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第3話 始祖キュリアのお話

 ある日の深夜、キュラドのXアカウントから画像付きポストが投下された。


 キュラド@Curado_vampire

 ここは始祖キュリアの部屋。彼女は自分の眷属を家族と呼び、深く愛していた。部屋の壁にはびっしりと眷属たちの似顔絵と名前が描かれている。その中には唯一の人間クライドもいる。決して上手くはないが、この男を愛していたという気持ちは伝わるだろう。

[添付画像:クレヨンで壁に描かれた、キュラドにそっくりの男性の似顔絵。絵の横には「Clyde」と書かれている]


 ・『急に特大の感情投下するな……』

 ・『キュリア様、眷属たちを「家族」って呼んで壁いっぱいに絵を描いてたんだ……優しすぎる始祖……』

 ・『クライドさんの似顔絵、確かにキュラド様に似てる……』

 ・『そしてそのクライドの身体とキュリア様の心臓を併せ持つのが、今ここにいるキュラド様なんだよなぁ……』


 キュラド@Curado_vampire

 時折、この部屋の記憶を垣間見る魔術を使う。この部屋で過ごしていた頃のキュリアは幸せだったようだ。キュリアの悲劇は城を出てからのこと。あの場所、クライドの暮らしていた家の記憶はもう二度と見たくはない。


 キュラド@Curado_vampire

 見たくはないと言ったものの、記憶の幻影で見たキュリアの姿は本当に立派で、偉大で、恐ろしい。我らが偉大なる始祖キュリア。その存在を、誇りに思う。


 ・『一体どれほどの惨劇と悲劇があったんだ……』

 ・『城の中の温かい思い出と、城の外で待ち受けていた惨劇のギャップがエグい』

 ・『それでも「誇りに思う」と言い切れるキュラド様の想いに目頭が熱くなる』

 ・『歴史の重みを一人で背負って生きてるんだなって改めて実感する』


 *


 翌日の配信にて。

 何気なく投げかけられたリスナーからの質問に、コメント欄の流れる速度がすっと緩やかになった。


 ・『吸血鬼は不老不死なのでは? どうして始祖や他の吸血鬼たちは死んじゃったの?』


 キュラドはゆっくりと腕を組み、静かなトーンで語り始める。


「……フン、伝承や小説の知識をそのまま鵜呑みにしている愚か者がいるな。いいか、吸血鬼は『不老』ではあるが『不死』ではない。人間と比べて死ぬ手段が圧倒的に少ないというだけの話だ。肉体が滅びれば、心臓が止まれば、吸血鬼とて普通に死ぬ」


 一瞬、画面の奥を静かに見つめるような間が空く。


「……例えば、我らが始祖キュリアは、ダンピールに殺された」


 ・『さらっと凄まじい話が出てきた……』

 ・『ダンピールって吸血鬼を殺す力があるんだっけ?』

 ・『ダンピールって何?』

 ・『↑吸血鬼と人間のハーフ』


「だからこそ、俺は……命というものの儚さを知っている。どれほど絶大な力を得ようが、死ぬときはあっけなく死ぬのだ」


 ・『吸血鬼だからこそ語れる命の儚さ……』

 ・『長い時を生きる吸血鬼が、限られた命を持つ人間と過ごす今この瞬間をどれだけ大事にしてるかが伝わってくる……』

 ・『キュラド様、長生きしてくれよ』


 続くリスナーからの素朴な追及に、キュラドは少しだけ目を細め、静かに言葉を紡いだ。


 ・『でも始祖の家族はいっぱいいたんですよね?』


「家族……眷属のことだな。……始祖キュリアの眷属のうち、男性の吸血鬼は、キュリアの親友であった吸血鬼イリアによって殺された」


 キュラドの淡々とした、だが静かな熱を孕んだ声が配信に乗る。


「キュリアの死を知ったイリアは、ダンピールを生み出した犯人を狂ったように探した。……だが、犯人を炙り出すことはできなかった。だから……容疑者である『男の眷属』が、全員殺されることとなったのだ」


