新規必見!10分で分かるキュラド様
配信画面には「新規歓迎雑談枠」「初見歓迎」という文字が、キュラドにしては珍しいポップなフォントで踊っている。バズの影響で同時接続者数は過去最高を記録し、コメント欄は恐ろしいスピードで流れていた。
「……さて。どうやら最近、切り抜きを見てこの場所に迷い込んできた物好きが増えたようだな。コメント欄の流れる速さがいつもとまるで違う」
キュラドは肘をつき、画面の向こうにひしめく無数の新規リスナーたちをどこか面白そうに、そして慈しむような赤い瞳で見つめる。
「過去に何度も答えたような初歩的な質問も幾つか見受けられるが……フン、まあいい。今夜は特別だ。新しく増えたリスナーのために改めて自己紹介でもしておくか」
姿勢を正し、胸元にそっと手を当てるキュラド。その声は普段の毒舌とは一線を画す、重厚で静かな威厳を帯びて響く。
「この俺こそ、この世に取り残された最後の吸血鬼キュラドである。始祖キュリアの心臓と、始祖の愛した男クライドの肉体を素材に、吸血鬼イリアの究極魔術によって、25年前に奇跡的に目を覚ました。……以後お見知り置きを」
・『自己紹介の重厚さとカッコよさがレベチすぎる……!!』
・『始祖キュリアの心臓とクライドの肉体……(古参)』
・『初見です!めちゃくちゃ声が良くて引き込まれました!』
・『25年前に目を覚ましたっていうフレーズのロマンがすごすぎる』
・『新規にも優しく何度も自己紹介してくれるキュラド様、本当に温かい……』
「……フン。設定だ何だと疑うのは勝手だが、これが俺という存在の『事実』だ。まあ、貴様らがどう捉えようと好きに解釈するがいい」
コメント欄の盛り上がりに満足げな笑みを浮かべたキュラドは、ふと思い立ったように顎に手を当てた。
「……そうだな、普段俺の配信を切り抜いて布教に勤しんでいる者たちに敬意を表するため……切り抜き同時視聴でも行うか」
・『!?!?!?!??』
・『公式で切り抜き同時視聴!?!? 神回決定wwww』
・『切り抜き師たち歓喜で泣いてるだろこれwww』
・『布教頑張ってよかったーー!! ありがとうキュラド様!!』
熱狂の渦に包まれるコメント欄を眺めながら、キュラドはマウスを操作して画面上に切り抜き動画のプレイヤーを準備し始める。
「何が良いか……ふむ。『始祖キュリア様のお話まとめ』か。これにしよう」
画面に映し出されたのは、古参リスナーが愛を込めて編集した、始祖キュリアに関する過去の配信発言や手記の朗読をまとめた動画だった。再生ボタンを押すと、キュラドは画面越しに愛おしそうな眼差しを向けた。
「『始祖キュリア様の手記を読んでください?』ふむ、良いだろう。『好きって気持ちは最終的にどこに行き着くんだろう? 好きと好きがぶつかったら、結婚? イリアに聞いてもよく分かんない。』」
動画の中のキュラドは静かに手記を朗読している。そのキュラドの表情は、いつになく柔らかく、深遠な温もりに満ちていた。
・『キュリア様の手記助かる……あまりにもピュアで泣けてくる』
・『「好きと好きがぶつかったら、結婚?」って言葉の純粋さが眩しすぎる』
・『これを読むキュラド様声が優しすぎて耳が幸せ』
・『切り抜き同時視聴でこんなに尊い空間生まれることある???』
・『新規だけどこの始祖キュリア様って方の愛され方がすごくて一気に引き込まれた……』
「……ふ、始祖キュリアは実に純粋で、そして誰よりも愛に満ちた方だった」
画面上で流れる切り抜き動画は、単なる配信の切り抜きのみでなく、キュラドが過去にXに投稿したキュリアにまつわる写真や言葉が見事に時系列順で繋ぎ合わされた、愛の詰まった構成になっていた。
キュラドは感心したように深く頷き、画面を指差す。
「ほう、SNSの投稿まで拾って繋げてくれているな……。編集した者の愛と執念を感じる。見事だ」
