第五話 「孤高の監獄」
アイゼンの指示により、牢獄から解放された俺は騎士団内を彷徨う。
人々の視線は冷たく、まるで無数の氷柱を肌に押し当てられているようだ。
アイゼンはなぜ俺を解放したのか。
そんなの決まっている。
面倒くさいからである。
「こんなの無理に決まってます」
「アビスくんならできるよ。というかアビスくんにしかできないよ」
俯きながらでも視界に映る空色に靡く長い髪を見て、唯一いる味方と何もしてくれない虚しさを理解する。
当然のことだが、たった一人が根拠もない弁護をしたところで無力であることを彼女も薄々感じているのだろう。
そして心の支えにもなっていたフィアは任務で出かけるとのこと。
つまり俺は孤独。
牢屋より狭い。
孤高の監獄に一人取り残される。
「一人でどうやれって言うんですか……」
あからさまに頭を抱える俺にフィアは目を細めながら開口する。
「君は自由を奪われても文句を言うし、自由になっても文句を言うんだね」
「はぃ?何を言ってるんですか!」
「望み通りになってるのに行動出来てないよ君は」
俺の望みとはいったい何を言っているのか。
針のような視線の嵐に晒されることなど容易に想像できたにも関わらず、その嵐に裸で立つなどしたいはずがない。
「ボクはこのまま任務に出かけるよ。ごめんよ。上からの命令には逆らえない」
「分かってます」
針地獄を共に歩む仲間にも裏切られたらしい。
決定事項ではあったものの胸痛に襲われた。
---
ノクトの誤解を解くのは最難関であろう。
しかしそれが成されなければ無罪放免されても殺されるのがオチである。
故に俺はノクトと話すことを優先にした。
ノクトは騎士団内での発言力が高い方であるらしく、それは周りに人が多いことでよく分かった。
もっともそれは、仲良しの関係ではなく尊敬から来る人気である。
ノクトに話しかけるということは、集団の注目を浴びるのは避けられず、あまりにも俺にはハードルが高いと言える。
「ノクトさん!」
「ん?………………は!?」
振り向くや否や声音は敵意に満ちた。
『ウサギだから』という明白な理由がありながら、自分は何かしてしまったのか、と記憶の検索を図る。
「お前なんでここに?」
俺は大きな疑問を抱えていた。
それはなぜ騎士団はウサギという脅威に怯えないのかということ。
例え復讐心が恐怖心を凌駕していようが、戦闘への迷いがないのは不自然である。
「てめぇ!ぶっ殺してやる!」
ノクトはドカドカと怒の形相で距離を縮め、やがて目を瞑り前傾姿勢を取った。
二次元でのみ見覚えのあったその姿勢。
居合斬りである。
狙いは当然俺。
気付けばノクトの周りには誰一人いなかった。
そして……
『あなたは複製されました』
目の前には鉄格子。
触れれば冷たい壁。
常にボーッとしてしまうようなこの感覚は牢屋の中だとすぐに理解した。
鍵は開いている。
何が起こったのか。
一瞬と言われれば一瞬だが、長時間と言われればそんな気もする。
眼の前が真っ暗になり、その空間に目が慣れることはなく、まるで違う次元に送られたようだった。
その刹那、冷たく熱い何かが首元を通り過ぎ、絶命に至る。
ゲーム側の通知から死んだのだとすぐに分かるが、問題は死因である。
本当に何が起きたのかハッキリと分からない。
そもそも死んだことすら信じ難い事実だ。
頸部の脈を掌で感じながら、呆然と天井を見上げる。
あまりにも血走りやすい騎士団が本当に人を守る仕事なのか疑わしい。
「あぁぁぁあ……もうむりだろ」
情けない産声を上げながら絶望し蹲る。
眼の前の鉄格子の扉が半開きなのにも関わらず、一瞬の激しい痛みを受け心を折られた。
否、何度も当てられる無数の視線に活力を奪われた。
何度も当たって砕けるだけの気力は俺にはない。
もっともそれは、成功して生き残れた自分を想像できないからである。
「もういいや……めんどくせぇ」
カマス効果。
たった数回の失敗を経験して挑戦を止めたくなることを差す。