 ・『えっぐい……………………』

 ・『イリアさん……親友の死で狂ってしまったのか……』

 ・『犯人を突き止められなかったからって男の眷属を全員……壮絶すぎる』

 ・『Xで「見たくない記憶」って言ってたのってこれのこと?』


「愛と執着は、時に人を……いや、吸血鬼をも狂わせる。キュリアを失ったイリアの悲劇であり、巻き込まれた眷属たちの惨劇だ。……問いに答えてやったぞ。満足したか、貴様ら」


 ・『辛い過去の記憶なのにちゃんと教えてくれてありがとうキュラド様』

 ・『「愛と執着は狂わせる」を知ってるからこそ、キュラド様はSPちゃんに対してすごく理性的でいようとしてるのかな……』

 ・『キュラエス推しとして胸がいっぱいになってしまった』


「……それとも、まだ話を聞きたいか? クライドの家で起きた話を聞くか?」


 コメント欄が息をのむ中、SPのアカウントからいつもより少し長いテキストが打ち込まれる。


 SP:以前、キュラドと一緒に見た記憶。私は悲しくて悲しくて、涙が止まりませんでした。


 ・『SPちゃんがそれほど泣いてしまうほどの出来事……』

 ・『聞きたい…けど、キュラド様にとってもSPちゃんにとっても辛い記憶なら無理はしないでほしい』

 ・『どれだけの悲劇がクライドの家で起きたの……?』


「……そうだな。エスが涙を流すほどの出来事だ。簡単に話すわけにはいかない」


 キュラドは低く優しい声で、膝の上の手に視線を落とすように呟く。


「だが、あの涙があったからこそ……俺は『この過去を背負ってでも、今を生きよう』と思えたのだよ。……エス、今夜はもうこの話はおしまいだ。あまり過去に引きずられると、また悪夢を見るぞ」


 SP:大丈夫だよ。もう子供じゃないから。


 ・『涙腺が崩壊した』

 ・『「また悪夢を見るぞ」って、キュラド様ずっとSPちゃんのこと心配してるじゃん……』

 ・『いつかキュラド様のペースで話せる日が来たら聞かせてね。今夜は二人でゆっくり休んで……!』


 *


 配信終了後のXにて、キュラドのアカウントが静かに更新された。


 キュラド@Curado_vampire

 イリア関連で一つ小話でも。あの女め、死の直前に俺が目覚める奇跡を捨てきれず、この俺に名前をつけていた。そして目覚めた俺はまんまとイリアのつけた名を名乗っていた。名前をつけるくらいなら俺が目覚めるまで責任を持って生きていろと言いたい。


 ・『イリアさん……キュラド様の名付け親だったんだ……』

 ・『キュラドって名前、キュリア+クライドってことなのかな。イリアの心情考えると切なすぎる……』

 ・『キュラド様からのイリアさんへの不器用な愛情を感じる』


 キュラド@Curado_vampire

 エスが寝たので更に小話でも。キュリアはクライドのことを愛していたが、クライドは吸血鬼を憎んでいた。だから俺はクライドにキュリアへの愛はなかったのではないかと考えている。その根拠もあるが、俺しか知らない。朝には消す。