キュラドは動画を一時停止し、腕を組んで画面を振り返ると、新規リスナーたちに向かって堂々と告げた。
「貴様らも始祖キュリアの話が知りたければこの動画を見ろ。俺がこれまで明かした情報が全て網羅されている。……下手に怪しい非公式Wikiなどを読み漁るくらいなら、この者の切り抜きを観るのが最も確かだ」
・『公式認定&神動画認定おめでとう!!!編集者さん見てるかーーー!?』
・『SNSの投稿まで網羅してるのはマジで愛しか感じないwww』
・『新規です!速攻で高評価押して巡回してきます!!』
・『キュリア様への愛をこうして公式とリスナーで共有できる空間、本当にあたたかいな……』
「さて次は……『キュラド様によるノーリアクションホラゲ配信』これにしよう」
画面が切り替わり、過去に彼がホラーゲームをプレイした際の切り抜き映像が映し出された。
暗闇に包まれたゲーム内の廊下。静寂を切り裂くように突然、画面いっぱいに血塗れの怪物が飛び出し、耳を刺す悲鳴のような爆音が響き渡る。
切り抜き映像の中のキュラドは、ピクリとも眉を動かさず、ただ退屈そうに画面を見つめていた。
「……ふむ。音量を急激に上げ、醜悪な視覚情報を突発的に提示することで人間の脳を揺さぶる手法か。極めて浅薄だな」
同時視聴でその映像を見返している現在のキュラドも、腕を組んでふっと鼻で笑う。
「こんなもので俺が怖がるわけがないだろう……。本物の惨劇と恐怖を知る者にとって、作られた怪異など失笑の対象でしかない」
・『出たwwww伝説の「極めて浅薄だな」wwwww』
・『ジャンプスケアに対して冷静すぎる分析始める吸血鬼好きすぎるww』
・『心臓バクバクで観てたリスナー全員冷や水ぶっかけられた瞬間ww』
・『「本物の惨劇を知る者」って言葉の重みが違いすぎる件』
・『ノーリアクションどころか呆れて講釈垂れ始めるのほんと草』
・『切り抜きのキュラド様も今のキュラド様も1ミリも動じてなくて草www』
「……全く、人間というものは、わざわざ金を払ってまで自分を驚かせたがるのだから理解に苦しむ」
呆れたように首を振るキュラドだったが、画面内の自分が淡々とゲームを攻略していく姿をどこか満足げに眺めながら、次の切り抜きへとマウスを進めた。
画面をスクロールしていたキュラドの手が、ある2つのサムネイルの上でピタリと止まった。
一つは大きくてポップなフォントで『貴重!寝起きのキュラド様まとめ』と書かれており、そしてもう一つは赤と黒の禍々しい文字で『【恐ろしい】SPちゃんの両親エピソード集【お母様】』と書かれている。
・『あ!!!! それ見たい!!!!!!』
・『寝起きキュラド様助かるやつきたあああああ』
・『【お母様】の回wwwwwwwwwあれは伝説wwwww』
・『再生して!!! キュラド様再生ボタン押して!!!』
キュラドはスッと視線を落とすと、カーソルをその2つの動画から素早く遠ざけた。
「……このあたりは再生はしない。……各自で視聴しろ」
・『拒絶されたwwwwwwwwww』
・『照れてるwwww絶対照れて拒絶してるwwwww』
・『お母様のエピソードは本気でトラウマなんですかキュラド様ww』
・『寝起きの声がガラガラで甘々だったやつ絶対見返したくないんだww』
・『各自で視聴します!!! リンク踏んできます!!!www』
「おい、変な妄想をしてニヤつくな。単にくだらん余談を振り返る必要性を感じないだけだ」
必死に弁明すればするほどコメント欄に草が生い茂り、キュラドは「チッ」と舌打ちをしながら、次の切り抜き動画を探し始めた。
「……では貴様ら、新規の視聴者に向けて良質な切り抜き動画を推薦しろ」
キュラドの提案を受け、ここぞとばかりにおすすめの切り抜き動画を共有し始めるリスナーたち。
