第三話 「蒼穹の濁り」
飛ばし飛ばし読んでください
ノクトとフィアの怒号が響く。
アイゼン団長は重症を負い、その原因は俺だと言うことになっているらしい。
髪が白いということだけで真っ先に疑われる。
そんな世の中らしい。
「ノクト落ち着け!ボク達は今まで地下にいたんだ。アビスくんはやってない」
「ならなんで父さんがやられねぇといけねぇんだ?あぁ?!ウサギ以外の誰がそんなことやるってんだよ!」
「……」
フィアは俺を庇おうとするが、あまり擁護できていない。
「なんでウサギをガチガチに拘束してないんだ。おかしいだろ」
「アビスくんがウサギなら拘束したぐらいで止まらないと思うよ。それにボクは彼と一緒にいたし、見張りだっていたんだ」
「ならフィアさんや見張りが目を離してる間にやったんじゃないのか!」
そうだ。
見張りがいたんだ。
見張りの人達に発言してもらえばノクトの誤解は解けるだろう。
俺は先程地下牢を見張っていた二人に目を合わせるが、一人は罰が悪そうに俺から目を背け、もう一人の赤髪の人は真顔だった。
「おいウサギ!なんとか言ったらどうなんだ?」
「……」
何も言えない。
何か言えば難癖を付け否定されるのが目に見えているからである。
「フィアさん、見張りの人達がいたんですから分かると思います」
俺は小声でフィアに相談した。
その様子を見たノクトは青筋が浮き上がり、自分で発言できない俺に苛立たせていた。
「フィアさんにこそこそ言わなくても自分で言えばいいだろうが!」
見張りをしていた赤髪の長身が人混みを分けながら歩いて来た。
希望を感じた。
「私はさっき地下牢の見張りをしていました。牢屋内では飛んだり跳ねたり、不自然な動きをしていましたから、一概に何もしていないとは言い切れません」
「イグニス!お前は何なんだ!どっちなのかハッキリしろ!」
「どっちとは?」
「お前はウサギの味方なのか敵なのかだ」
「強いて言うなら敵です。ま、どちらでもいいんですけどね」
希望は打ち砕かれた。
終わりだ。
「イグニス。お前は父親が重症なのに何も思わないのか」
「そうですね。私は今仕事中なのです。私情を挟んでまで父上の心配はご無用かと」
「確かに父さんは強い。でも怪我してるんだぞ!?」
ノクトの矛先はいつの間にか赤髪の男、イグニスに向いていた。
ノクトは常に血走っているのに対し、イグニスは怖いくらい冷静で、煽るような口調だった。
「なんでお前と同じ第八所属なんだよ」
「それは運です」
ノクトは怒りのあまり目尻をピクつかせる。
イグニスはその言葉を最後にすぐに立ち去った。
何がしたいのか最後まで分からない。
「くそっ!それよりお前はウサギなのかウサギじゃないのかハッキリしろ!どいつもこいつも苛つかせんな」
俺はやってない。
そう言いたい。
でも言えない。
言ったところで間違いなく信じてもらえないし、状況は悪化する気がする。
「黙り込むな!」
「ノクト落ち着け!」
フィアはノクトの進行を妨げるように俺を背中に庇った。
余計に居心地が悪い。
「お、俺は……」
「なんだ?」
「俺は……牢屋に戻りたい」
「やっぱりてめぇは!」
「ノクト落ち着け!アビスくんには時間が必要だ!」
フィアは俺をに繋がる階段に行くように促す。
俺は何も言うことができなかった。
---
牢屋に帰ってきた。
空気は冷たく、壁や床は石造で囲まれており、どこに体を預けても体温を奪われる。
それでも上よりマシだ。
「君はなんで何も言わないんだい?」
鉄格子越しに心配し、怪訝そうに蒼玉の瞳で俺を見つめる。
「何か言ったところで信じてもらえる状況ではなかったので」
「そうかもしれないけど、何も言わないと何も変わらないよ?」
「言ったところで……悪化するだけですよ」
孤立した。
不覚にも俺の視界は潤む。
ここに味方は一人もいない。