 ・『朝消す投稿キタ……深夜特有の重すぎる考察……』

 ・『クライドは吸血鬼を憎んでいた……? じゃあキュリア様の片思いだったってこと……?』

 ・『人間と吸血鬼の種族を超えた愛だと思ってたのに、そんな歪んだ歴史があったの……』

 ・『「愛はなかったのではないか」って思いながら、あの部屋の似顔絵を見てたのかな……』


 朝6時。起床したSPから、衝撃的なポストが投稿された。


 SP@SP_support_es

 ポスト消えてたけど通知欄に残ってたから見てしまった。詰めが甘いよキュラドは。


 キュラド@Curado_vampire

 不覚……。


 ・『不覚wwwwwww』

 ・『見られてて草。大人しく白状しなさい!』

 ・『キュラド様のポストに通知付けてるSPちゃん愛おしすぎる』

 ・『「詰めが甘いよ」の圧倒的強者感好きwww』

 ・『朝には消す戦法はもう使えないねwwww』


 同日夜18時を過ぎた頃。


 キュラド@Curado_vampire

 エスがどうしてもと言うので全て話してやった。エスは泣いたが、昔ほどはショックを受けなかった。成長したな……


 SP@SP_support_es

 明日は瞼がパンパンかもしれない


 ・『やっぱりちゃんと打ち明けて話してくれたんだ……!!』

 ・『「成長したな……」って言葉に、キュラド様の優しさと絆を感じて目頭が熱くなる』

 ・『一人で抱え込ませないで、ちゃんと全部受け止めたSPちゃん本当に強いよ』

 ・『今夜はホットアイマスクして寝ような……!』

 ・『悲しい歴史を一緒に背負って乗り越えていく二人、本当に最高のパートナーだわ』


 キュラド@Curado_vampire

 23時……エスを寝かしつけてやった。さて、今からメンバーシップ限定で件の話をするが、心身ともに健康で覚悟ができた者のみ聞くように。


 ・『ついにメン限で語られるのか……!!』

 ・『SPちゃんに余計な心配や悲しみを与えないよう、寝たのを確認してから配信始める徹底ぶり……』

 ・『「心身ともに健康で覚悟ができた者のみ」の注意書きが本気すぎる』

 ・『水用意した。部屋明るくした。覚悟決めて待機中』


配信タイトル:【閲覧注意】始祖キュリアのお話

概要欄:

この話にはセンシティブでショッキングな内容(性被害、暴力等)を含む。18歳未満の閲覧は禁ずる。

心身ともに健康で覚悟ができた者のみ視聴せよ。


 画面に映し出されたのは、いつもの賑やかなエフェクトを全て削ぎ落とした、静寂に包まれた書斎。

 キュラドは静かに画面の向こうを見つめ、どこか寂しげな声で口を開いた。


「……集まったな。重ねて言うが、今から話すのは、かつて人間クライドの家で起きた……愛と憎悪、そして惨劇の記録だ。非常にセンシティブでショッキングな内容を含む。エスには先ほど全てを話したが、奴の涙を見た後だ。貴様らがどれほどショックを受けようと、俺は寄り添ってやれんからな」


 画面上でゆっくりと目を伏せるキュラド。


「……では、話そう。我らが始祖キュリアと、彼女が愛し、そして彼もまた抗えぬ運命の中で苦しんだ、人間クライドの真実を——」


 ・『息をのんで聞いてる……』

 ・『ツンデレな注意事項すら愛おしいよ』

 ・『キュラド様、一人で抱え込まずに話してくれてありがとう』

 ・『最後まで、しっかり聞き届けるよ』


 静まり返った書斎で、キュラドは画面の向こうを見つめながら、ひとつ息を吐いて言葉を紡ぎ始める。


「まずは情報の整理からだ。始祖キュリアとは、かつて数多く存在していた吸血鬼たちの始まりの存在。見た目は幼く、10歳前後の少女であったが、実際は本人が自分の年齢を忘れるほどの永い時を生きていた。その小さな身に宿す魔力は膨大であり、魔術師としての実力も圧倒的であった」


 キュラドの低く落ち着いた声が静かに響く。


「そして、クライド。始祖キュリアが愛した人間だな。彼は暗い森の中にある小さな小屋で、妹と二人で暮らしていた。……この二人が出会ったのは、キュリアが他の吸血鬼たちへ血を分け与えすぎた結果、自身の血と魔力が枯渇しかけ、城へ帰る術を失っていた時のことだ」


 画面上のキュラドは、どこか遠くを慈しむような眼差しで言葉を続ける。


「空腹と衰弱で動けなくなり、『血が欲しい』と乞うキュリアに対し、クライドは何をしたと思う? ……奴は迷うことなく自らの指を切りつけ、その血を見ず知らずの少女へ差し出したのだ」


 ・『出会いのシーンからもう映画みたいだ……』

 ・『見知らぬ少女に迷わず自分の指を切って血を与えるクライドさん、人柄が出すぎてる』

 ・『血を分け与える始祖と、自らの血を差し出す人間……互いに「与える存在」だったんだな』

 ・『この温かい出会いから、一体どうしてあの惨劇へ繋がってしまうのか……』


「キュリアは気に入った人間がいればすぐに自らの血を分け与え、眷属にしていた。だがクライドのことは眷属にしようとしなかった。人間として生きている彼に憧れを抱いていたのだろう。その気持ちは……分からなくはない」