「……続々ときたな。ふむ、これは……『アシスタントSPちゃんへの愛が止まらないキュラド様まとめ』か。…………これにするか」
キュラドはリスナーからの激推しに押されるようにしてその動画を再生した。
最初に映し出されたのは、キュラドがSPのために、リスナーに教わりながらハンバーグを作る配信。フライパンの上に美しく成形されたハンバーグを並べ、満足そうに腕を組むキュラドが映し出されている。
「ふむ、あとは焼くだけだな。成形段階での空気抜きも完璧、表面の熱伝導率も計算通りだ。実に美しい」
・『キュラド様の手際めちゃくちゃ良いww』
・『かたちが完全に高級洋食店のそれなんよ』
・『ソースはケチャップ? デミグラス?』
・『チーズとかトッピングする??』
画面の向こうの質問に、キュラドがぴたりと動きを止め、首を傾げる。
「何……? ケチャップ……デミグラス……何の話だ」
・『ソース知らないの草』
・『えっ、ソースなしで焼くつもりだったの!?!?』
・『ハンバーグのタレだよ!!ww』
・『味付け塩コショウだけにする気だった吸血鬼愛おしい』
・『肉汁の旨味だけでいこうとしてたな??』
リスナーたちの怒涛の突っ込みに、キュラドが眉をひそめて反論する。
「待て。肉自体に塩、コショウ、ナツメグ、そして炒めた玉ねぎの甘みが凝縮されているのだぞ? なぜそこに余計な液体を追加する必要がある。肉本来の分子構造が持つ旨味だけで十分だろう」
・『肉の分子構造wwww』
・『素材の味を信じすぎる吸血鬼』
・『ソースあったほうが絶対に美味しいって!』
・『ケチャップとウスターソース(中濃ソース)混ぜるだけで美味いソースできるから!!』
・『赤ワインと醤油とバターもおすすめ!』
「……ぬぐぐ。そこまで言うなら試してやろう。貴様ら、ケチャップとウスターソースの配合比率を教えろ。0.1ミリリットル単位で指示を出せ!」
・『配合比率ww』
・『だいたい1:1で大丈夫だよ!!』
・『「だいたい」って言うとキュラド様混乱するからやめてあげてww』
・『黄金比率を伝授せよ!』
動画は続いて、キュラドが配信活動を始めた本当の理由を語る静かな夜の雑談シーンへと切り替わる。
「配信を始めた理由だと? それは……俺一人でも、生きていけるだけの基盤を作るためだ。……いつまでもエスの重荷になりたくはないからな」
・『エスちゃんのためにソース必死に作ってたの胸熱すぎる』
・『重荷になりたくないって言いながらハンバーグ焼いて待ってるの優しすぎるだろ……』
・『配合比率に0.1ml単位でこだわるのも全部SPちゃんに美味いもん食わせたいからなんだよね』
・『新規だけど涙出てきた、この二人本当に最高のコンビだな』
・『切り抜き師さん最高の編集をありがとう……!!』
同時視聴中の画面の前で、キュラドは気まずそうに腕を組み、咳払いをひとつ漏らした。
「さて続いては……ほう、SNSの投稿を熱心にまとめている動画もあるな……。見てみるか」
キュラドが選択した切り抜き動画には、彼が過去にXでリスナーたちの投稿に返信・引用した際のコミカルなやり取りが、テンポよくまとめられていた。
【切り抜き動画:アクスタキュラド様とリスナーの日常】
キュラド@Curado_vampire
ほう、これが昼間の海……
リスナーA@listener_A
キュラド様、海だよ
[添付画像:青空と綺麗な砂浜にキュラドのアクスタをかざした写真]
・『昼間の太陽の下に出られない吸血鬼に海見せてあげるの優しすぎるww』
・『アクスタ越しに外界を視察するキュラド様愛おしい』
キュラド@Curado_vampire
画像内だけでも3箇所計算ミスがある。もっと精進するように。
リスナーB@listener_B
キュラド様アクスタに見守られながらテスト勉強中!