フィアも恐らく味方をしているわけではなく、事実を述べ自分の正義を守っているだけであろう。
もしくは、優しくして甘やかして油断させたタイミングで俺を裏切るに違いない。
「アイゼン団長も君の否認は耳に入れなかったからね。でもボクは君といたんだから信じてあげられる」
「信じる?」
「うん、信じるよ」
『信じる』と口にするのは簡単である。
実際に人を信じることは血反吐が出るほど難しいにも関わらず、それをやる人はいないだろう。
自分の一部を他人に預けるなんて俺には到底出来ない。
「軽々しく信じるなんて言わないでください」
「……?」
フィアは目を見開き、呆気に取られた。
「俺はあなたに何度も殺された。最初っから信じてないじゃないですか」
「……」
フィアは俯き、蒼玉の瞳は光を失う。
フィアに裏切られるくらいなら最初から突き放しておこう。
そうしなければ俺の心は保たない。
「『信じる』ていうのは本当に信じてる人には言わないんですよ。信じたい相手に言うものです」
「だからボクは君を信じたいと思ってる!」
「それはあなたのエゴですよね?」
「……は?」
ハッキリ言った。
言ってやった。
その発言はそれだけ勇気がいることである と心臓が弾けそうなくらい騒ぎ出すことで示唆した。
否、言ってしまったことへの罪悪感。
なんて返答されるか分からないと言った恐怖感によるものである。
「君は本当に……いや、」
フィアが頭を抱え、ついに本音を漏らした。
「本当にウサギだったらいいのに」
そう言い捨てて、彼女は素早く立ち去った。
結局彼女も彼等となんら変わりなどない。
信じて欲しい、信じて欲しいと言う割に自分はそれに見合った言動をとっていない。
俺は彼女の『信じる』という虚言に侵された。
そして俺は、この牢屋の中で徐々に精神を蝕まれていることに気づかなかった。
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この日は暑かった。
熱気を帯びたその教室では、冷房はまだかまだかと待ち侘びる学生が屯っていた。
暑いにも関わらず、人は屯うことを好む。
俺もその一人だ。
今日から体育祭の準備が始まり、俺達生徒は文句を言いながら真面目に取り掛かる。
この学校では夏休みから体育祭の準備を始めるのだが、その参加者はすべてリーダー格、即ちブロック長やチアリーダー、応援団などが主体である。
その僅かな立候補者の中に俺は入っていた。
中学二年の夏。
授業が一通り終わり、終業式前日の今期最後の授業を終えて全員が気を抜かす。
大半の生徒は帰宅する中、俺と彼は寂寥感を纏った教室で持参した弁当を広げる。
俺は友達を誘って応援団の一員に立候補していた。
理由はシンプル。
楽しいからである。
去年も友達の誘いにより参加したのだが、長期休暇の虚無感に奪われるはずの時間が充実した。
その勢いに乗って三年で副団長になりたい。
団長は嫌だ。
「はよ飯食え」
「ちょっとまって」
親友の蓮が俺を急かすが、返答を聞いて「仕方ねぇな」と前の席に座ってスマホを触り始める。
「なぁ、この子可愛いくね?」
「ん?可愛いね。狙うん」
「わんちゃん」
「お前この前振られたばっかだろ」
「別によくね?」
「普通、好きになってから狙うものをお前の場合はその勢いでまた次に行きよるやん」
「そーなん?」
瞳はスマホ画面を捉えたまま、目を見開く蓮に俺は呆れとも思える感情を抱く。
中学を入学して、既に三度振られた俺は心が折れている。
そんな俺は蓮のメンタルに尊敬の眼差しと同時にクズだな〜とも思う。
「俺は、あれやな。年上でしっかりしてそうな割にギャップがあるとめっちゃいいわ」
「いや〜分かるわ。でも俺は同い年が一番やと思っとる」
「なんでや」
「変に気遣わんでいいやん」