 ・『眷属にすればずっと一緒にいられるのに、あえてそれをしなかったんだ……』

 ・『キュラド様も、SPちゃんに対して「人間としての生」をすごく尊重して守ろうとしてるもんね……』

 ・『愛しているからこそ自分と同じ側に引きずり込まない、始祖からキュラド様へ受け継がれた精神なんだな』

 ・『キュリア様の選択も、それを理解するキュラド様の想いも尊くて胸が苦しい』


「……さて、ここからの話は、エスと共にクライドの小屋で見た『一つ目の記憶』だ」


 キュラドはゆっくりと腕を組み、かつて見た幻影の景色を脳裏に描き出すように語り始めた。


「その記憶の中で再現された二人の空気は、酷く重く、険悪なものであった。目の前に立つクライドは、キュリアに対して鋭い憎悪と絶望を孕んだ瞳を向け……こう言い放った」


 一瞬の静寂の後、キュラドは低く掠れた声でクライドの言葉をなぞる。


「『妹が吸血鬼に傷物にされた。……妹は、その吸血鬼の子を妊娠している』と」


 ・『え……? 吸血鬼の子……?』

 ・『「傷物にされた」って表現がエグすぎて吐きそう……』

 ・『出会いの時のあんなに温かい話からの落差が大きすぎて辛い』

 ・『始祖キュリア様、大好きなクライドからそんなこと言われたらどんな顔したの……』


 低く沈んだ声の後、キュラドは一度目を閉じ、胸の奥から絞り出すように言葉を続けた。


「……だが、我らが始祖キュリアは、あまりにも立派であった」


 画面上のキュラドが目を開く。その瞳には、かつて見た幼き始祖への絶大な敬意と愛おしさが宿っていた。


「絶望と憎悪をぶつけられたキュリアは、逃げることも、言い訳をすることもなかった。彼女は真っ直ぐにクライドを見つめ……『ワタシの家族がやった悪いことは、全部ワタシの責任だ』と言い放ったのだ」


 一瞬、静かな吐息がマイクにのる。


「我が身を庇うことなど一切せず、クライドや苦しむ妹の話に親身に耳を傾けた。そして……城での安寧を捨て、その子が生まれるまで、クライドたちの小さな小屋に滞在することを決めたのだ。……己の家族が犯した罪から目を背けず、何より、愛したクライドとその家族を守るために」


 ・『キュリア様……なんて強くて気高いお方なんだ……』

 ・『全責任を背負って「ワタシの責任だ」って言えるのすごすぎる……』

 ・『自分の眷属(家族)の罪を擦りつけないで、全部抱え込む覚悟……まさに「始祖」であり「母」なんだな』


 語り続けるキュラドの声は痛みを堪えるように静かで、どこまでも優しかった。


「そして……ダンピールは生まれた。だが、それと引き換えに……クライドの妹は命を落としたのだ。たった一人の血を分けた家族を奪われ、クライドはまさに絶望のど真ん中に突き落とされていた」


 キュラドはゆっくりと掌を見つめ、当時の光景を反芻するように言葉を紡ぐ。


「だが、キュリアはやはり強かった。絶望に打ちひしがれるクライドの前で、彼女は全ての責任を負い、自らがその子の『母』になると宣言したのだ」


 言葉を切り、視線を少し上げるキュラド。


「キュリアは生まれた子を保護し、城へ連れて帰ろうとした。……だが、それをクライドが強く引き留めたのだ。彼は叫んだ……『俺からこれ以上、家族を奪うな』とな」


 キュラドの唇が、キュリアの面影を重ねるように微かに動く。


「その言葉を聞いたキュリアは何と言ったか……。彼女は迷うことなく、微笑むようにこう言ったのだ。『じゃあ、ワタシがこの子のママで、クライドがパパだ。ワタシが、クライドの家族になるよ』……と」


