第二話 「疑念の鎖」
ぼんやりと意識を取り戻す。
何かが自分の胸に入り込む感覚と、それによる冷たい風が肌を撫でていた。
ぼやけたその視界には空色の長髪を揺るがせ、蒼玉色の瞳でこちらを心配そうに見つめる少女の姿が入った。
俺は無限に広がる蒼穹とフィアの顔を眺めながら状況を把握する。
「大丈夫かい?」
「大丈夫です……よ?」
少しだけ期待を裏切られた気分だ。
後頭部のすぐ下はレンガ。
膝枕を期待していたが後頭部は痛かった。
そんな呑気なことを思いつつ、フィアの様子を窺う。
フィアは眉間に緩く皺を寄せ、俺をじっと食い入るように見つめる。
誤解が完全に解けたかはあまり期待できなさそうだ。
「そうかい、なら今度は白い方も試させてくれ」
「……」
俺はその言葉に目を見開き、左右にゆっくりと首を振る。
「冗談だよ、重症なんだろ?」
俺は溜め息を吐き、緩く微笑んだ。
誰のせいなんだか。
「騎士団の方で治療するけど、どうするんだい」
「最後まで殺してくれた方が楽なんですけどね」
「死にたいなら誰も見てないところで一人でやってくれ」
フィアが俺に使ったポーションにより、傷口は塞がりかけていた。
段々と塞がる傷口は早送り再生しているようでグロいが、それに反して痛みは段々と引いている。
「安いポーションの割には治りが早いんですね」
「さっきは逃げられないためにわざとやったことさ。あんまり触れないでくれ」
そうかい。
疑わしきは罰せずじゃないのか!?
勘弁してほしい。
ウサギだの騎士団だの知らない単語が多く登場し、混乱している。
騎士団に行くか行かないかで分岐するのだろうか。
「『ウサギ』ってなんのことなんですか?」
冤罪の要素であるその言葉はフィアにとって憎く復讐したい相手なのだろう。
「ボクの両親を殺した相手さ。ここ2年間で、ウサギによって256人が殺されたと捜査資料に記されてある」
「そんなに殺人を?なんで?」
「それが分からないんだ。本人に聞いてみないことには」
「問答無用で殺してたのに?」
フィアは気まずそうに俯く。
傷口が完全に閉じたタイミングで、鉛のような上半身を起こした。
同じ目線で見つめることでフィアのうつろな双眸が鮮明に映った。
「俺は今から拘束されるんですかね」
「うん、一応ね。ごめんよ」
「ベットを貸してくれませんか?横になりたい」
「もちろんさ、ついでに腕の立つヒーラーに見てもらうといい」
フィアは立ち上がると「立てるかい?」と手を差し伸べてくれた。
心の底では自分で立てると意地を張りつつ、その善意を無碍にしまいとその手握る。
体重はかけないようにもう片方の手で地面を押すようにした。
かなりしんどい。
俺は自分の胸に手を当て、等間隔で響くその振動に安堵の息を漏らす。
「ふらふらしてるね」
「貧血かもしれません」
フィアは俺の左腕を半ば強引に自分の肩に回す。
「体重かけていいぜ?ボクが悪いし」
聞いていいのか分からないが、俺は恐る恐る質問をする。
「俺は許されたのでしょうか……」
「問答無用で殺したいくらい条件が揃ってたけど様子を見ることにしたんだ。上がなんて言うかにかかってるぜ?」
そんなわけあるか!と怒鳴られることを懸念したが杞憂だったらしい。
体重をかけないように右足で踏ん張っていたが、その様子にフィアは苦笑した。
「遠慮しないでくれよ!君は重傷者なんだ」
「そういうわけには……」
「ボクのことが怖いのは分かるけど、君は本当にウサギではないんだろう?」
「はい」
「なら心配は無用さ。誰も君を殺さないよ」
なんだろう。
心の奥がむず痒くて仕方ない。