そんな会話を交わすと、俺は残りのおかずを頬に詰め込み、弁当箱を強引にカバンに押し込む。
「早く行こうぜ」
「海を待ってたんだけどな」
やれやれと言った表情でだるそうに立ち上がった。
俺と蓮は応援団の集合場所に移動する。
集合場所と選ばれた三年生の教室は、授業間の休み程喧々としており、俺達は二人教室の端に取り残された。
「あ、二年生の子?」
爽やかな先輩が俺達を気にかけ声をかける。
「そうっす!どうしたらいい?」
俺と違って場に馴染みやすい蓮はあたかも知り合いのように返答した。
「あーじゃあ二人その辺座っとこうか」
「「はーい」」
俺達は言われるがまま。
蓮はそのまま隣の先輩に声をかけ、孤立しまいと俺はその会話に一生懸命入ろうとした。
きっと彼は何倍も先を歩き、一人では行動出来ない俺のような陰キャは彼の足跡を辿ることしかできない。
「あ、先輩去年も団やってましたよね?」
「そうそう!よく分かったね。分からんことがあったら俺に聞いとけ?」
「いや、やめときます」
「なんでや」
入れない。
どうにかして入らなければ孤立すること間違いなしである。
去年は先輩達の絡み方が楽で、俺でも馴染むことができた。
しかし、今回は難しい。
どうしたものか。
「二年目って意味では海もプロですよ?な?」
「まぁ、そうっすね」
「うわ、じゃあもう大先輩やな。海大先生よろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします」
蓮が振ってくれた。
しかし無駄にした。
それどころか駄目な方向に進んだ気がする。
俺はあまりに自分の言動が不徳で、心の中で卑下し続けることで挙動不審に陥る。
「じゃあ、今からミーティングを始めます。静かにしてね〜」
先程の爽やかな先輩が場の喧騒を沈める。
良いタイミングで始まったミーティングの合図が、俺の株の急降下を防ぐ。
彼は俺のヒーローだ!
「じゃあ改めて自己紹介からさせてもらうんだけど、」
このミーティングは男女混同。
チアリーダーと共に行われる。
俺はその席から室内をグルっと見渡し、やがて目に入ったチアメンバーに目を奪われた。
ハッキリ言うと超可愛いかった。
席の順番からすると恐らく三年生であり、心の奥で鋭く鐘の音が鳴り響く。
「なぁ、あの人」
俺はこの気持ちを誰かに打ち明けたくて、素早く前の席に座っていた蓮にヒソヒソと話す。
「なんだよ」
「超可愛いくね?」
「うぉ、がちやん」
俺達二人は彼女の美貌に見惚れ、ミーティングどころではなかった。
きっとそれは俺の『充実する夏』に切り替わる出来事であると、都合の良い妄想を巡らせる。
「あの人のインスタ知ってるけどお前らいる?」
「はい!欲しいです!」
頬杖を付いてウットリしている俺達を見た隣の先輩が連絡先の共有を提案してくれた。
俺は素早くその提案を承諾し、机の下でスマホを触る。
美月という名前のアカウント。
先輩の見せてくれた画面を検索欄に書き写し、その検索結果でヒットした同じアイコンのアカウントにほんの少しの迷いを無視してタップした。
「俺もうDM送ったわ」
「お前キモ。強すぎだろ」
蓮の狙い方はあからさまだった。
一方で俺が彼女に抱いていた感情は恋ではない。
いや、俺も話したいと思う。
けれどそれは特定の相手への強い想いではなく、『恋人』という存在への渇望である。
故に俺はまた振られると自分の心に言い聞かせ、立ち止まった。
「お前は送らんの?」
「まだいいや」
「まだってなんや」
こうして前半のミーティングを終えた。
後半は本格的に練習が始まる。
基本的に振り付けの練習である。
ひたすら先輩から動きを習い、全く覚えられない俺とすぐ覚えて動ける蓮。
途中から爽やか先輩とのマンツーマンレッスンが始まり、俺の足腰の悲鳴は追い付きたいという意思に蹂躙された。
練習時間は楽しくあっという間だった。