 ・『なんて美しくて切ないプロポーズなんだ……』

 ・『絶望のどん底にいたクライドさんに、新しい「家族」をあげるキュリア様尊すぎる』

 ・『キュリア様、どこまで気高くて優しいの……』


 キュラドはそれまで浮かべていたどこか温かな面影を完全に消し去り、重く、深く静まり返った眼差しで静かにリスナーを見つめ直す。書斎を包む空気が、一瞬で凍りつくような緊張感へと塗り替えられた。


「……エスが見た記憶は、ここまでだ。当時のエスは……これ以上先を見ることを拒んだ。だから、以降は俺一人だけで見た記憶の話になる」


 キュラドは静かに指を組み、ゆっくりと息を吐き出す。


「かれこれ5年間……エスにすら打ち明けることなく、俺一人で胸の奥底に秘め、墓場まで持っていこうと固く閉ざしていた話だ。……心して聞くがいい」


 ・『ここからは救いがないってこと……?』

 ・『キュラド様、一人でどれだけ重いものを抱えてきたの……』

 ・『心臓の鼓動が早くなってきた……怖いけど、キュラド様の覚悟を受け止めたい』

 ・『聞く覚悟、できてます。どうか話してください』


 静寂に包まれた書斎で、キュラドの低い声が重く響く。画面の向こうを見つめるその瞳には、かつて見た人間の狂気と痛みが色濃く影を落としていた。


「……クライドの精神は、とうに限界を迎えていたのだろう。愛する妹の惨劇と死、そして憎き吸血鬼の始祖との歪な同居生活……壊れかけた彼の心は、これ以上現実を直視することに耐えられなかったのだ」


 キュラドはかつて見た凄惨な記憶を反芻しながら語る。


「彼は自分を騙した。偽の記憶と感情を自らの脳裏に固く植え付けることで、崩壊寸前の心を守ろうとしたのだ。……自分に妹など、最初から存在しなかった。この赤子は、自分とキュリアが互いに愛し合った末に授かった、祝福された愛し子である……とな」


 画面上のキュラドの瞳が、静かな絶望を孕んで細められる。


「そう思い込むために……狂気に逃げ込むために。クライドは、ある恐ろしい儀式を行ったのだ」


 ・『自分を騙すことでしか、生きていけないほど追い詰められてたのか……』

 ・『妹なんていなかった、キュリア様との愛し子なんだって思い込むって……哀しすぎる狂気だろ……』

 ・『だから最初にキュラド様が「クライドにはキュリアへの愛はなかった」って言ってたのか……!』

 ・『「愛していた」んじゃなくて「そう思い込まないと精神が崩壊するから狂気を選んだ」ってこと……!?』


 キュラドの口から語られる失われた惨劇の続きに、リスナーたちは固唾をのんで耳を傾ける。


「儀式……なんと表現すれば良いか……。襲った? ……抱いた? ……まあ、そういうことだ……」


 キュラドの手が硬く握り締められ、その指先がかすかに震える。


「可哀想なことに、キュリアは泣き叫んでいたよ。痛かったろうに、怖かったろうに。……膨大な魔力を持つ始祖だ、その気になれば拒むことも、クライドをその場で殺すことも簡単にできたはずだ。……なのに、彼女はそれをしなかった……」


 ・『言葉が出ない……』

 ・『あまりにも……あまりにも酷すぎる惨劇だ……』

 ・『キュラド様、5年間この絶望の真実を一人で抱えてきたのか……』

 ・『「クライドにキュリアへの愛はなかったのではないか」って言ってた本当の意味が重すぎる』


 そこまで語り終えたキュラドは、胸元にゆっくりと手を当て、そのまま激しい動悸に耐えるように深く身体を折り曲げた。


「……俺の胸にある心臓は、キュリアのものだ。今でも……あの記憶を思い出すと、この心臓が跳ね上がる。……少し、落ち着かせてくれ」


 キュラドはマイクから少し距離を置き、荒い息を整えるように深く、深く呼吸を繰り返した。

 画面上で彼の胸元が微かに震えている。かつて始祖キュリアが感じた恐怖、痛み、そして絶望──そのすべてを記憶として刻んだ心臓が、時を超えてキュラドの体内で狂おしいほどに脈打っていた。