[添付画像:開かれたノートとアクスタの写真]
・『アクスタ越しにガチ添削入るの草wwww』
・『画像拡大して計算ミス探してるキュラド様想像したら可愛すぎるww』
・『先生より厳しい吸血鬼』
続いて画面に映し出されたのは、キュラドを困惑の渦に叩き落とした伝説の連作ツイートだった。
キュラド@Curado_vampire
エスの実家の仏壇に俺のアクリルスタンドが飾られている。なぜ仏壇……。アクスタの前には甘味などが供えられていた。なぜ……。
キュラド@Curado_vampire
【悲報】俺のアクリルスタンド、お母様の手によりご近所に配布されていた。
キュラド@Curado_vampire
魔除けに良さそうと評判だが、むしろ俺の方が魔である。いいのか、魔を自ら飾って。
・『頭抱えてるキュラド様おもろすぎる』
・『魔をもって魔を制すスタイルwwww』
・『お母様、キュラド様のこと大好きなんだなぁ(白目)』
切り抜き動画を観終えたキュラドは、どこか遠い目をして盛大な溜息をついた。
・『いつ見てもお母様エピ強すぎて腹痛いwwwww』
・『「むしろ俺の方が魔である」←すき』
・『アクスタだけでネタ豊富すぎだろ』
・『SPちゃん実家の仏壇エピソードは語り継がれるべき伝説』
「……はぁ。やはり……仏壇はともかく、ご近所配布はやめていただきたいな……」
心底困惑した様子で呟くキュラドの姿に、配信はさらなる大爆笑の嵐に包まれていた。
「さて切り抜きの視聴はここまでだ。……ふむ、改めてプロフィールが知りたいとの要望がちらほらと。いいだろう。少し待て」
キュラドがマウスを操作すると、画面が切り替わり、黒地に赤のシックなデザインでまとめられたプレゼンテーション画面が表示された。
・『パワポ準備してあるの出来過ぎwwwwww』
・『プロフィール助かる!!!!メモの用意出来てます!!』
・『パワポまで作ってくる吸血鬼、マメすぎて愛おしい』
キュラドは咳払いを一つすると、マイクに向かって語り始めた。
「まず名前。キュラドという。名付けたのは、究極魔術により俺を生み出した吸血鬼イリア。由来は恐らく、始祖キュリアと、始祖が愛した男クライドの名前から来ていると思われる」
淡々とした語り口調のまま、スライドが次のページへと切り替わる。
「目覚めた日を生まれた日とするならば、誕生日は10月31日。現在年齢は25歳。アシスタントをしているエスと出会ったのは19歳の頃。身長は183cm。体重は可変式だが……まあおよそ65kg程度か」
・『ハロウィン生まれなの吸血鬼として完璧すぎる……!』
・『183cmで65kg……スタイル良すぎでは??』
・『体重「可変式」の吸血鬼要素でニヤけた』
・『SPちゃんとの出会い19歳ってことは、もう6年の付き合いなんだね』
・『一気に情報が入ってきて助かる!パワポ見やすい!』
「……可変式と言っても、見た目が変わるほど体重を急激に増減するような真似はせん。実体化の密度を微調整する程度の話だ」
コメント欄の興奮をよそに、キュラドはレーザーポインター風のカーソルでスライドを指し示しながら、淡々と自身のプロフィールを解説していく。
スライドを送ると表示されたのは、精密な人体の透視図とともに「図解 吸血鬼の身体機能」と書かれたスライドだった。
「では次に俺の身体についての解説。まず、この身体はクライドという名の人間の身体である。そして心臓。2つある。元々あるクライドの心臓と、後から埋め込まれた始祖キュリアの心臓だ。あとは消化器官。機能していない。故に食事を消化できないし、排泄もしない」
画面上の図解を見つめ、何でもないことのように説明を続けるキュラド。そして、最後の項目を指し示しながら一切の迷いなく言い放った。
「そして生殖機能。ない。以上だ」
・『言い切り方が潔すぎて草wwwwwwww』
・『心臓2つあるの……?設定の重さと図解の丁寧さのギャップがすごい』
・『「生殖機能。ない。以上だ」で爆笑したwwww』
・『食事できないからさっきのハンバーグも全部エスちゃんのために作ってたんだなぁ……』
・『真面目に解説してるキュラド様、学校の先生みたいで最高』
