第四話 「偽物の正義」
嫌なことを思い出してしまった。
吐きそうだ。
何時間牢屋に入っていたのだろう。
メニュー画面を経由し、自分のステータス画面を眺めながら退屈していた。
フィアに軽く吐いた暴言が脳内でリピートされる。
しかし、後悔はしていない。
自分がフィアの立場であれば、大半が否定的な声を上げる中一人だけ反発するなんてことはできないと思う。
それを彼女はあたかも自分のことのように擁護していた。
一度疑い、何度も殺した相手を。
画面に映し出されたステータス。
RPGゲームを一度でもやったことあれば見覚えがあるステータス欄に俺は沈黙する。
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LEVEL 1
HP(体力) 10
MP(魔力)0
SP (スタミナ)10
STR(攻撃力) 10
AGI(速度) 10
VIT(耐久力) 10
INT(スキル威力) 10
MND(魔法防御) 10
LUK(幸運) 10
SKILL 無し
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何も分からない。
恐らくこの世界にプレイヤーは俺一人だけ。
街で空中をペタペタ触る人はいなかったし、何よりフィアは軽蔑するような眼差しで俺を見ていた。
けれどこの没入感はまるでこの世界の住人になったように錯覚させられる。
コンコンと鉄格子の壁を鳴らされ、音の源を辿ると蒼玉の瞳を覗かせる少女がいた。
「尋問の時間だよ」
「はい」
座り込んでいた俺に蒼玉の瞳で見下ろすフィアの様子は印象的だった。
睨まれたような気分だ。
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尋問部屋の椅子に俺を座らせたフィアは慇懃に現状の内容を伝える。
「ウサギは武器頼りの殺戮を繰り返していたと調査資料に記されているから、武器による殺害が出来ないとなると君がウサギではないと認めざるおえない。少なくともボクは君がウサギではないと確信しているけど、彼等からするとそれは納得できないし、面白くないんだと思う」
「あなたは俺のこと嫌いじゃないんですか?」
なぜそんなに一生懸命なんですか?と聞くと仕事だからね、と返されるのが想像できた。
心境の問いにフィアは冷静に答える。
「嫌いじゃないよ。ボクが嫌いなのはウサギだ」
あくまでフィアが嫌いなのは両親を殺した存在であると述べた。
俺はその真っ直ぐとした双眸に思うことがある。
「そこだけはブレないんですね」
「そのために騎士団をやってるんだ。さっき君はその剣には特性はないのか?と聞いたね?」
「……はい?」
急な路線変更に俺は小首を傾げた。
「ボクの二つ名を知ってるかい?」
「いえ」
「えぇ?ボクは結構有名人だと思ってたんだけどな、まぁいいか」
「……?」
「ボクの二つ名は『零剣の葬送』。カッコいいだろ?」
「は、はぁ……」
「微妙な反応はやめてくれ!」
要領を得ない彼女の発言にこめかみを掻く。
「戦闘ではどうしても零剣頼りになってしまうんだ」
彼女は肌見放さず携えていた藍色の細剣を見つめながら語り始めた。
「それもだけど「葬送」という部分は自分の弱点を突きつけられてるようで気に入らない」
「なんでですか?」
「君もそれに苦しめられただろう?」
その発言に俺は怪訝そうに顔をしかめると、フィアはため息混じりに続ける。
「感情的になりやすいところなんだ」
それを聞いて俺は納得してしまった。
「けどボクはウサギを倒すのに手段は選ばないよ。悪いね〜話を脱線させてしまって」
「いえいえ」
本当に何が言いたいのだろう。
全く意味が分からない。
「つまりボクが言いたいのは、酷いことを言ってごめんねってことだよ」
「なんで?フィアさんが謝るんですか?」
謝るべきなのは自分であり、フィアに酷いことを言った自分を赦すためにする謝罪はしたくないと拘りが出てしまった。
けれどフィアは謝った。
フィアの謝罪はそのエゴを満たす謝罪だとは思わせない謝り方だった。
「おっ?!名前で呼んでくれたねぇ!」
「……っあ」
立ち上がり驚いた俺の問いを一旦無視して茶化すフィア。
俺は静かに再度座る。
「ふふ、まぁ頭を冷やして来たんだ。君がウサギだったらって言うのはボクのサボり癖が出たんだよ」
あくまで俺に非はないような言い方だ。
俺は自分が今何をすべきか、すっぽりと頭からこぼれ落ちた。
「とにかく今やるべきことは彼等の説得だ。信用はマイナスからだけど、ゆっくり得ていけばいいよ」
「でも……どうやって?」
「真犯人を探すしかないだろうね」
「いるんですかね」
「それは分からない」
誰がやったかなんてまるで検討はつかない。
ここに来たばかりで人と名前の認識などゼロに等しいのだから。
「俺はフィアさんを信じてもいいんでしょうか」