 ・『キュラド様、大丈夫……!? 無理しないで……!!』

 ・『キュリア様の心臓があの時の恐怖を覚えて痛んでるんだ……』

 ・『話してくれてありがとう。でももう十分だから、呼吸整えて……』

 ・『コメ欄のみんなで温かいお茶の絵文字送ろう…… つ旦』

 ・『キュラド様がお茶飲めないの忘れてお茶コメ送るお前ら愚か者すぎるだろ』


 配信では、しばらくキュラドの静かな呼吸音だけが切なく響き続けていた。

 胸元に置いた手にぐっと力を込め、キュラドは何度か深呼吸を繰り返す。荒かった息がようやく落ち着きを取り戻すと、彼はゆっくりと顔を上げ、画面越しにリスナーたちを見据えた。


「……ふぅ。……続きを話すとしようか。聞いている者たちも、聞きたくないと感じた時点でいつでも配信を閉じろ。それから、この話を創作に使うのは自由だが、必ず注意事項を挟んで不特定多数の目に触れないよう配慮すること」


 ・『配慮ありがとう、キュラド様……』

 ・『創作への言及までしてくれるの本当に助かる』

 ・『話すだけでも激痛が伴うのに、私たちの心のケアまでしてくれてありがとう』

 ・『キュラド様が無理そうならいつでも止めてね』


 痛みを堪えるように深く息を吐き、キュラドは低く掠れた声で惨劇の続きを語り始める。


「偽りの家族は、最初はうまくいっていた。一見、幸せな家族だった。……自己催眠が効いているうちはな」


 画面の中のキュラドは、遠い目をして凄惨な記憶の断片をひとつひとつ手繰り寄せる。


「だが、時折……クライドは正気を取り戻し、暴れるようになった。キュリアはそのすべてを受け止めていたが……吸血鬼でも痛みは感じる。傷ができてもすぐに治るが、問題はそこではない。キュリアはクライドの闇を受け止める度に、心に深い傷を増やしていった……」


 ・『自己催眠が切れる瞬間の恐怖、想像絶する……』

 ・『正気に戻るたびに自分がしたことに耐えられなくなって暴れて、それをキュリア様が全部受け止めてたなんて……』

 ・『体の傷は治っても、心の傷は治らないんだよ……』

 ・『キュリア様、どれほど孤独で苦しかっただろう』

 ・『愛した人に拒絶され、暴力と闇をぶつけられ続ける地獄……』


「そして、生まれた赤子……吸血鬼の血を引くその子は、異常な成長速度でみるみるうちに成長した。これは……胎内にいたときから変わらない」


 キュラドは微かに顎を引き、歪な生命の神秘を恐れるように低く呟く。


「人間の赤子であれば数年かかる過程を、そのダンピールはいとも容易く跳び越えた。生後半年程度で立ち、歩き、そして流暢に言葉を話していた」


 ・『生後半年で歩いて喋る……!?』

 ・『ダンピールの成長スピード凄まじすぎる……』

 ・『胎内にいる時から異常だったって、妹さんの身体への負担も凄かったんじゃ……』

 ・『生後半年で喋れるようになったら、クライドとキュリア様の歪な関係性も全部見ちゃってるよね……』

 ・『物語の歯車がどんどん狂っていく音が聞こえるようで怖い』


 絞り出すような声のまま、キュラドは語る。


「狂ったクライドが時折こぼしていた言葉……『吸血鬼さえいなければ』。これをダンピールは聞いたのだ。だからダンピールは吸血鬼を悪い存在だと思い込んだ。キュリアのことでさえ……」