狂気の番犬だったこの少女の、一瞬にして温厚な聖人に変貌したギャップがより生存本能を逆撫でする。
この優しさに甘えているとまた殺されるかもしれない。
そんな恐怖を抱えているが、知人のいないこの世界で頼れるのは彼女だけだ。
「騎士団までどのくらいなんですか?」
「騎士団は町の中にあるよ」
「案外近いんですね」
小さな裏路地を抜け、レンガの敷き詰められたメインストリートから聞こえる人々の喧騒。
この場に足を踏み入るには勇気が足りないようだ。
「どうしたんだい?傷が痛むのかい?」
不意に止まった俺の足並を見てフィアが心配する。
「いや、ちょっと……」
「もしかして……騎士団に向かうのが怖いのかい?」
それも確かにそうだ。
でも俺が恐れているのはそこではない。
先程自分を殺していた相手のわざとらしい同情が怒りを促すが、その不快感は表に出さないようにした。
「いや、そうじゃなくて……」
彼女の無理解を正そうとし、喉元まで出かけたその言葉を無理矢理押さえ込む。
フィアは怪訝そうに小首を傾げ、「ん?」と聞き耳を立てたが、俺は首を横に振る。
「早く行きましょう」
強がった。
断固として彼女の慈悲を受け取ることはしない。
強く踏み出した右足は、小暗い裏路地から陽光を受けるメインストリートのレンガに踏み入る。
俺は反射的に左右に首を振った。
数十にもなる多くの視線。
怖かった。
誰かが俺の愚痴を言っているような気がした。
『何アイツ、髪白いんだけど。ウサギじゃないのか?』
『隣にいる子めっちゃ綺麗。でも隣にいるのって』
耳に障る周りの“女声”が嘔吐感を促す。
本当は聞こえないはずの被害妄想が俺を猫背に蹲らせた。
「え?あれって第八の零剣使い?!」
「やべぇ、俺この距離で緊張してきた……!」
……ん?
意外な周りの発言が俺の耳朶をくすぐる。
女性の声ばかりだと思っていたが、聞こえてくるのは男声ばかりだ。
「やっぱあれフィア様だよな!」
何を俺は思い上がっていたのだろうか。
この世界で俺のことを知っている人間なんて誰一人いない。
そんな当然の事実を無視していた。
何を怖がっていたのだろうか。
バカバカしい。
「めっちゃ有名人なんですね」
「そんなことはないよ。恥ずかしいからあまり触れないでくれ」
偶然今回は知人がおらず、人々の注目がフィアに向けられていたことに深く深く安堵した。
「もしかしてこれを予想してメインストリートを嫌がってたのかい?」
「いや〜違いますよ〜」
二度目の的を射てない発言に苦笑しながら返答する。
姉や両親にはぼんやりと話している。
自分がなぜ学校が嫌なのか。
けれど理解されることはなかった。
ましてや出会ったばかりのフィアに理解を求めるなど言語道断。
「さっき心臓が変だったんですよ。なんかグワングワンってなって」
「そういうことかい!君に死なれたら上司に怒られるからやめてくれよ!」
「俺の心配じゃないんですか?!」
心配をしてくれたフィアに適当な穴埋めをしておく。
何も言わないのは失礼だろう。
---
騎士団本部に到着した。
街の高所に位置し、長い階段を登り切ることでようやくたどり着く。
塗装のされてない灰色のレンガで組み立てられ、まるで小さなお城のようなデザインである。
淡緑色のトンガリ屋根と旭日章を彷彿とさせる星型の紋章が施された無数の旗が印象的だった。
「ここが騎士団さ」
「はい?」
「お入り」
フィアは大きな扉を華奢な左手で開け、俺を中へと案内する。
無駄に広い玄関ホールに騎士団の人々が屯っていた。
空色の長髪を背後から追いかけつつ、目線をグルっと一周させる。
騎士団には男性が多いようで俺は深く安堵する。
チェスのような床を踏みしめ、一番奥の部屋にたどり着いた。