俺が最も不安なことである。
「大丈夫、ボクは君の味方だ」
そう返ってくることは分かっていたが、その言葉はより不安を煽った。
俺は俺が嫌いだ。
ゆらゆらと不安定な何かを支えながら生きている。
もっともそれは、周囲の人間によって傾くことがほとんどだ。
「信じる」と言われればより信じられなくなるし、むしろ「お前は嫌いだ」と言われた方が気持ちが楽である。
彼女の虚言に踊らされる俺はあまりにも滑稽だろう。
牢屋に戻された俺は再びステータス画面を眺める。
そういえばフィアに謝ったっけ。
「おい」
密閉された地下に反響するその声は聞き覚えのある物だった。
牢屋越しに見つめる藍色の髪をした少年が、冷徹な眼差しを注いでいた。
「はい?」
ノクトと呼ばれていたその少年は鍵を取り出し、牢屋の扉を乱暴に開ける。
誤解が解けたのか。
否、それは考えにくいだろう。
しかしフィア以外が鍵を開けに来るとなるとそれ以外の想定は無意味である。
「ウサギ、お前は何がしたいんだ?」
ずかずかと牢屋に入り込む彼は素早く俺の胸ぐらを掴み上げる。
「な、何がしたい?え?」
「そんな記憶喪失みたいなフリして何がしたいんだ?」
「俺は本当にそのウサギではないんですよ」
「は?」
これはウサギによるタチの悪い演技だと言い張るノクトの予想を引き剥がすのは難しいだろう。
「なぁ、もういいだろ?」
「……?」
ノクトは日本刀を彷彿とさせる剣を鞘から抜き、俺へと向ける。
俺は何も言えずただじっとその剣先を眺めることしかできない。
「死ね……」
その言葉を聞いて覚悟した。
しかし小刻みに揺れるその剣先は俺との距離を縮めない。
「……クソっ!」
何が起こっているのか全く分からない。
「ノクト!何をやってるんだ!」
「フィアさん?!」
小刻みに揺れるノクトの腕を掴み上げたのは空色の髪をした少女、フィアである。
「ボクのキーホルダーに鍵がないと思ったら盗んだのは君だったのか!」
ノクトは罰が悪そうな表情を隠すため顔を背けると鍵穴に刺さりっぱなしのキーホルダーを回収する。
「フィアさん、鍵です」
「見たら分かります」
「返します」
先生はトイレじゃありませんを彷彿とさせるそのセリフはまるでノクトの行動を揶揄するようだった。
「ノクト「疑わしきは罰せず」だ」
それをあんたが言うのかよ。
とも思うが自身の欠点を理解しているからこそ言っているのかもしれない。
「すいませんでした」
ノクトは申し訳なさそうに謝罪する。
俺ではなく、フィアに。
「うん!」
フィアはノクトの謝罪を聞いて笑ってみせた。
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「第八は賞金首が多くて助かる」
「でも本当にアレはウサギなのかい?」
「ウサギだろどう見ても。この辺に白髪の男なんてアイツか老人しかいねぇよ。それか、あれか?あのウサギに情でも湧いたか?」
細身を騎士団の制服で纏った男が少女に問いた。
少女は罰が悪そうな顔で俯き、問いの返答に窮する。
「俺は第八を潰したい。お前はウサギを殺したい。利害が一致してるんじゃぁねぇか?」
「確かにそうだね。でもボクはあの少年を殺せない」
「なぜ?」
「ウサギの情報に一致しないからだ」
その少女にとって第八騎士団の存在は割とどうでもよかった。
否、第八騎士団を犠牲にしてでも達成したい目的があった。
それは『ウサギを殺す』こと。
「ウサギだろぉ。まぁウサギじゃなくても白髪だったら問題ねぇよ」
「そういえば第八を潰すのにウサギの生死は必要なのかい?」
「必要だな。第八はウサギを見つけ出し殺すために作られた騎士団だからな。ウサギは不老なんだろぉよ」
男の独りよがりの発言に少女は呆気に取られるが、一息置いて少女が溜め込んでいた感情をついに迸る。
「少年の殺害は無しにしよう」
「は?急に何言い出すんだぁ?」
「ボクはあの少年がウサギだと認められない。ウサギならボクに負わされた傷なんて瞬時に再生させられるだろうし、牢屋に大人しく閉じこもるなんてしないんじゃないか?」
「んなことは俺でも分かってる」
「ならなんで!」
空色の髪をした少女。
青筋を浮かべるその表情は自分の正義を貫き通そうとする意思が顕になっていた。
しかし男はおざなりな対応を取る。
「ウサギじゃなくてもいいっつってんだこっちは。もしくはウサギの演技だ。欠点まみれ、寄せ集めの第八は『ウサギが仇』という共通の目標が消えれば潰れる。あの髭面が融通を利かせてるから保ててるんだろ?ウサギという仇がなくなったらお前はどうするよ」
「騎士団を辞めて、静かに暮らすかな」
「だろ?アレはウサギだ。分かったかぁ?」
「いや、違う!ウサギじゃない!」
フィアは声を荒げた。
かつて殺そうとした。
否、何度も殺した相手を庇うなどやっていることが矛盾している。
何がしたい?何のために?