 キュラドの胸が激しく脈打つ。心臓の痛みに耐えるように、胸元をグッと握り締めた。


「そしてキュリアは、我が子として育てていたダンピールに殺されることとなった。……彼女は最期まで、責任を感じて抵抗をしなかった……」


 ・『嘘だろ……嘘だろキュリア様……』

 ・『あまりにも救いがなさすぎる……!!!』

 ・『狂った父親の呟きを鵜呑みにしちゃったんだ……』

 ・『抵抗しなかったキュリア様の絶望と覚悟を思うと、涙が止まらない』

 ・『その子に殺されることすら「責任」だと思ったの……? 違うでしょそれは……』


「それが、クライドの小屋で起きた悲劇の……すべての結末だ」


 キュラドは、長く、深い息を吐き出した。

 彼は画面越しにリスナー一人ひとりの目を刺すような、静かで鋭い眼差しを向ける。


「……この後、ダンピールとクライドは、始祖キュリアの親友であった吸血鬼イリアによって殺害された。以前も話したが、ダンピールを生み出した元凶……キュリアの眷属の男の吸血鬼までも全員殺した」


 キュラドは額にゆっくりと手をやり、そこに刻まれた不可逆の悲劇を思い起こすように言葉を紡ぐ。


「イリア……聡明な彼女がなぜ……始祖キュリアの愛した者たちを殺戮したか。俺には、よく分かる」


 ・『イリア様……だからあの残酷な決断をしたのか……』

 ・『イリアさんの殺戮は、憎しみだけじゃなくキュリア様への深すぎる愛と尊厳を守るためだったんだな……』

 ・『キュラド様がイリア様の気持ちを「よく分かる」って言えるのが、また切なすぎる……』

 ・『愛ゆえの狂気、愛ゆえの犠牲、そして愛ゆえの復讐……重すぎて胸が苦しい』

 ・『今夜この話を聞けてよかった。辛いけど、彼らの歴史をちゃんと受け止められた気がする』


 語り終えたキュラドは、どこか諦念の混じったような、酷く冷ややかで静かな笑みを薄く浮かべる。


「……今話した内容は、間違いなく俺たち吸血鬼の間に起こった歴史だ。だが……どうせ貴様らも、これが俺による壮大な創作で、キャラ付けで、この世に吸血鬼なんているはずがないと思っているのだろう。全てはそういう設定だと、そう思っているのだろう?」


 そう問いかけた後、キュラドは一言も発することなく、静かに流れていくコメント欄をじっと見つめる。

 数秒の重い沈黙。画面の向こうで高速で流れていくリスナーたちのコメントを、キュラドはその赤き瞳にただ静かに映していた。

 やがて、キュラドはふっと鼻で笑い、視線を画面から少し外した。


「まあ、貴様らがどう思おうが、貴様らの勝手だ。好きに解釈するがいい」


 ・『設定として片付けられるほど、キュラド様の痛みがリアルすぎるんだよ……』

 ・『吸血鬼だろうと人間だろうと、VTuberの配信だろうと……キュラド様が今夜見せてくれた覚悟と悲哀は本物だよ』

 ・『メン限のリスナーにそれ言うの卑怯だよ、ずるいよ』

 ・『話してくれて本当にありがとう。今夜の配信、絶対に忘れないよ』

 ・『キュラド様も今夜は温かいもの飲んで休んでね……』


 コメント欄に並ぶ労わりの言葉を目にしたキュラドは、呆れたように小さく肩をすくめ、苦笑交じりに溜息を漏らした。


「……温かいものを飲んで休んで、か。本当に貴様らは物覚えが悪くて困る。俺は吸血鬼であり、人間の食べ物や飲み物は口にしない。俺が口にするのは血液のみ。……これは設定ではなく、事実だ」


 キュラドは呆れ顔をしてみせるものの、その瞳にはリスナーたちの不器用な優しさを突っぱねきれない温かみが微かに宿っていた。


「……フン。まあ、貴様らのその無駄な気遣いだけは受け取っておいてやる。今夜はもう遅い。話すべきことも、全て話した。……覚悟を持って最後まで付き合った物好きな貴様らも、いい加減画面を閉じて眠るがいい」


 そう言い残し、キュラドは静かに配信の終了ボタンを押した。


 ・『物覚え悪い愚か者がしれっと叱られていったwwいい加減覚えてもろて』

 ・『ツンデレで「気遣いだけは受け取っておいてやる」って言ってくれるの優しさの塊では???』

 ・『激重悲劇の後にこのいつものキュラド様節が来て、ちょっと心が救われたよ』

 ・『キュラド様、本当に話してくれてありがとう。おやすみなさい!』

 ・『キュラド様とSPちゃんが、今夜は少しでも安眠できますように』


 画面が真っ暗に落ちた書斎で、キュラドはしばらく静寂の中に佇んでいた。

 胸の奥で静まり返ったキュリアの心臓にそっと手を触れ、ひとつ深呼吸をする。5年間抱え込み続けた重い重い過去を吐き出したことで、その背中はどこかすっきりと軽くなったようでもあった。