フィアはその扉を二度コンコンッと鳴らすと大きく挨拶をする。
「四番隊副隊長フィア!ただいま帰還致しました!」
「そうか、ご苦労だった」
赤髭で強面の中年男性が足を組み、書類を並べて座っていた。
フィアは彼にキレッキレな敬礼をする。
「報告します!ウサギの疑いがある少年を確保しました!拘束の後、速やかに尋問を開始!これより地下牢に連行し、徹底的に調査する予定です!」
真実を伏せながら上司に報告するフィアに俺は驚きを隠せなかった。
「なるほど、ちなみにマスカルノグ討伐作戦の方は?」
「……あ」
「はぁ……まぁいいだろう。ここはお前の判断を尊重しよう」
頭を抱えながら首を左右に振ると、フィアの方に向き直した。
いきなりの威厳を浴びたフィアは小さく肩を竦める。
「……はい」
「ところでウサギのことは騎士団以外に口外してないだろうな?」
「はい、大丈夫なはずです」
ウサギの情報は漏れてはいけないらしい。
だからあえて手錠などしていないようだ。
街の人々が俺に興味を示さなかったのも騎士団の情報管理のお陰だろう。
「君を副隊長にしたのはウサギ相手に戦力になると思ったからだ。我々はウサギを必ず捕らえなければならない」
淡々と話していたはずの彼の双眸は、やがて鋭くこちらを威嚇する。
その視線に俺は目に見えて動揺をした。
「あの……」
フィアの方に目線をやると、蒼玉色の瞳は真っ直ぐ一点を見つめていた。
上司の前で視線を逸らすことは許されないのだと、フィアの態度が物語っている。
そんな相手に俺は目を付けられてしまったらしい。
「俺はウサギじゃありません!」
意外にも自分の口から否認の声が飛び出る。
無意識だった。
「それは犯人が言うことだろう?」
当然の如く否定は否定される。
何も聞いていないのにも関わらず「俺はやってない!」と発言すればより疑惑が深まるのは当然である。
しかしやっていない物はやっていないし、知らない物は知らないのだ。
それ以上何を言えばいいと言うのか。
「尋問の結果はどうだったんだ?」
「殺人の疑いはありませんが、ウサギである可能性はあるかと思われます!」
滅茶苦茶じゃねぇか。
「そうか、予定通り牢に入れておけ」
「その前に彼の治療を行ってもいいでしょうか!」
「地下牢で行え」
「御意!」
聞かされていた流れと異なり、フィアの方に目線を動かした。
相変わらず一点を見つめ、尋常ならざる速さで額の前に敬礼の手を添える。
フィアが手を降ろすと、数秒間シーンとした気まずい空気が充満した。
「……行っていいぞ」
「失礼します!」
フィアは一礼してその部屋から離脱。
ついに緊張から脱力したフィアは、リラックスモードに切り替えるように肩の力を抜いて、吐息を零した。
「いつもこんな感じなんですか?」
「まぁ、そうだね〜」
今の今まで学生の身分であり、あまつさえ不登校という名目のサボりをこなしている身では、働く大人達の苦労など計り知れない。
そんな俺が彼女にかけられる言葉は「大変ですね」などの同情ではなく、事の終了を合図する「お疲れ様です」しかあるまい。
「お疲れ……」
「よし!次に行くぞぉ!アビスくん!」
「あ、うす」
挨拶を遮られたことによる絶妙な寂寥感を噛みしめる。
友達に「またね!」と言っても何も返されないような感覚である。
友達と定義できる存在がいるかどうかは別の話だが……。
「傷口はもう大丈夫かい?」
「はい、まぁ……」
「ならよかった」
仕事が増えずに済んだという意味だろう。
「悪いが君には数日間、地下牢の方で過ごしてもらうよ。もちろん衣食住付きだから安心してくれよ」