結果的に覚えれたことは蓮の半分程だろうか。
茜色の夕空は夜天の帳に染められ、辺りの街灯が主張を始める。
「やっと終わった〜」
「やっと帰れるわ〜」
俺達二人は荷物を預けている自分達の教室へと向かう。
その室内は喧々とした女子達の声で満たされており、その声と雰囲気から着替え中であることを理解する。
「ん?俺等詰んだくね?」
「帰れんとかある?」
「終わるまで帰れんやろうな〜がちだるい」
二人でため息を揃えた。
廊下の角から動くことは許されず、右往左往に歩き回ることで自宅への渇望を示唆する。
「こんなところでどうしたん?」
ある女性が俺達の不穏な様子に声をかける。
その女性の姿を見た途端、俺のコミュ力はマイナスへと引きずられた。
「荷物が教室にあるんですよね」
口をパクパクさせる俺のとなりで、蓮が素早く返答した。
「あーなるほどね、取って来てあげようか?」
「あーお願いします〜」
落ち着きのなかった俺の様子を目の当たりにしていた彼女は早歩きで二人の荷物を取りに行き、制服とカバンを華奢な両手で抱えていた。
着替えて適当に扱っていた制服やカバンなど、なんなら筆記用具さえも悲惨に散らかしていた俺は過去の自分を呪いたくなった。
申し訳ない、と。
きっと彼女も心の中で文句を言いながら持ってきてくれているに違いない。
「あ、ありがとう……ございましゅ〜」
体は赤熱し、頬を紅く染めた俺が噛み噛みで一言添えると彼女は微笑んでくれた。
しばらくして熱が冷めると、積み重なった疲労感が一斉に押し寄せてくる。
そこでようやく自分は早く帰りたいことを思い出す。
「早く帰ろうぜ」
「お、おう」
蓮が急かし、俺が後を追う。
それがいつも通りである。
「先に美月先輩取った方の勝ちな」
「なんじゃそりゃ。いや、それなんかグロいことなるくね?三角関係とか絶対嫌ばい?」
「なんとかなるって」
この日の夜は眠りが浅かった。
翌朝眠りから目を覚める。
目覚ましをセットしたはずのアナログ時計は、秒針だけを一定間隔で鳴らし続け、秒針を辿ることを止めた途端現在の時刻を把握する。
「十二時?!?!」
そう、正午であった。
幸いこの日は休日であり、問題は何一つない。
しかし、それは実害的問題であり精神的問題には深く関与する。
午前中に起きられなかった休日は憂鬱なのだ。
「……」
上体をゆっくり起こし、その勢いで背伸びをする。
背伸びが終わるとスマホを確認し、俺の憂鬱さは永遠に吹き飛ぶこととなった。
---
美月 おはよう!
美月 蓮くんから聞いたんやけど、昨日の荷物の子よね?
---
彼女からのDMである。
俺は嬉しさのあまり、口元を押さえ、頬を赤熱させる。
問題はなんと返信するか、である。
きっと恋愛をする人間は誰もがぶつかる壁だろう。
安牌を攻める。
それが一番だ。
---
海 おはようございました!
海 そうです!昨日はありがとうございました!
---
送った瞬間自分の誤字に気づき、長押しをする間に既読のマークが印される。
---
美月 過去形笑笑
美月 休みの日はいつもこの時間なの?笑
---
どんな表情で話しているのか分からないが、恐らく揶揄するようなニュアンスだろう。
俺は照れ臭く苦笑する自分を浮かべながら返信する。
---
海 そうなんです笑
海 ところでどうしたんですか?
美月 ちょっとお話ししたくて
美月 体育祭何か種目出るの?
海 何も出ないですね笑
海 先輩は何か出るんですか?
美月 短距離走出るよ!!
海 じゃあ一位なってくださいね笑
美月 じゃあ一位になったら一緒に写真撮ろ
---
?!?!?!?!?!?!?!
これは……脈あり……?!
俺は疑問を解決するために勝負に出る。
---
海 明日学校で話しませんか?
美月 いいよ〜じゃあうちのクラス来て!
海 分かりました!
