第274話 事件
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―――デラミス宮殿
懐かしいであろう日本の文化に触れた刹那達は十分にリフレッシュしたようで、以前よりも気力が充実しているように見える。夕食用にとセラが釣ってきた魚を、エフィルが捌いて調理した刺身も実に好評だった。やっぱり醤油は偉大だよね。トラージで購入しておいて良かった。ありがとう、虎次(仮)!
まあ、刀哉の主人公力との熾烈な戦いを脳内で繰り広げていたお陰で、精神的に疲労してしまった俺とは正反対なんだけどな。ああ、反対だとも。しかし俺は守り切った。爺馬鹿の爺ちゃんとの共同戦線は熱かったぜ。
さて、翌日は予定通りに屋敷を出発し、転移門でデラミスへ再び戻る。当初の予定ではこのまま刀哉らを極悪非道なダンジョンに放り投げ、必要最低限のサポートだけして使徒関連の調査に没頭する筈だったのだが、どうも状況がそれを許さないらしい。いや、勇者にそんなことをさせるなんて! などといった反対意見がデラミス側から出た訳ではない。現にコレットは嬉々として賛同してくれていた。狂信者って怖いですね。で、その恐ろしいコレットさんと相見る人物がここに居る。
「―――孤児院の子供達が、さらわれた?」
「ええ、内密な話ではありますが……」
情報を知らせに来たのはサイ枢機卿だった。彼の話を聞くに、この事件が判明したのは早朝のこと。警邏を担当していた聖騎士が孤児院を訪れたところ、異変に気がついたそうなのだ。
「団長のクリフが生憎不在でして、前任の私のところへ相談しに来た者がおりました。いつもであれば子供達の声で賑やかとなる時間だったのですが、今朝はしんと静まり返っていたと…… 異変に気付いた彼は教会と孤児院の中を捜索、直後に気絶したシスター・マリガンを発見致しました。魔法で気絶させられたのでしょう。幸いも怪我らしきものはなく、現在は回復して事情を伺っているところです。ただ、他のシスターや子供達の姿を見受けられず、代わりにこのようなものが……」
「これは――― 書簡ですね」
サイ枢機卿がコレットに手渡したのは、まっさらな封筒だった。宛先はなく、シスター・マリガンが倒れていた部屋のテーブルの上にて無造作に置かれていたそうだ。
「コレット、何て書いてあるんだ?」
文章を読み解くコレットの表情が険しい。状況が状況だけに、良い知らせが書かれていないことは予想が付く。後はどの程度の悪い知らせが記されているか、だけだ。
「……御覧ください」
「どれ―――」
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―――デラミスの巫女及び、その勇者に告ぐ
『英霊の地下墓地』に来られたし。さもなくば、日没と共に汝を信仰する哀れな童子の魂を解放する。立ち上がる時は来たれり。今こそ、真の神を信仰する時ぞ。
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記述された文章はこれだけだった。『英霊の地下墓地』がどこかは知らないが、どうも孤児院の皆を連れ去った者達はそこで待ち構えているようだ。最悪なのはコレットが出向かわなければ、日を跨ぐ毎に人質を殺すと示唆していることか。これは神の使徒らによる犯行なんだろうか? 孤児院の人たちがコレットと縁があることを知っている辺り、コレットをよく知る人物とも取れるが。
「巫女様、大変申し辛いことなのですが……」
「許します。何でしょうか?」
コレットの言葉に戸惑いはなかった。今の彼女は正真正銘の巫女として動いているんだろう。
「以前から水面下で密かに行動していた反メルフィーナ派――― エレアリス信仰派がこの事件を引き金に動き出したようです。既にフィリップ教皇へ通達はしていますが、領内とは言え巫女様も用心していてください。見知った者でも敵である可能性があります」