「住の部分は無いに等しいんですけどね」
意外と軽口を叩ける程俺には余裕があるらしい。
──否、逆である。
気持ちや状況の整理がつかないこの状況では適当なことを言って気を紛らわせなければならないようだ。
「他に不安なことはないかい?」
「俺は殺されることはないんですか?」
「う〜ん、君が潔白を完全に証明できたらいいんじゃないかな」
「ど、どうやって……?」
地下牢から動けないというのにどうやって潔白を証明するというのだ。
ともあれ、不安は生死の行方ではなくその先にある、新たに設定されたリスポーン地点についてである。
無論、生死やリス地などの以前に痛い思いはしたくないが、容疑者として扱われる以上それ相応の覚悟は必要だろう。
「う〜ん、たぶんボクが尋問役を任されるからボクからの疑いを晴らすといいんじゃないかな?分からないけど」
「それで他の人が納得するとは思えませんが……?」
「大丈夫さ、地下牢は常に術式付与魔道具によって録画録音されてあるし、君が話した内容はすべて記録するから問題ないぜ?」
こちらの知能が足りていないのかと錯覚するレベルでこの人の発言は的を射ない。
俺が大量殺人鬼ではないのなら、監視されていた方が白を証明できるだろ?という話だろうが、それでは決定打に欠ける。
おそらく騎士団は現実で言う警察。
面倒くさい警察官が誘導尋問して無理矢理自白させる話を聞いたことがあるのでかなり不安だし、信用できない。
「いや、要するに俺が言いたいのは四六時中牢屋に居たら監視は意味ないでしょ?て話です。それに確実に殺人が行われたのなら真犯人がいるでしょう」
「確かにそうだね〜ごめんよ」
喉元で止まっていた言葉が溢れ出した拍子に、隠していたはずの苛立ちまで筒抜けになった。
フィアは左肘を抱え、考える素振りを見せたがそれは俺の苛立ちを和らぐためだけにした仕草だとすぐに分かった。
結局彼女のたどり着く結論……それは、
「団長が決めたことだから仕方ないよ」
彼女が台本のようにきめていた逃げ文句である。
自分より想像力に欠ける人物に遭い、心底安堵してしまった。
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地下牢は想像よりも快適であった。
煤けた壁や、錆びた鉄格子に囲まれ、身も心も汚されて“脳や精神状態”が不安定になると懸念していたが杞憂らしい。
見張りは出入り口に二人。
一定時間毎に交代しながら行っている。
見張りの立ち位置、牢屋の角度からは監視の目は届かない。
一人になれるタイミングを今か今かと探していたところ、ようやくその時が来たようだ。
先程なぜか開けたメニュー画面を再び呼び起こしたい。
あえて狭い場所を逃走していた結果出現したわけだが、死の恐怖から逃れるのに必死だったため記憶は曖昧だ。
「くぅぅうう分からん!」
「うるさいぞ」
「……はい」
あの事態で何をしていたか思い返す。
フィアから逃げることがトリガーでメニュー画面が開かれるとは考えにくい。
なら考えられるのは一つだけ。
体の動きによるコマンド、即ちジェスチャーコマンドであると考えるのが妥当である。
具体的にどんな動きをしていたか、なんならどこからどこまでがコマンドなのか、何一つ分からない。
脳内でフラッシュバックする逃亡シミュレーションはあまりにも不鮮明な物だった。
身振り素振りあらゆる可能性を考慮し、ようやく辿り着いた氷塊の兆し。
左折、飛び越え、くぐりの三行程が深く関わっていることに気付いた。
その三つの動きを行った際、なぜかメニュー画面が開かれる。
それはあえて視界を遮るように現れ、首を振ればそれに伴って動き続ける。