けれど今回に限ってはどう頑張っても報われない。
どう転んでも死ぬ。
それを悟ってしまった。
なんで知らない人からの信用を得なければならないのか。
なんで俺が何度も殺されなければならないのか。
なんで俺なのか。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……。
なんども繰り返される自問に誰も返答をくれない。
解放されている牢屋の中心で小さく蹲った。
---
晴天の空に溶け込む艶やかな髪が、まるで白昼の太陽を浴びた天女の羽衣のように、眩しくきらめいている。
その姿は同性でさえ魅了されるような美貌であった。
新兵5人を連れて行くフィアの任務先はアビスが住んでいた森である。
長期に渡るマスカルノグ討伐作戦は新人には打って付けの初陣だが、慣れない環境での戦闘は予期せぬ事態を招くかもしれない。
「こんなところに家の跡。誰か住んでたんすかね。木っ端微塵だけど」
「そ、そうだねー」
フィアはそれを聞いて罰が悪そうな表情を隠しつつ安全ルートへ誘導する。
マスカルノグは人間を模倣する。
人間が戦って負ければその技術は盗まれ、強くなる。
また、変異個体は初期個体を統率するため、群れで行動していた場合は要注意が必要である。
新兵5人とベテランのフィアという組み合わせはそのためである。
六人は整備されていない道を歩み続けるが、マスカルノグの気配は全くない。
前回の任務で殲滅仕切れたのなら騎士団で報告があるはずだ。
しかしそんな情報は欠片もない。
(変だな〜)
その違和感はフィアの神経を研ぎ澄ませる。
「もう何にもいないじゃないっすか!」
赤髪の新兵がフィアを抜かしてこちらを向き、頭の後で腕を組む。
「ボクの前には出ない約束だろ?危ないから戻っておいで」
「でも何もいないじゃないすか〜」
フィアは危険音を察知する。
ガサガサッという雑音の直後、見えない速度で赤髪に飛びかかる何か。
「全員伏せろ!!」
その奇襲能力は長期に渡る鍛錬と、幾つもの修羅場を潜って覚醒した人間の極致である。
「よぉ、久しぶり」
倒れた赤髪の新兵から刺さったナイフを勢い良く抜き、布巾で丁寧に血を拭う。
「ねずみの掃除だ」
「なぜこの子たち?」
「知らん」
「ボクは何も聞いてないぞ」
ここ数年第八は第三騎士団の嫌がらせに頭を悩ませていた。
しかし、フィアは男との協力関係により、彼らとの不可侵、そしてウサギの殺害権の譲渡を約束されている。
それでも第三騎士団を信用するには至らないフィアはこの奇襲も第三騎士団のものであると考える。
「しょっちゅう第八にちょっいかけるのやめてくれないかい?」
「仕方ないだろ。上からの命令なんだから」
その逃げ文句にフィアはぐぅの音も出ない。
「第三騎士団はいったい何がしたいんだい?」
第三騎士団、赤髪の男は一瞬だけ顔をしかめるが、質問の意図──否、状況とフィアの考えを察した。
当然何も意図はないが。
フィアは第三騎士団に手を貸している。
直接フィアが第三騎士団の役に立っているわけではないが、情報と引き換えに行動をする、言わばギブアンドテイクの関係である。
どちらが「ギブ」でどちらが「テイク」かは言うまでもなく。
「とりあえずこの赤髪を回収できたらそれで満足だ」
「どういうことだい?」
「う〜ん、そうだな」
赤髪の男は腕を組み空を見上げ、何から話そうかと思考を巡らせる。
「零剣、赫刀、魂刀、龍剣の四つの剣は人を選ぶ。そしてその適合者は遺伝する」
「それがどうしたんだい?」
「だからフィアは“まだ”死んではいけない。当然、適合するのは適合者の子供のみ。それも100%ではない」
「ボク?なんでボクが出てくる?」
フィアはジッと我慢していた。
日は浅いとはいえ、仲間を理不尽な理由で殺され、理解の出来ない第三騎士団の愚行は本当に腹立たしい。
「察しが悪いっすね」
フィアは青筋を浮かべ、今にも男を切り刻みそうである。
けれどフィアは動かない。
今動けば他の新兵が殺されるかもしれない。