---
しばらくの間、尺稼ぎの会話を重ねやがて彼女からのリアクションマークが付けられると会話終了を意味した。
会話が終わってしまった喪失感よりも、彼女と話せたという満足感にスマホごと抱き締めることで示した。
けれど俺は自分の気持ちを認めない。
振られると分かっているからだ。
どれだけ手応えを感じても、俺自身が恋愛ステータスが皆無な以上勝ち目はないのだと悟っていた。
矛盾を抱え、翌朝早くから家を飛び出した。
登校するや否や彼女の教室へ。
俺は半ばスキップさせながら三年の教室へと向かった。
教室の窓からモジモジと中を覗き、彼女の存在を確認する。
教室での生存を確認しただけにも関わらず、俺の心臓は彼女の容姿に敏感に反応を示した。
「み、みつ……」
彼女の名前を軽々しく呼んでもいいのだろうか。
そんな無駄な葛藤を横に爽やかなオーラを纏った先輩が、怪訝そうに問う。
「そんなモジモジしてどうした?」
「いや、えーと美月先輩と話したくて」
「あーなるほどね」
そう言って状況を理解した先輩は大声で彼女の名前を呼んだ。
俺とは全く格が違うらしい。
「はいはい?」
「なんか海が呼んどるよ」
「はいはい」
黄色のタオルを携えた彼女がやや走り気味で廊下に出る。
爽やかな先輩との適当な会話を交わし、俺へと視線を向けた。
「場所を変えよう」
俺は非常時用の小さな階段に言われるがままに連れて行かれ、その階段に腰掛けた。
「えーと何話そうか」
「な、なんでもいいですよ」
階段の幅が狭いため、少しでも肩を揺らせば触れてしまいそうだ。
俺は反対側の肩を壁に押し当てその事態を回避する。
「あ、高校ってどこ行く予定なの?」
「高校ですか?理系の方に行ければな〜と」
「理系なん?!ウチも理系!」
「じゃあ今度勉強でも教えてもらおうかな」
「仕方ないな〜!」
場をしのぐための会話に過ぎないらしい。
自分で誘っておいて俺は今リードされている。
その事実は自分で反吐が出るほど憎い。
何か自分から触れる話題はないかと目をキョロキョロさせながら必死で探した。
「ねぇ好きな人いる?」
不意に聞かれたその問いに心臓と体と手を震えさせる。
黄色のタオルで顔の下半分を隠し、赤面させながら問う彼女の様子に心の臓が耐え切れないと悶えている!
「い、いません〜。せ、せ、先輩はいるんですか?!」
仕返しをしようと同じ問いを投げると意外と冷静に返答される。
「今はいないよ〜。前まではいたけどね」
「そうなんですね〜」
その一瞬の恋バナは何十時間分の濃さがあり、頸部を滴る汗が一筋二筋と流れていくのは気温のせいではないだろう。
しばらくの沈黙を経て、彼女の方が開口する。
「えーと、体育祭練習は手振るから返してね」
「たぶん気付きませんよ」
「え?!絶対返してよ!」
「はい」
彼女の覇気に圧倒され、俺はその勧誘に却下の札は出せなかった。
集合時間ギリギリまで時間を過ごし、結局会話内容は曖昧に記憶に刻まれ、精神的疲労だけを強く感じることとなった。
感想は?と聞かれると、緊張したとしか返答ができないくらいに。
応援団の集合は曖昧で適当である。
やる気のある人や団長副団長は早めに集合しており、俺はその中間層に位置する。
そして遅刻する人も少なくはない。
練習自体に統率があるわけではないので、何人遅刻しようが各自で当日までに仕上げられれば問題無しというスタンスである。
練習中、最初のミーティングで隣に座っていたセンターパートが特徴の先輩が話しかけてきた。
「海大先生、美月のこと好きなん?」
美月先輩と同じクラスではないものの、自室へ向かうためには道中に位置するため、俺達が一緒に居たことは十分知り得るだろう。
ただ話していただけならば、その質問へとは至らない。
話していた光景が彼の思考を辿り着かせたと考えるのが妥当だ。
てか大先生ってなんの皮肉だよ。
「いや〜好きではないっすかね〜。なんでですか?」
「いや、なんか美月がお前のことめっちゃ癒やし〜って言いよったぜ?」
「そうなんすね〜」
「いや脈ありだと思うぞ〜?」