パソコンのタブを消すのと同じように右上に表示されてあるバツ印を押せば消えてくれるようだ。
見張り役の二人は、三工程をひたすら繰り返し、時々ひとりごとを言って、空気をペタペタ触っている俺をあたかも異常者を軽蔑するような眼差しで見張っている。
その眼差しに気付いた俺は休憩することにした。
否、休憩という名目で自重を心がけた。
体全体を使ったジェスチャーコマンドが正解だとは信じ難い。
指や手だけなのだと思うが……。
見張りの目が背けられた瞬間、俺は三行程を手だけで行った。
何度も開かれたメニュー画面。
どうやら俺の推測は正しいらしい。
左手を左、下、右の順で動かすとメニュー画面は開かれる。
「き、君はずっと何をしてるんだい?」
突然の呼びかけに体をビクつかせる。
クリスタルの器に聖水を注ぐような声音で俺に呼びかけ、鉄格子の隙間から蒼玉色の瞳だけを覗かせる少女が怪訝そうに眺めていた。
「いつからいたんですか?」
「同じことをひたすら繰り返している時からだよ。君は一人になると暴れ出すんだね」
「いや、これは……」
言い訳をしようと声を出したものの、弁明の言葉は何一つ思い浮かばない。
テンパってしまうのは俺の悪い癖だ。
「まぁいいよ、君が変人なのは一応報告しておくから」
「それよくないじゃないですか!」
「仕方ないだろ!細かく報告しろってアイゼン団長が言うんだから!」
「アイゼン団長?」
「さっきボクと話してた髭面の人だよ」
赤髭の男の責任だと。
自分は悪くないのだと。
常に保険を打つフィアにさすがに嫌気がさし、俺はテンションをやや落とす。
「その……やめたらどうですか?」
「ん?なんて言ったんだい?」
「いや、なんでもないです……」
フィアになんでお前にそんなこと言われないといけないのか、と思われるだろう。
そもそもなぜ俺が言わなければいけないのか。
杞憂だろうという指摘を妨げる思考が俺の言動を寸止めた。
「まぁいいさ、とりあえず尋問部屋に行こうか。開けた瞬間逃げ出したりしないでくれよ?面倒くさいから」
「わかってますよ」
いくつもの鍵が吊るされたキーホルダーを取り出し、あたかも準備していたかのようにこの牢屋の鍵を使い出す。
「あ、あなたは……」
「あなたって呼ぶのはやめてくれよ?フィアでいいぜ?」
「いや〜それはちょっと……」
フィアの背に見合わない長剣。
背が低いからなのか、剣が長いからなのか、鞘が地面を引きずり、不快な音を立てる。
前者ではないだろう。
フィアは今の俺とほぼ同じ目線だ。
フィアは気付いて持ち上げたり、気付かずそのまま引きずっていたりを繰り返している。
さて、女性の名前を軽々しく呼ぶなんて俺には出来ない。
何コイツ馴れ馴れしく呼んでんの?キモっ!と罵られるのが目に見えるからだ。
「君もガキだな〜」
肩を縮め身じろぎする俺の様子に、悪戯な笑みを浮かべ俺を揶揄する。
「あんまり歳は変わらないでしょう?」
「ボクは19だぞ?お姉さんだぞ?」
「お姉さんは嫌です」
「失礼なやつだな」
「俺はまだ15歳……?」
「なんで疑問形?」
今日の日付が分からない。
引き篭もりを始めて何ヶ月経ったのだろうか。
16歳になったのか、なっていないのか。
いや、そもそも仮想空間では現実の年齢は関係ないのかもしれない。
曜日感覚はゲームイベントでかろうじて把握出来ていたが、7日間が何回繰り返されたかを知る術はなかった。
「年齢とかどうでもよくないですか?」
「君が言い出したんだろう?」
「そうですけど……」
「まぁ、ウサギの年齢とは一致しないからその点はプラス評価だね」