ウサギが犯した罪。
何の罪もない人々を無残にも大量殺人という大罪。
それと自分は全く違うのだと思い込みたい。
アビスにエゴだって言われた時、図星で何も言えなかった。
任務ばかりで疲れていたのかもしれない。
ウサギさえこの世界からいなくなれば自分を正当化し続ける日々から解放される
だがあの少年はウサギではない。
「あのウサギは負乗術を使えない」
「使えないフリだ。気にするだけ無駄だ」
第八が追い求める月蝕の白兎は、負乗術を巧みに操り敵を圧倒する。
そもそも負乗術とは高度な魔力操作により生み出された術式を体内のみ使うことができる。
用途としては傷口に使用して止血するなど。
しかし、ウサギは負乗術を失った部位や術式の発動にも使用することができる。
死んでも蘇生する仕組みは負乗術ではないかとフィアの中で無意識的に紐付けられていた。
「ウサギならもっと冷静に対応してた」
「いい加減にしろ。お前ができねぇなら俺がやる」
「……え?」
「当たり前だろ。ウサギさえ消せば問題俺の依頼は達成される」
「あの少年を殺しても何も変わらないよ。君はなんでそんなに慌ててるんだい?!」
フィアは小さく反抗する。
もしあの少年がウサギだったら?
自分の言動は第八への反逆を意味する。
もしあの少年がウサギでなかったら?
何の罪もない少年を殺したことになる。
二つに一つの葛藤。
アイゼン団長やイグニスならもっと冷静に要領良く判断できていただろうか。
「慌ててるわけじゃねぇ。とにかくあのガキは殺す」
「くそっ!分かったよ。君の好きにするといい」
フィアはすべき選択から目を背け、密談場から足早に去った。
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第八騎士団内に紛れ込んだ毒はジワジワと廻る。
症状が明らかにならないその毒は廻り感染し広がり、満盈した頃に害を成す。
解毒方法は一つだけ。
患部を切り捨て、なかったことにするのみである。
その毒の正体を知るのは空色の髪をした少女ただ一人だけであり、その少女の覚悟は未だ決まらないでいる。
両親を殺され、騎士団へ入団し、右も左も分からない状況で最も世話になった人物を前にその葛藤は揺れ動く。
「アイゼン団長、大丈夫ですか?」
フィアは言葉遣いの乱れを克己し、会話相手に相応しい敬語を使おうと注力した。
「大丈夫だ。それよりウサギの尋問はどうなっている?」
「彼はウサギではありません」
「根拠は?」
「捜査資料と大幅にズレがあるからです」
「でも殺そうとしても死ななかったのだろう」
「それは違います」
「どういうことだ?」
「死んでも死ななかったという方が正しいような気がします」
「……ん?……は?」
アイゼンは意味の分からないフィアの説明に呆然とし、寝込んだまま思考を巡らせる。
フィアはバカだが、負乗術の遅延操作が不可能なことぐらい理解しているだろう。
だが、ウサギならそれができても不思議ではないということ。
ウサギの脅威かフィアの愚かさか。
もしくはフィアもバカでウサギも最強か。
「お前は術式の早出しならできるのではないか?」
「ボクは……あ、違う。えーと、私は……ん?なんて言おうてしたっけ……」
テンパるフィアを端にピン留めし、アイゼンは顎に指を添えて考える仕草を取る。
フィアの固有魔術は時間操作。
強力な魔法術式ではあるが、不安定で物理法則に左右されるため、一歩間違えれば自分が閉じ込められる可能性がある。
そして零剣は斬撃の時間をずらす術式を有する。
ほぼスウィング無しの剣撃を繰り出すことができるため一対一の戦闘は最も避けたい相手だと言えるだろう。
否、そんなことはどうでもいい。
「フィアの話を真に受けるなら、「死んだ相手に負乗術を使った」てことだな?」
「負乗術……?というかそもそも彼には魔力がありません」