「いや、脈ありだから手出すとかそんな最低なことしませんよ?俺は。女の子に迫られたら好きになるとかバカらしいです」
脈ありだからこちらも好きになる。
そんなことがあっていいわけない。
今まで蓮の恋路を間近で見てきたのだが、そのすべては渇望を満たすための恋愛であると分かった。
蓮は今までの女を本気で愛してはなかったのだ。
これは俺の考え過ぎでエゴで、ただプライドに泥を塗らないための思い込みでしかない。
そう理解っていても慎重に乗り越えたい。
「ま、たぶんこれから好きになりますよ」
「そういうのはあんま言わんだろ」
苦笑しながら返答する先輩に微笑み返す。
こんな風に気楽に済む練習風景は、情動記憶に深く刻まられる。
応援団とチアリーダーは練習場所を時間帯でローテーションするが故、移動先で他ブロックの練習風景を確認することができる。
我々黄色ブロックに比べ、他ブロックはギシギシとした雰囲気だった。
俺は二年連続で当たりを引いたらしい。
練習中に手を振ると言った彼女の発言もローテーション中のことを差すのだろう。
俺は喧々諤々としたこの集団に混ざり、瞳だけはあの人を探し続けていた。
目が合ったわけでもなく、すれ違ったわけでもなく、近くにいると魂で感じたわけでもない。
それでも鼓動は濃く反応を示していた。
むしろ、早く手を振ってこの約束を消費してしまった方が心のキャパオーバーは避けられる。
その時だった。
お世辞にも大人っぽいとは言い難い少女が、綺麗にたとまれた黄色のタオルを持って歩いていた。
俺はこの千載一遇のチャンスを逃すまいと、集団の中心から一つ飛び抜けて大きく手を振る。
彼女はそれに気付くと控えめに肘から上だけを左右に振り、素早く去って行ってしまった。
その光景に寂寥感を覚えた。
「ひゅーひゅー」
「やめてください」
本来苦笑しながら言うべきセリフを鋭い眼差しで述べた俺に、先輩は訝しげな表情を浮かべた。
朝から夕方までみっちりとした体育祭順番は日頃の学校生活よりも体力を削がれる物だった。
夜の帳が降りかけた頃、俺と蓮は帰路に立ち互いに恋バナをぶつけることで時間を潰す。
「俺、美月先輩から写真誘われたわ」
「は?キモすぎ。俺諦めようかな〜」
「なんやそれ」
先に実った方が勝ちという勝負を仕掛けてきた本人が、珍しく弱音を吐いた。
他に魅力的な人でもできたのだろうか。
「なんか、……申し訳ねぇな」
「別にいいよもう、お前にあげる」
俺にも明白な好きという感情は芽生えていない。
いや、正確には理解していないだけで彼女のことを好きなのかもしれないが、実際は不明確である。
しかし蓮がきっぱり諦めると言ったことで時間に猶予ができた。
ゆっくりと自分の気持ちに向き合いたい。
体育祭練習、及び体育祭準備が夏休みの大半を占め、有意意義と言えるが最高とは言い難い長期休暇を終えた。
先輩との関係は縮まることもせず、また遠くなることもなかった。
自分の渇望を満たすために告白するのは俺のプライドが許さないので、お預けである。
蓮と登校するはずの始業式の日。
彼は用事があると俺に連絡をして、早く学校に向かったらしい。
応援団関係で先輩に呼び出されたのだろう。
蓮が呼び出されるのなら二年である俺も呼び出されなければ不自然だ。
俺は不思議に思いつつ深くは考えなかった。
自分の教室にはあえて向かわず、遠回りしてでも先輩の顔が見たかった俺は、ロの字に建てられた校舎を反時計回りに自室に向かう。
三年の教室の隣に位置する非常階段に、俺達いつもここで話してるんだよな〜と干渉に浸りつつ覗いてみる。
窓付き扉から見えるその光景は、蓮と美月先輩が二人で話している姿があった。
「え?まじ?」
見間違えるはずがない。
あれは蓮であり、あれは美月先輩である。
間違いないのだ。
俺は扉の窓に映らないように身を隠し、会話を盗み聞きしようと試みる。
しかし全く聞こえない。
蓮は諦めるし、先輩は俺に譲るとまで言っていた。
なら体育祭関係の会話だろうし気に留める必要はない。
が、自分の親友と先輩が話しているという事実は見過ごせない要素であり、興味を示さざるおえない。