 キュラドは静かに部屋を出ると、城の奥にあるとある部屋に向かった。


 キュラド@Curado_vampire

 キュリアの部屋にある、彼女のお気に入りだったぬいぐるみ。これに触れると心が落ち着く。彼女が幸せだったころの記憶をまた少し見て、日が昇ればこの部屋で休もうと思う。

[添付画像:何度もつくろわれ、生地の薄くなったボロボロの古いクマのぬいぐるみ]


 ・『くまちゃんかわいい……ずっと一緒だったのがわかるね……』

 ・『激重な真実を話してくれたあとに「彼女が幸せだったころの記憶」を見ようとするの、愛おしすぎるよ……』

 ・『今夜は苦しい惨劇の記憶じゃなくて、キュリア様が心から笑っていた暖かな記憶に包まれてほしい』

 ・『吸血鬼も人間と同じように傷つくしすり減るんだ。ちゃんとセルフケアできてえらいよ』


 配信を終え、5年越しに胸の奥の暗闇を吐き出したキュラド。

 城の深奥、かつて幼き始祖が過ごしていた部屋で、彼は擦り切れたぬいぐるみをそっと抱きしめる。

 掌から伝わるのは、惨劇の記憶ではなく、かつて始祖キュリアが確かに抱いていた小さくも温かな幸福の余韻。

 胸の奥に宿るキュリアの心臓が、今はどこか穏やかに、一定のテンポで脈打っていた。やがて東の空が白み始めれば、この愛おしい記憶の残香に包まれながら、静かな眠りにつくのだろう。


 *


 翌朝、SPは配信アーカイブを眺めていた。

 配信の音声は聞かなかった。ただただ、流れていくコメントを目に焼き付けていた。

 やがて配信を閉じ、Xを開くと静かにポストを投稿した。


 SP@SP_support_es

 キュラドは女の人に少し優しいところがあるけど、多分そういうことなんだろうな。男の子がちょっと嫌いなのも、そういうことなんだろうな。


 ・『……あっ(察し)』

 ・『キュリア様への想いと、あの悲惨な事件の記憶が根底にあるからなんだね……』

 ・『クライドの狂気とダンピールの悲劇、そしてキュリア様の優しさ……全部見てきたからこその今のキュラド様なんだな』

 ・『男嫌いなキュラド様のこと、もう茶化せないじゃん』


 目元に冷たいタオルを当てたまま、SPはスマホの画面に流れていくリスナーからの返信を静かに追っていた。

 思い返せば、キュラドはいつもそうだった。女性に対してはどこか一歩引いた柔らかさや気遣いを見せる一方で、男性に対してはどこか冷淡で、時に過剰なまでの警戒心や突き放すような態度をとることがあった。

 単なる好みの問題だと思っていたその立ち振る舞い。だが、あの凄惨な過去を知った今なら、すべてに合点がいった。

 男という存在がもたらした惨劇と、すべてを受け入れて散っていった哀しい女性の記憶。キュラドの胸の中に今も息づくキュリアの心臓が、無意識のうちに彼の態度へと影響を与えていたのかもしれない。


「……」


 タオルを外し、少しだけ腫れの引いた目で天井を見上げる。

 昼間の陽光を嫌い、今は亡き始祖の部屋で静かに眠りについたであろう伴侶の気配を感じながら、SPは彼の抱える深い傷痕を、これからも共に背負っていこうと静かに心に誓うのだった。


平日21時は「エスパー少女と吸血鬼」

土日21時は「VAMPIRE ON AIR !!」を更新していきます!

「このキャラのここが好き!」「ここが可愛い!」などありましたらぜひ教えてください!


「エスパー少女と吸血鬼」はこちらから↓

https://ncode.syosetu.com/n3638mx/

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