・『さらっと重い事実が混ざってるけど、本人がサラッと言ってくれるから見やすい』
・『生殖機能なしについて詳しく知りたすぎるww』
「……ふむ。『生殖機能なしについて詳しく』……? 貴様ら、本当にくだらんことばかりに興味を持つな……」
キュラドは呆れと可笑しさが混ざったような半目を向けた。しかし、堂々と腕を組んで解説を付け加える。
「……フッ、良いだろう。俺の精液に精子は存在しない。無精子だ。……だが生理的な機能そのものは正常に働いている」
・『ええええええ!!!!!!wwww』
・『さらっとトンデモ回答投下するなwwwwww』
・『無精子だけど機能は働いている……??情報量が多すぎるんだよww』
・『真面目なトーンで言われると逆にいかがわしさゼロで笑うwww』
・『ちょっと急に精液とか言われると動揺するからやめて……』
・『新規リスナー、この吸血鬼のオープンすぎるプロフ開示について来れてるか??ww』
・『助かる(助かる)』
「……何を騒いでいるのだ。生物学的な種としての保存や生殖は不可能だが、肉体の機能が欠損しているわけではないというだけの話だろう。……変な妄想をして鼻血でも出すなよ、愚か者どもめ」
コメント欄が大惨事になっているのを横目に、キュラドはニヤリと意地悪な笑みを浮かべたが、すぐに解説モードに表情を切り替え、続きを語り始めた。
「まあ身体的特徴の話は、これが吸血鬼全体の特徴か、それとも俺個人的なものなのかは不明なことが多い。俺個人と他の吸血鬼たちの差といえば、ここ、消化器官と生殖機能。かつて存在していた他の吸血鬼たちは人間と同じように食事をとり、子を成していたのだよ」
図解の消化器官と生殖機能の項目をレーザーポインターでトントンと指しながら、キュラドは少しだけ遠い目をして語る。
・『じゃあキュラド様の身体が特殊すぎるんだ……』
・『食事ができないのにSPちゃんのためにハンバーグ焼いてたの、やっぱり愛おしすぎる』
・『設定の深さが凄まじすぎて雑談枠なのに一言一言の噛みごたえがヤバい』
「……そう。彼らは血を吸うこと以外は、貴様ら人間と何ら変わりない生活を送っていた。食事の味を楽しみ、愛する者との間に命を繋ぐこともできた。……俺のこの身体が、どれほど異質で歪な存在か分かるだろう?」
自嘲気味に口角を上げるキュラドだったが、コメント欄に寄せられるメッセージの数々を目にすると、ふっと柔らかい笑みを漏らした。
「そして記録によれば、始祖キュリアも食事ができず、子を産めない身体であったことが分かる。俺と始祖キュリアは同じ身体的特徴を持っていると言えるだろう」
キュラドの落ち着いたトーンの声が配信部屋に響き渡る。冗談めかしていた直前の空気から一転、彼の言葉には学者や探求者のような静かな熱量が宿っていた。
スライドが切り替わり、『仮説:生と死と吸血鬼』という題名とともに、簡潔な相関図が表示される。
「ここからは俺の仮説だが、他の吸血鬼たちと俺や始祖キュリア。その間には根本的に異なる点があると考えている。それは『死者』であるということ。一度死んで蘇った存在だからこそ、人間的特徴は全て失ってしまったのではないかと、俺は考えている」
レーザーポインターの光が、図解の中の『死による変質』という文字を優しくなぞる。
「他の吸血鬼は始祖キュリアに血を分け与えられ、人間から吸血鬼へと変質した存在だ。そこに『死』は存在していないのだよ」
・『急に考察・設定の核心に迫る話になって鳥肌たってきた……!』
・『説得力がすごすぎる』
・『だから食事も生殖もできないのか……切なすぎるけどめちゃくちゃ美しいロジック』
・『こんなに深い世界観と考察を自作パワポで配信で語ってくれるの神すぎでは??』
・『ただのV配信じゃなくて上質な物語観てる気分になってきた』
「……フッ。まあ、あくまで俺の推測に過ぎんがな。確かめる術はもう、この世のどこにも存在しない」
どこか儚げな笑みを浮かべつつも、キュラドは自分の辿ってきた壮絶な運命と存在の理由を惜しみなく共有していった。
スライドが切り替わり、画面にはシックなフォントで「アシスタント:SP」という題名とともに、日頃の感謝が詰め込まれたようなページが表示された。