ほんの少しでも近くにいて、守らなければならない。
「まぁいい」
そう言って赤髪の男は赤髪の新兵を担いで一飛びに消えた。
フィア不甲斐なさに打ちのめされていた。
もし自分が零剣を使いこなせていたなら時間操作でなんとでもなった今の状況を脳内リピートし、深く反省した。
---
人は難しい判断を避けたい。
故に固定観念や他人の意見に左右される。
中でもプライドに支配された人間は言動を一つに絞りたいと考える。
ノクトは一度否定したモノを二度と肯定できない性格であり、一度植え付けられた先入観は二度と引き剥がせない。
白髪は敵白髪は敵白髪は敵白髪は敵……と。
無意識に唱えられる脳の呪文がノクト自身を支配し、殺害に至る。
「遺体がない……!?」
首を切り落とした筈のアビスの体は忽然と消えていた。
彼は人間でない何かであり、命を落とすと遺体を灰に還るモノだと思いたかったが、そんなことがある筈もなく……、
「どうなってんだ?」
「ノクト!やべぇぞ!お前が切った瞬間空気のように消えたぞ!」
「は?!なんだよそれ!」
そしてその場にいた全員が一つの考えに至る。
「魔法か?」
「そうだろうな……くそっ!」
「たぶんアイツの魔法術式は、幻影か時間操作系だろうな」
「んなことは分かってる!」
ノクトの同期であるトーマスは冷静に考えを述べるが、ノクトは自分の失敗を補うべくすぐにでもアビスを探しに行こうとする。
アビスが文字通りの暗転をしてるなど知るはずもないだろう。
「殺した手応えはあったんだ。たぶん……分身?なんじゃないか?」
「本物が安全な場所から操ってたってことか?けど、お前に話しかけた意味がないだろそれなら」
「茶化しに来たんだろ」
「そんな意味分からんことするかー?」
トーマスが感じていた違和感。
『ウサギ』に殺意が全くと言っていい程ないことである。
殺意や怒りなど、感情の高ぶりが魔力の放出を促すが、魔力の波長は一切感じられなかった。
それをノクト自身も理解しているにも関わらず、頑固にもウサギを殺したがる。
「本当にあれはウサギなのか?」
「ウサギだろ、何言ってんだ?見ただろ捜索資料を。顔そっくりだし、何より白髪なんてあいつぐらいだろ」
「そうかー?」
トーマスは自分の呆れ具合を隠しつつ、意思を強固な物にした。
「……はぁ、ウサギを探すか〜」
---
フィアの放った言葉がアビスの脳内を過る。
『君は自由を奪われても文句を言うし、自由になっても文句を言うんだね』
自由を求め、自由を手にして、自由を捨てたらしい。
手にしてない物をどうやって捨てたというのか。
全くわけが分からない。
とにかく動きたくねぇ。
寝返りを打ち、ベットの軋み音が耳朶に響く。
そしてある懸念が浮かんだ。
もしこのままリスポーン地点がここであるとバレたなら……と。
その懸念が体を動かすには十分過ぎる理由だが、逆に動けばバレる可能性もある。
毎回牢屋から出てきてるぞ!となると想像できた。
「困ってるようだな。助けて上げようか?」
聞いたことのない男の声。
笑みを浮かべながら深みのある声は鋭くアビスの警笛を鳴らす。
騎士団の制服を着ていることから、団員であることは理解できるが胡散臭い。
「あの、誰ですか?」
「俺はぁ、あれだ。フィアから様子を見てこいって頼まれてたんだよなぁ」
「フィアさんが?」
「おう」
騎士団内で最も信頼できる人の名前を聞いてアビスの中で氷が溶けていく。
「まずはここから出ろ。話はそれからだろ」
「あーはい」
アビスはあれだけ悩んでいたにも関わらず、見ず知らずの他人の指示で牢屋から出た。
葛藤を破るのは他人の言葉が必要なのかもしれない。
「アビス、お前は騎士団から逃げるべきじゃぁねぇのか?」
「え?自由に行動していいのは騎士団内だけでは?」
「んなこと真面目に捉えんな。逃げるべきだと思うぞぉ?殺されそうになってここに戻って来たんじゃぁねぇのかぁ?」
男はアビスを甘く唆す。
だが男の発言はスレスレでアビスの的を射ることはできない。