「魔力……魔力……まじ?」
「まじです」
会った直後に感じた違和感。
探るように見つめるアイゼンの双眸は、ウサギにとって容疑の確認に感じたのだろう。
結局「それは犯人が言うことだろう?」と返答し終わらせることにした。
実際は一般人にはあるはずの「何か」を探していただけ。
「何か」が欠如していた。
「魔力感知が反応しないのか?」
「牢屋の結界に反応はありません」
「ふ〜ん」
各騎士団に張られている牢屋の結界は、騎士団本部が定期的に検査するため抜け目があるとは考えにくい。
結界の効果は魔力制御、精魂枯渇、覇気剥奪の三つ。
騎士団の制服を着ている場合、術式対象外となる仕組みである。
結界内に入ると、術式対象の容疑者は頭がおかしくなったり、嫌な過去ばかり思い出すようになったり、鬱気味になる。
ウサギの負乗術ならその効果を反転させられるが彼はそれをしていない。
──演技?
アイゼンの脳内を巡る幾つもの仮説はすべて腑に落ちない。
もっともそれはウサギという異質が招き、冤罪かもしれない少年に飛び火している。
「う〜ん……?!」
「どうしたんですか?!」
数秒の無言の後、頭上に電球が浮かぶアイゼンを見てフィアが驚声を上げる。
「牢屋から白髪を出そう」
「ほえ?!」
あくまで「疑い」があって拘束をしているがそれは本当に正しいことなのだろうか。
免罪かもしれない少年の無罪を本気で証明できるのは自分自身だけである。
にも関わらず、その本人から身動きを奪っては破綻しているのでは……?
と、アイゼンは結論付けた。
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「アビスくん」
自分の名前を呼ぶ聞き慣れたその声は地下内を響き渡り耳朶をくすぐる。
俺はゆっくりと頭を上げ、蒼玉の瞳に視線を合わせた。
「君はもうここにいなくていいよ」
「どういう意味ですか?」
「自分自身で無実を証明するんだ。ボク達は所詮仕事でやっているだけ。そんな奴らのこと君も信用したくないだろ?」
「……」
図星を突かれぐうの音も出ない。
でもフィアだけは信じたいと思うのはただのエゴだろうか。
「俺は何をすればいいんですかね」
「この後に及んでそんな……いや、仕方ないのか……?」
自分の無実の証明をするのに、今更何をしたらいいか分からない。
それをフィアは呆然とした眼差しでこちらを見ていた。
「まずはノクト達の誤解を解くんだ」
「そんなことできるんですかね」
「できる!必ずできるよ」
フィアの張った声にパッと目を見開いた。
驚きというより何を根拠に?という呆れに近い感情である。
蓮を含めた三人グループが存在した。
その中に俺も入っていたのだが、俺と蓮との亀裂が俺を孤立させた。
蓮は発言力があり、またもう一人は他人に合わせる癖があったため、中学校生活を一人で過ごすことになった。
まるで俺が悪かったかのようにいなくなった。
「ノクトさん達の誤解を解くために必要な要素はなんだと思いますか?」
「ボクは感情的にしか話せないから何も言えないけど、客観的に見て自分がウサギではないということを主張できればいいよ」
「それが難しいんですけどね」
凪はどんな気持ちで俺の話を聞いていたのだろうか。
口を開けば蓮の愚痴ばかり。
あくまで自分は被害者だという主張。
片方の評価を掘り下げ自分の信用を取り戻そうとする俺は傲慢というもの。
そんな俺の言葉は聞かず、蓮の方へ行ってしまった。
当然である。
「いや……」
何を言うかより誰が言うかなのでは?
蓮も凪に愚痴を言っていたのではないだろうか。
俺の評価は砂上の楼閣。
猛言と戯言はもはや氷解することしか知らない。
「詰み……?」
時間停止を使うと目が見えなくなり呼吸も出来なくなるので基本的にフィアは使わないそうです。




