(18)王都の向こう側と、猛追の騎行
王都アラストリアの巨大な南門。
その傍らにひっそりと建つ、藁葺き屋根の大きな小屋にフィオラは迷わず駆け込んだ。
息を切らして後を追った健斗は、小屋に併設された広い柵の中を見て、思わず立ち止まった。
「……なんだ、あの生き物?」
そこにいたのは、地球の常識から大きく外れた生物だった。
シルエットはダチョウのように長い首と強靭な二本脚を持っているが、全身を覆っているのは羽毛ではなく、鈍い光沢を放つ爬虫類のような硬質な鱗。
鋭い嘴と、縦に裂けた金色の瞳が、野性味と威圧感を放っている。
健斗がその異形の姿に見とれていると、小屋の奥からドスドスと重い足音を立てて店主が現れた。
その姿に、健斗はさらに目を剥いた。
筋骨隆々の巨体の上に、猛禽類——鷹のような鋭い「鳥の頭」が乗っていたのだ。
鳥頭の店主は、顔見知りらしいフィオラと何事か早口で言葉を交わした。
「ケント!」
フィオラが振り返る。
「あなた、『タックル』に乗ったことはある!?」
「タッ……いや、ない! 馬すら乗ったことないです!」
健斗が大きく首を振ると、フィオラは小さく頷き、再び鳥頭の店主に向き直って「二人で乗れるやつをお願い!」と頼んだ。
店主は短く鳴き声を上げると、柵の中にいるダチョウとトカゲを足して割ったような生き物——「タックル」の中でも、ひと際大柄で脚の太い個体を引き出し、手早く二人乗り用の分厚い革鞍を取り付け始めた。
その短い待ち時間の間、フィオラは険しい顔で健斗に向き直った。
「ケント、よく聞いて。店主さんに確認したわ。あのリーダーたちも、今朝ここでタックルを借りて出立したそうよ。亜竜が出没したという目的地までは、通常なら途中の村や集落で宿泊しながら、三日ほどかかる行程なの」
彼女は、店主が締める鞍のベルトの音を聞きながら言葉を続ける。
「でも、半日も先行している彼らに追いつくためには、休んでいる暇はないわ。夜通し走り続けて、野宿になるかもしれない。保存食や毛布の準備すらする時間がないから……本当に、過酷な道のりになる。それでも……行く?」
「……かまわない。俺たちはパーティーだろ。それに」
健斗は、胸元の隠しカメラの感触を服の上から確かめた。
金のため、バズるためという打算がないわけではない。
だがそれ以上に、昨日出会ったばかりの自分を気遣い、共に笑ってくれたこの銀髪の相棒を、一人で危険な目に遭わせたくなかった。
「フィオラさん一人に行かせるより、ずっとマシだ」
「……ありがとう、ケント」
その時、店主から「準備ができたぞ」としゃがれた声がかかった。
小屋の外へと引き出された巨大なタックルに、フィオラは身軽な動作でひらりと飛び乗った。
「ほら、手を出して!」
上から差し伸べられた白く細い手。
健斗はそれを力強く握り、見よう見まねで足をかけ、彼女の後ろの鞍へと這い上がった。
タックルの体温と、獣特有の匂いが伝わってくる。
予想以上に視線が高い。
「ケント、思い切り飛ばすから、絶対に落ちないで。……私の腰に、しっかり手を回して!」
「えっ、あ、はい!」
一刻を争う深刻な状況だというのに。
健斗はフィオラの細くしなやかな腰に腕を回した瞬間、その柔らかさと温もり、そして彼女の銀髪から漂う甘い花のような香りに、不覚にも心臓を大きく跳ねさせてしまった。
「――行くわよ!」
フィオラが手綱を鋭く弾く。
タックルが低く喉を鳴らし、王都の巨大な石門をくぐり抜けた。
その瞬間、健斗の視界が一気に開けた。
「うわぁ……っ!」
それは、石壁に囲まれた都市生活では決して味わえない、圧倒的なスケールの景色だった。
王都の門を中心として、白く整備された巨大な街道が、地平線の彼方へ向かって三方向へと扇状に伸びている。
どこまでも続く、見渡す限りの広大な大草原。
風に揺れる草は地球のものよりも鮮やかな青緑色をしており、所々に見たこともない巨大な赤い花を咲かせる大樹が、天を衝くようにそびえ立っている。
空気の味が、変わった。
王都の路地に染み付いていた、人々の生活の匂いや乾いた香辛料の香りが消え去る。
代わりに肺を満たしたのは、むせ返るような濃密な「緑」の匂いと、どこか遠くの湖から運ばれてきたような湿り気を帯びた風だった。
ここは、本当に別の世界なのだ。
圧倒的な自然のエネルギーが、肌をビリビリと叩いてくる。
フィオラは迷うことなく、三本に分かれた街道のうち、最も太く真っ直ぐに伸びる中央の道を選び、タックルを駆った。
「――っ!」
凄まじい加速。
地球のバイクにも匹敵するスピードで、巨大な鳥トカゲが大地を蹴る。
猛烈な風圧と、一歩ごとに跳ね上がる強烈な縦揺れ。
振り落とされそうになった健斗は、「うわっ!?」と情けない声を上げ、慌ててフィオラの背中に張り付くようにして、その細い腰を強く抱きしめた。
「舌、噛まないようにね!」
風に負けないよう、フィオラが前を向いたまま大声で叫ぶ。
西の空が、少しずつオレンジ色から深い紫へと沈み始めていた。
長く伸びる二人の影を従えて。
健斗とフィオラを乗せたタックルは、夕暮れの荒野を切り裂くように、ただひたすらに街道を猛スピードで駆け抜けていった。