後で聞けばいい。
そんな大した会話をしているはずはないのだから。
授業と体育祭の準備でよりハードなスケジュールに文句を投げつつ、課せられた仕事は全うした。
練習中に爽やかな先輩が団とチアを集合させ、ある提案をする。
「みんな公園で写真撮ろうぜ」
その提案に全員が賛成し、結局過半数以上の投票に俺の陰の部分は掻き消される。
草舟のように身を任せ、集団の水流に流され公園に到着した。
女子達がどうやって撮ろうかと悩んでる最中、男子陣は小学生のように走り回り、俺はどちらにも混ざれず居た堪れなさからスマホゲームを始める。
「海くんみっちゃんと写真撮らんでいいの?」
「……え?体育祭で撮りますよ?」
「いやいや制服バーもいるでしょ」
カメラをいじるために屯う女子の傍ら、俺達の関係を聞いてるであろう三人の三年女子が俺達を揶揄気味に距離を近づけようと促す。
「まぁまぁ、私達撮るからさぁ〜」
結局、彼女らの強引な橋渡しに抗うことはせず、むしろ内心嬉しい俺に美月先輩は仕方ないと言わんばかりに吐息を零す。
「はいはい撮るよ〜」
身長差を考慮し少し屈んで見せる俺の隣で、彼女は堂々と二本指を立てる。
写真は美月先輩の方から送ってもらえるとのこと。
朝のこと、どちらに質問するかという最難の二択。
俺は先輩に聞くことにした。
理由は蓮に聞くのは友達を疑ってるようで嫌だからである。
「朝たまたま蓮といるところ見たんですけど、何話してたんですか?」
「普通に、雑談?なんかDMで今度話しかけますね、て言われてそれであーなった感じ」
「あーなるほどです」
いや、何もなるほどじゃない。
蓮の諦めるという発言は何だったのか。
俺に譲ると言ったのは俺を油断させるための発言だったのか。
俺は親友を疑いたくない。
けれど疑問は尽きない。
なんで関係が発展しているのか。
なんで俺に恋自慢してこないのか。
なんで本音を言わなかったのか。
疑問を抱えたまま集合写真に混ざり、俺は上手く笑えてなかったと思う。
「よーし!みんな帰ろう!あ、海くんみっちゃんいる?一緒帰ったら?」
「欲しいです!」
「えぇ??欲しいって……?!」
正直に返事すると三年女子はざわつき始める。
「え?あぁ、じゃあ帰ろっか?」
さすがに堂々と言い過ぎたなと先輩の様子を見て猛省する。
「よし、海帰るか」
「は?」
さっきまで三年男子とはしゃいでいたはずの蓮がこちらに混ざる。
「あーじゃあ三人で帰ろっか!」
「えぇ?!」
奇想天外な美月先輩の発言に俺は愕然とした。
「美月先輩、体育祭何か種目出ます?」
「出るよ!」
「えーまじですか?何に出るんすか?!」
三人になってしまうと俺の居場所は奪われる。
三人横に並んでいた筈の隊形は俺が一人後に余る形になってしまった。
「海くん後行き過ぎじゃない?」
「ん〜いや、車の邪魔になるんで」
「あーそういうことね」
きっと俺は蓮と先輩を取り合うと負ける。
ならもういっそのこと……
「蓮、ちょっと話があるんだけど」
「ここじゃだめなやつ?」
「そうやね〜、美月先輩はみんなと合流してください」
「わ、分かった」
美月先輩が早足で去っていくのを確認すると俺は単刀直入で蓮に提案をする。
「蓮、もう諦めね?」
「ん?どういうこと?」
「いや、どっちか片方が美月先輩と付き合うことになったら気まずいし、めんどいし、ムカつくやん」
「おう」
二人で傷付け合い、疑い合うくらいなら、いっそのことこの恋愛をなかったことにしよう、と。
夏休みの青春はなかったことにすれば苦しまないで済む、と。
「そうするか……それがいいよな〜」
「いや〜さすがだわ!飯食いにいかね?」
「ありだな〜!」
そう、二人とも美月先輩の振られたのだ。
そう思うことにした。
蓮とハンバーガーを食べ、解散し、自宅に到着すると、美月先輩から写真が送られる。
---
美月 [写真]
美月 今日ありがとう!!
---
写真を確認し、自分の写りの悪さに苦笑しつつ重要事項を伝える。
---
海 こちらこそありがとうございます!