サイ枢機卿の言葉に偽りはないかな。前にも言ったがデラミスも一枚岩ではないんだ。メルフィーナが転生の神となった時に、巫女アイリスと共に謀反を起こした理想の残滓。世代を越え、意思を継いだ者達が今もデラミス内部に潜み、表面上はメルフィーナを信仰しながらも燻っている。リンネ教徒全体の数パーセントにも満たぬ人数だったとしても、それは大いに脅威だろう。何せ、このような機会に何を引き起こすか分からないのだから。
「エレアリス信仰派が…… 分かりました。それで、実際にはどのように?」
「お恥ずかしながら、『英霊の地下墓地』の入り口が占拠されています。どうやら私が報告を受けるよりも早く実行に移っていたようでして、神聖騎士団の騎士数名と大聖堂に在中する兵士の幾人かが不意に裏切り、そのように出たと。教皇の指示でまだ争いこそ起こっていませんが、睨み合うばかりで話し合いに応じる兆しは見えません。現在はマルセル枢機卿が対応していますが、どう転ぶか……」
「クリフを私の魔力体として追従させていたのが裏目に出てしまいましたね」
兵士や騎士団の中にもエレアリス信仰派がいたってことか。思っていたよりも規模がでかいのかもしれないな。しかし、神殿に在中するってことは―――
「コレットちゃん。『英霊の地下墓地』って、大聖堂の……?」
良いタイミングでシュトラが質問してくれた。俺も乗っかろう。
「俺も聞きたいな。その地下墓地ってのは一体どこにあるんだ?」
「そうでしたね。良い機会ですし、説明致しましょう。これについてはまだ刀哉達にもお話していませんでしたし……」
コレットが椅子から立ち上がり、窓から大聖堂を覗いた。
「実はこのデラミスの聖都には2つのダンジョンが存在するのです。1つはこの世界に召喚されたばかりだった刀哉達の修行にも用いられた『護り手の鍛錬場』。その名の通り、勇者や騎士の者が鍛錬する場として活用されるC級程度のダンジョンとなっています」
「ああ、それなら俺も知ってますよ。あそこに見える高い塔のことです。懐かしいなー」
「しっ、今は黙っておきなさい」
「うっ……」
「ごめん、コレット。続けていいわよ」
刹那が昔を懐かしむ刀哉に強烈な肘打ちを食らわす。まあ、今の本題はもう1つの方だからな。『護り手の鍛錬場』も関心はあるが、それはまた後でだ。
「コホン。そして2つ目のダンジョンである『英霊の地下墓地』は、地上よりも遥か下――― 『デラミス大聖堂』の地下へ繋がる先にあるのです。元々は大戦時に殉じた人々を奉る為に作られた、10層からなる巨大墓地だったのですが、強力過ぎる怨念によるモンスターの多発でダンジョンに指定されています」
大聖堂の下に墓地か…… もしかすれば町中から大聖堂へ魔力が集まる仕組みとなっているのも、巫女に力を与えるだけでなく、その魔力を使って英霊を清め、鎮めようという思惑もあるのかもしれないな。
「おいおい、そんなダンジョンに引き篭もって大丈夫なのか? その反対派は?」
ダハクから当然の質問だ。
「階層によって難易度が格段に変化しますので、恐らくは浅い場所にのみいるのかと。1層、2層は神聖騎士団と神官の尽力により、モンスターを排して通常の墓地として利用できるまでに今ではなりましたし…… ただ、奥へ行けば行くほどに厄介ではあります。最奥ともなればS級のモンスターが出現する危険性もありますし、何よりも3層以降は非常に構造が入り組み、広大となっているのです。ひし形のような断面図を想像して頂ければ分かりやすいかと思いますが、兎も角広いのです。正直なところ、私でも7層以降の正確な構造は把握しておりません」
「何でそんな構造にしたんだよ……」
「最奥は過去の教皇や巫女の墓所となっていると聞きます。万が一に備えての対策だったんでしょうね。中層以降はトラップ類も豊富ですから」
王の墓を護る為にピラミッドに仕掛けた罠のようなもんか。そんな中を反対派の人間が突っ切るとは思えないが、わざわざ場所を指定したくらいだ。何か思惑があるに違いない。
『セラ、アンジェ。ここから大聖堂の地下の気配は探れるか?』
『んー、疎らには。シスターや子供達の気配は地下の別々のところにあるね。もっと詳しく探すなら近付きたいな』
『私も同感ね。あと、どう見てもダンジョンの奥に気配がある子もいるわ』
どうやら奴らの中には、女子供を連れてダンジョンを突破できる者がいるらしい。