キュラドは咳払いをひとつ挟むと、真摯な声で語り始める。
「さて、我が優秀なアシスタントのエスについて。彼女はエスこと、SPという名だ。エスは俺が初めて個として識別した人間だ。俺が行き倒れているところを救ってくれた命の恩人。魂の片割れである」
・『たましいの片割れ……!!!!!!!(尊死)』
・『命の恩人であり魂の片割れ……最高の相棒すぎるだろ……』
・『SPちゃんに出会うまで人間とどう関わってたのか気になる』
・『切り抜きで気になってたSPちゃんとの絆の深さが想像以上だった』
スライドがめくられると、手書き風の年表が映し出された。
「エスは現在大学4年。就職活動は終わっていて、春からは社会人だ。エスのことは、彼女が高校1年の時から見ているので、なかなか感慨深いものがある」
キュラドは顎に手を当て、どこか父親のような、あるいは長年寄り添った兄のような眼差しで遠くを見つめる。
「出会った頃はまだ幼さの残る少女だったというのに……時の流れは早いものだな。人間の一生というのは瞬く間だが、こうして一人の人間が大人へと成長していく過程を一番近くで見守れるというのは……悪くない体験だ」
・『高校1年生から!?!?エモすぎて泣くんだが……??』
・『就活終わって春から社会人!エスちゃんおめでとうーーー!!』
・『これがただのアシスタントなわけない。絶対付き合ってる(確信)』
・『もはや彼氏っていうかパパやん』
・『SPちゃんおめでとう!社会人になっても配信のアシスタント続けてね!』
画面を流れる大量のコメントの中に散見された「ある質問」に、キュラドの動きがふっと止まった。
「……ふむ、やはり聞かれるな。『付き合ってますか?』『恋人ですか?』……長らくこの類の質問は適当にはぐらかしてきたが……」
肘をつき、画面越しにリスナーたちを見つめるキュラドの赤い瞳に、悪戯っぽい揺らぎと、揺るぎない覚悟のような静かな熱が宿る。
・『待ってキュラド様何言う気??』
・『ちょっと待って心の準備がwwwww』
キュラドは鼻でフッと笑うと、実に堂々と、当たり前の事実を口にするかのように告げた。
「フン、良いだろう。そんなに答えが欲しければ言ってやる。……エスは俺の恋人であり、伴侶であるとな」
・『!!????!?!????????????』
・『恋人であり伴侶……伴侶!!?????』
・『爆弾投下されたんだがwwwwwwww』
・『全人類大歓喜!!!!!!おめでとう!!!!!!』
・『待って、「恋人」だけじゃなくて「伴侶」って言った!?一生一緒にいる宣言??』
・『てぇてぇどころの騒ぎじゃない、本物の愛だ……』
「フン、そもそもそのような関係でなければ、俺がエスの両親に息子扱いされるわけがない。ちなみに両親には6年前に挨拶済みだ。当時から訳あってエスは両親と離れて暮らしていたからな。吸血鬼であることも全て話し、その上で『娘をよろしく』と言われ、責任をもって預かっているのだ」
・『ご両親公認どころか6年前に挨拶済み!!????』
・『だから「お母様」って呼んでたのかwwwwww』
・『吸血鬼ってカミングアウトした上で「娘をよろしく」って言われるキュラド様凄すぎる』
・『「責任をもって預かっている」の言い方があまりにも男前すぎる件』
・『てぇてぇの極み……末長く爆発してお幸せに!!!!』
そこまで話すと、誇らしげな雰囲気を不意に消し去り、キュラドは表情をすっと引き締めた。
「……まあ、エスは普通の人間であり、俺とは違って一般社会の一員だ。それに少々恥ずかしがり屋でな。あまり彼女の素性を話すことはできない。もし街中でエスと思われる人物を見かけたとしても、声をかけずにそっとしておけ」
釘を刺すように静かに告げると、キュラドはほんの少しだけ視線を落とし、小さく息を吐いた。
「それと……エスには俺との関係を押し付けないでほしい。いずれ、吸血鬼との生活が重荷になる未来が来るかもしれない。そうなったときは……俺はいつでもこの身を引く」
・『急に切なすぎる覚悟を語らないでくれ……』
・『エスちゃんのことを一番に考えて守ろうとしてるんだな』
・『街で見かけても絶対にそっとしとく!約束する!』
・『この吸血鬼、真面目すぎるだろ』