海 美月先輩には申し訳ないんですが、俺と蓮は先輩と付き合うの諦めることにしました
---
自分でかなりイカれたことを言ってることは理解している。
けれど伝えなければ後々傷付けることになるかもしれない。
---
美月 そうなんだ
美月 もう関わらないってこと?だよね?
---
二文目を確認して胸が苦しくなった。
けれどそういうことである。
もう戻れない。
自分の渇望を満たすことより親友の方が大切だ。
---
海 そうですね
海 本当にごめんなさい
海 写真の約束守れなくて
海 今までありがとうございました
美月 こちらこそありがとう!
美月 めっちゃ楽しかったよ!
海 蓮からは何も来てないですよね?
美月 ん?来てないよー
---
棘が刺さった俺の心の穴は、ホッコリと温もりで埋まっていく。
言って良かったって。
この人なら分かってくれるって。
その翌日。
その報告について蓮に伝えておいた。
そうこれで普通の親友に戻れる。
そう確信していた。
「おーお疲れぃ、まぁこれが最善だよな〜」
そう言いながらいつも通り笑っていた。
その笑顔を見て心底安堵した。
俺達の友情は一瞬で終わる恋なんかより強固で確固たる物である。
体育祭が終わって日常に戻り、まるで幻だったように普通に還れた。
帰り道にくだらないスマホゲームの話をしたり、テストの愚痴をこぼしたり。
「蓮、また女か?」
スマホを頻繁に確認する蓮にふと問う。
「おう、切り替えは大事だろ?」
「ふーん」
「何?お前まだ引きずってんの?」
「なわけないだろ?」
二人で苦笑しながら縁起でもないことを言い合う。
美月先輩という共通の話題が消えただけで俺達は何も変わらない。
飲み物を買いに自動販売機へ向かう途中、ふと、あの非常階段が視界に入った。
俺と彼女が、高校の話や勉強の話をした、あの場所。
今はもう立ち入るべきではない聖域を、あの日を弔うような気持ちで、扉の窓からそっと覗き込んだ。
そこに、
そこに、俺の居場所はなかった。
西日に照らされた階段の踊り場。
寄り添うように座る、二つの背中。
一人は、見間違えるはずのない、俺の親友、蓮である。
そしてその隣で、彼の肩に頭を預け、幸せそうにスマホを覗き込んでいるのは、俺が諦めると告げたはずの美月先輩だった。
声は聞こえない。
けれど、蓮の手が彼女の髪に優しく触れ、彼女がそれに甘えるように微笑む仕草だけで、全てを理解するには十分だった。
俺が守ろうとした「友情」は何だったのか。
俺が律儀に送った「謝罪のDM」は何だったのか。
俺に諦めようと言わせたのも計画の内だったような気がした。
そして、あの日「楽しかったよ」と返してきた彼女の温もりは、俺という邪魔者が消えたことを祝う、冷徹な合図だった。
視界が歪む。
心臓が内側から握りつぶされるような不快な熱を帯びる。
手汗でじっとりと濡れた掌を制服のズボンで拭ったが、その不快感は消えるどころか、全身へと広がっていった。
俺は美月先輩を問い詰めた。
蓮を問い詰めてもいいがあえて美月先輩にした。
「なんで蓮と付き合ってるんですか」
心臓はバクバクだった。
なんで自分でこんなことをしているかも分からない。
けどもう引き返せない。
「え?だって海くん、諦めるって……」
「はぁ??『二人で』諦めるって言ったんですよ?日本語分かります?」
なんだよ俺だけが諦めたって。
そんな話になんでなってるんだよ。
「あんたのするべきことは二人を振ることだったんですよ」
そう言って本当の意味で俺の恋は終わったのだ。
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女は嫌いだ。
もう何が正しいのか分からない。
感情も考えも予測不能で何がしたいのか分からないやつら。
演技ばっかで本当のことは何一つ理解できない。
もはや動きの予測ができない害虫となんら変わりはない。
あの女が取るべき行動はハッキリと俺達二人を振ることだったのだ。
それが平和だった。
フィアも嘘付いてるんだろうな。
期待をすればまた傷付く。
海 平和に終わりたい
蓮 裏切られる前に裏切る
美月 ???