「まぁ、そうですね」
メインホールに抜けるとドタバタと喧騒に満ちていた。
盗み聞きするとどうやら任務先で死人がでたらしいが、それよりも問題視されていることがある。
「何事なんですかね」
「任務先で死人が出たらしいな。任務先で死ぬことなんて少なくないはずだろ、大げさだな」
「はぁ……そうっすか」
ある程度の許容から外れたハプニングが騎士団を騒がせる。
アビスは当然何が起こっているのか分からないし、そもそも騎士団の人間ですらない自分が気にすることさえおこがましいと思った。
一方で男は望み通りの展開に頬を緩ませている。
「この騒動。使えんじゃねぇか?いけよ」
「ん?、え?意味わかんないですよ」
「ごちゃごちゃうっせぇな!死にたくないなら逃げろよ」
アビスの逃亡を促す。
逃げれば死ななくて済むのか。
そもそも白髪のアビスに生き残る手段は存在するのか。
白髪というだけで指名手配、もしくは前科持ちの扱いを受けるだろう。
逃げるリスクが高すぎる。
「でもどっから出れば……」
「あそこだ」
男の指さす方向に視線を向ける。
一見すると窓にしか見えないが、明らかに窓というには大きすぎるガラス張りの戸であった。
「外からじゃ分かりにくいが非常出口になっている。あそこは誰も通らないし、騎士団の動きも把握しやすい」
「わ、分かりました」
自分の意思ではない。
この男を信用するわけでもない。
誰かが言ったからやったという心の言い訳が欲しいだけだ。
葛藤していたせいか案外騎士団から逃げ出すという提案にフッ軽なまでに動けた。
男の方見ると視線が交差した。
ありがとうの意を込めて首と手をカクンと動かしても見せると親指を立てて返してくれた。
---
「ウサギが逃げたぞ!!」
「──は?」
誰の声かすぐに分かった。
つい数秒前まで話していた声を忘れるはずもなく、俺は顔面蒼白になる。
──騙された。
あの男は騎士団全体が俺を探していることを分かって誘導していたのだ。
騎士団全体を見渡すといくつも視線と目が合う。
青筋を浮かべ今にも飛びかかって来そうな藍色髪の少年や、冷徹な目で見つめる赤髪の少年、軽蔑の眼差しを刺し込む亜麻色の髪をした少女など。
もう後戻りはできないのだと悟った。
逃げるしかないと。
非常出口から勢いよく飛び出し、まるで脱兎の如く駆け出す。
無我夢中で走り出したその瞬間、空色の羽衣が靡いた。
なんとも言えない胸のざわつき。
せっかく信じてくれていた人を裏切り、あまつされ戦場から逃げ出して来たところを見つかった。
「……」
この場から今すぐ逃げ出したい。
気まずさから自分を守りたい。
アリがいたり、変わった形のした石を探したり、下だけを向いてフィアとは目を合わせないようにした。
しかし変だ。
フィアが何も言わない。
この妙な感覚はどうしても確認せざるおえなかった。
「フィア……さん」
絶句した。
フィアは仲間を背中の後に庇っている。
何から?
俺には絶対に背を向けないと言わんばかりの立ち方はまるで俺から仲間を守っているような──
「あんたまで……」
俺はまた女性に期待して裏切られたのか。
「なんで俺がこんな目に合わないといけない!なんで俺なんだ!俺が何したってんだ!ふざけんな!」
あまりにも理不尽な世界に限界がきた。
こんなの現実世界よりも詰まらない。
「ただ俺の髪が白いってだけで免罪を被せて斬りかかるとか意味わかんねぇよ!騎士団のやつらは全員イカれてやがる!」
こんなにも惨めに蹲っているはずなのに心の中は思ったより冷静だった。
なんで俺はこんなにも必死に叫んでいるんだと。
そんなに声を荒げて意味はないはずだ。
「お前らがいなければ俺は何事もなく静かに暮らせていたんだぞ!何がしてぇんだ!お前らは!!!!」
騎士団はただ仕事をしているだけ。
訴えても意味がないと分かっているはずなのに。
「くそっ、」
体操座りに頭を埋めて小さく蹲った。
今まで叫んでいたのが嘘かのように静まり返り、まるで俺だけを取り残しているようだった。




