反応すらできなくなってきた。

 もはや「分からないところが分からない」の段階である。


 ヘイゼルはよく見ると手ぶらだった。

 どうやって戦うのか不安だったが、道中群からはぐれたマスカルノグと遭遇し時、ヘイゼルは銀色の剣を出現させて、そのまま一太刀で両断していた。


「どうやって出し入れしてるんですか?」

「私の魔法術式です」

「そ、そうなんですね」


 もはや魔法術式だと言われたら納得するしかない。


「おい!もういいだろ」


 ノクトが足を止め、会話は強制終了。


「お前らも教えるんだったら戦い方を教えろよ」


 ノクトは正論をぶつけてきた。

 ごもっともなことだ。

 理屈を理解したところで戦えなければ意味はない。


「お前、得物は?」

「俺?俺は短剣です」

「ヘイゼル、コイツに短剣出してやれ」


 ヘイゼルは「はいっ」と驚きと恐怖が混じった声で返事をした。

 ヘイゼルは銀色の短剣を生成する。


「ありがとうございます」


 ヘイゼルが銀剣を受け取った。


「今度はお前がマスカルノグを倒せ」

「え?」

「えじゃねぇよ」


 俺が殺す?

 人間に害のあるモンスターだとは言え、生き物だ。

 それを殺すなんてできるはずがない。


「けどマスカルノグって生き物なんですよね?殺せないんですが」

「は?」


 ノクトはその瞬間、俺の胸ぐらを掴み怒号を発する。


「甘えたこと言ってんじゃねぇよお前。生きていくには金が必要だろうがぁ!仮面野郎が俺等人間を切って食うように、俺らも仮面野郎を殺して食い繋がねぇといけねぇだろ。お前見てるとまじでイライラする」


 胸ぐらを掴み、服はシワシワになる。

 ノクトの鍛え上げられゴツゴツとした右腕が俺の胸を押し付け、木の幹に押さえ込まれた。


「さっさとあそこにいる仮面野郎を殺せ。僕に殺されたくなかったら」

「わかりました」


 拒否などできない。

 自分の中で葛藤があったからかもしれないが、何より俺はコイツが怖い。

 また殺しに来るかもしれない。


 振り返るとマスカルノグと視線が交差した。

 俺は鈍く戦慄する。


 マスカルノグも人間に害を為すモンスターだ。

 そう分かっていても生き物であることには変わりはない。

 命をこの手で奪わなければいけない。

 

「いや、やっぱ、む……」


 無理だと喉元から飛び出しかけた言葉の玉を無理矢理押し込んだ。

 戦えないとは口が裂けても言えなかった。


 やるしかない。


 俺は覚悟を決めた。

 コイツの命を奪って次に進む。


 マスカルノグの先制。

 俺はマスカルノグの斬撃を左にステップしながら躱し、ヘイゼルからもらった短剣で首元を突き刺した。

 細く、小さい首に切っ先が刺さり込む。


「うっぎゃっぎゃぁぁああ!」


 ──死んでない!


 確実に首に一撃を入れ、血も噴き出している。

 なのに死なない。


 首を押さえて倒れ、悶え苦しむマスカルノグに跨り、何度も銀剣を突き刺す。

 生への渇望だった。


「たのむ……早く死んでくれ」


 せめて早く楽にしてやりたい。

 そう思っても殺し切れない。


 見えない斬撃がマスカルノグの首を吹き飛ばした。

 フワリの魔術だ。


「もう、見てられないよぉ」


 マスカルノグが死ぬと「LEVEL UP!」の表記が現れた。

 そんなことを気に留められる精神力は残されていない。


 気付くと俺は息切れしていた。

 油汗が首から滴り、服に染み込む。

 気持ち悪い。


 膝を付き、丸まり、喉元から迫り来る酸味を無理矢理押し込みながら悶えた。

 銀の刃が喉の肉を切り裂き、首の骨にガツンと当たった手の感触がまだ残っている。

 悶えるマスカルノグの姿が何度も脳内をリピートし、アイツも死にたくなかったのだと思い知らされた。


 フィアやヘイゼル、フワリや騎士団の奴らは当たり前のようにこの作業をやっている。

 俺はこれに慣れないといけないのか。




---




 マスカルノグが死んだ途端、アビスから魔力が溢れ出した。

 フワリの体が強張る。


(コイツは危険だ……!)


 フワリはそう思った。

 アビスの魔力は危険すぎる。

 精霊にとっての脅威。

 契約しているフワリですら身体の髄から本能までもがアビスから離れろと命令している。

 この魔力はあの「ウサギ」を彷彿とさせる最悪な物だ。

※A=M(cosθ+isinθ)

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