・『男だけどキュラド様に惚れました』
「さて紹介スライドは以上だ。他に何か言っておくことはあったかな」
・『お友達の地縛霊ちゃんのお話をぜひ新規の人に聞かせてあげて!』
・『地縛霊ちゃんの話きたあああああ!!』
・『この吸血鬼、地縛霊のお友達がいます(情報過多)』
・『ピンクのあの子の話は必修科目です!!』
「地縛霊……女神のことだな……。奴は恋の神を自称するアホでピンクの地縛霊だ。名は『コイカミ』と名乗っている。エスが通っていた高校に縛られていて、非常に口が軽い。幽霊のくせに質量があり、無駄に重い」
・『言い方容赦なさすぎて草wwww』
・『「アホでピンクの地縛霊」wwwww』
・『幽霊なのに質量があって無駄に重いは悪口なんよww』
・『相変わらずコイカミちゃんへの当たりが強いキュラド様ww』
しかし、キュラドは少しだけ声を落とすと、どこか愛おしそうに目を細め、静かに言葉を続けた。
「……だが、俺は奴に命を救われている。反対に、命を救ってやったこともあるがな」
・『えっ何それは……どういうことなの……』
・『命の救い合いをした絆があるんだよね』
・『口は悪いけどちゃんと感謝と敬意を持ってるキュラド様……』
・『えっえっ詳しく教えて欲しい……!』
「さて、今日の配信は以上だ。次の配信までアーカイブや切り抜きを見てもっと俺に詳しくなっておけ」
一連の自己紹介と解説を終えたキュラドは、満足そうに腕を組み、堂々とした笑みを投げかけた。
・『キュラド様お疲れ様でしたーーーー!!!』
・『神回すぎた……永久保存版確定です!!』
・『情報量が凄まじかったけど、ますますキュラド様が好きになりました!』
・『切り抜きから来たけど面白かった!チャンネル登録した!』
・『エスちゃんとお幸せにーーーーー!!!』
・『えー!!コイカミちゃんの話詳しく聞かせてよー!!!』
怒涛の勢いで流れるコメント欄をしばらく見つめ、キュラドは優しく目を細める。
「フン、良い返事だ。……ではな、愚かで愛しい貴様らよ。良き夜を過ごすがいい」
配信は賑やかな余韻を残したまま静かに幕を閉じた。
配信終了の画面に切り替わったのを確認し、キュラドはヘッドセットを外して椅子に深く背をもたれかけた。
「ふぅ……。思った以上に喋り倒してしまったな」
軽く首を回して息をついていると、部屋の扉がそろりと開いた。
入ってきたのは、顔を真っ赤にして恨めしそうにキュラドを見つめるSPだった。
「……キュラドのバカ。配信で言っちゃうなんて、聞いてないよ……」
「フン、ここ最近はお前を邪な目で見る不躾者がいたからな。それに、お前を俺の生涯の伴侶として誇ることに、何の躊躇いも恥じる理由もない」
悪びれもせず堂々と言い放つキュラドに、SPは「もう……」と溜息をつきながらも、その隣へとそっと腰を下ろす。
「……でも、ありがとう。新規の人たちにも、私のことやキュラドの想い……すごく大切に伝えてくれて」
「当然だ。お前は俺の魂の片割れなのだからな」
照れくさそうに微笑むSPの頭を、キュラドは大きな手で優しく撫でた。
*
キュラド@Curado_vampire
これは以前女神にもらったもの。「わたしだと思って大事にしてね」と言われてしまった曰くつきの品である。
[添付画像:透き通ったレジンの中に、綺麗な四つ葉のクローバーが大切に閉じ込められた手作りの小さなキーチャーム]
・『配信終わった途端にエモすぎる写真投稿するのずるい!!!!』
・『「曰くつきの品」って言いながら絶対にずっと大切に持ち歩いてるやつだこれww』
・『配信で「アホでピンクの地縛霊」って言った後でこれ見せるのズルすぎるだろ……』
・『「わたしだと思って」って言われて捨てずに持ってるキュラド様の優しさに全人類が泣いた』
・『今日の配信、笑いあり涙あり暴露ありで最高でした!一生ついていきます!』
キュラドはタイムラインの反応をしばらく眺め、口元を緩ませるとスマホを閉じた。椅子に深く背を預け、部屋の壁を見ると、以前コイカミが写真に落書きしたへたくそなキュラドの姿と目が合う。
キュラドは立ち上がり、落書きの自分の姿をそっとなぞり、笑みをこぼすのであった。