フィアは尋問調書と思しき紙にメモのように素早く記録した。
「ところで君は何を聞こうとしてたんだい?」
「フィア……さんは、どうして騎士団に?」
「それ必要かい?」
「いや、別に」
なぜそんなことを聞いたのか自分でも分からない。
尋問される容疑者が刑事に対して「どうして刑事に?」なんて質問してるのと同義である。
「騎士団には両親の仇討ちをするために入ったんだけど途方に暮れていてね。君を見つけた時は、絶対に逃さない!て必至で且つ冷静に捕まえられたよ。自分が自分じゃないみたいだった」
「そうなんですね〜」
フィアはガキの行動だと怜悧な瞳で見つめ質問に応答し、それに俺は甘える。
あまり冷静で的確な対応だとは思い難いが。
尋問部屋に到着しフィアが扉を開けると中へ誘導する。
室内は薄暗く、到底歩んで来た廊下からは想像が付かない殺伐とした雰囲気を漂わせていた。
壁には手錠や拷問器具が並べられていて、かろうじて机一つと椅子二つの配置が尋問部屋と言わざるおえなかった。
「座ってくれ」
「は、はい」
尋問調書を含め、あらゆる書類や証拠となる情報を机上に散らし「早速だけど」と尋問を開始する。
「まず最初に君はアポロン王国から来たと言っていたけど、本当の出身はどこなんだい?」
「出身は……」
俺が外部の人間であると言ってしまってもいいのだろうか。
そもそも伝えようと試みても伝わらないだろうと素早く見切りを付けた。
当然、自分の説明力が皆無なため、どう言えば理解してもらえるかなんてビジョンは欠片も見えない。
要するに面倒なだけである。
「東側から来ましたかね」
「東側か〜、東と言ったら……やっぱアポロン王国じゃないかい?」
「いや!この国の東側ってことです!」
「あーなるほどね」
ウサギの条件が揃うとフィアは殺人マシンへと変貌する。
それは俺が最も恐れ回避しなければならない未来である。
慌てて弁明し、適当な嘘で誤魔化した。
「君の目的はなんだい?暮らすにしてももう少しマシな場所にするだろうに」
「森が落ち着くので」
「武器の入手方法は?」
「親の形見なんですよね」
「君は牢屋でなんで暴れ回っていたんだい?」
「多動症なもので」
俺は嘘に嘘に嘘を重ね、虚言を吐き続ける。
それしか俺の生き残る道はない。
「今日の尋問はこれくらいにしておこうか。立てるかい?」
「え?はい」
「悪いね。ヒーラーは今手が離せないみたいなんだ。さっき慌ててどこかに行ってしまってね」
「そうなんですね」
騎士団にとってヒーラーとは主の一角を担う存在なのだろう。
きっとマスカルノグ討伐作戦において必要不可欠な存在なのだ。
居候の分際で治療を優先してもらうわけにはいかない。
フィアに連れられ、牢屋の前に来ると、騒然とした雰囲気がメインホールから溢れ出ていた。
フィアもその様子に駆け付ける。
俺は動くべきではないだろう。
大人しくしているのが身のためであろう。
しかしそうもいかないらしい。
「今すぐ来てくれ」
慌てた様子で戻って来たフィアが座り込んだ俺に声をかける。
ウサギの条件と全く揃わない以上、俺を解放するしかないと言ったところだろうか。
一瞬にして終わる拘留期間を眼前に俺は心躍らせた。
もう死の恐怖はないのだと。
しかし俺が目にした光景は無様に腸をえぐられたアイゼンがタンカーによって運ばれる瞬間であった。
そして騎士団団員と思われる濃い藍色の髪の少年は俺にドカドカと怒の形相で踏み寄り問いかける。
「アイゼン団長を……僕の父さんを殺そうとしたのはお前だな!クソウサギ!」
「「……えっ?」」
唖然とした俺とフィアの二つの声が調和する。
アビス、人格破綻起こす




