少女との約束
僕は灰色の草の上に腰を下ろし、ここに来るまでのいきさつを掻い摘んで話した。少女——メアリーは膝を抱え、大きな瞳をキラキラと輝かせながら僕の話に耳を傾けていた。
僕が話し終わると、少し間を整えて彼女が口を開いた。
「私はメアリー。最近、馬に乗れるようになったから、毎日少し遠いここまで来ていたの。ここはこの国で一番の秘密の花畑で、昔はいろんな花が咲き誇っていたから……もし世界に色が戻ったら、ここならすぐに分かると思って」
(こんなに綺麗で華奢なドレスを着た女の子が、一人で馬に跨ってやってくるのか……)
おしとやかな見た目とのギャップに、少し不釣り合いだななんて思いながら僕は尋ねた。
「ちなみに、この世界から色が消えたのって、いつ頃なの?」
「うーん……一ヶ月前くらいかな? 夜だったんだけど、突然ピカッと真っ白な光が世界を包んで……目を開けたら、もうこうなっていたの」
肩から降りたアニーは、僕たちの会話に大きな耳をピクピクと動かして耳を傾けつつも、足元に咲く灰色の花々に鼻先を近づけ、じゃれるように戯れていた。
さっきまでは彼女のあまりの美しさに気を取られて気づかなかったが、風に乗ってふわりと花の香りが漂ってくる。甘い香水のような、メアリー自身の匂いも少し混ざっているのかもしれない。不覚にも、また少し胸が跳ねた。
「でも……あなたが色を取り戻してくれるんでしょう?」
「あ、うん……そのために色を探す旅を……」
「今は何色を探しているの?」
「緑だよ。その色を取り戻したら……君のそのドレスにも、少しは緑色がつくのかな?」
メアリーは一瞬きょとんと動きを止めると、花がほころぶようにふふっと可憐に笑った。
「じゃあ、その色が戻った時にまたここへ会いに来て。私のドレスがどう変わったか、確かめに来てよ」
「うん! 必ず……必ずそうするよ!!」
僕が即答した瞬間、足元から『チッ……』と、小さく鋭い舌打ちが聞こえた気がした。
「じゃあ! 私、そろそろ行かなくちゃ!」
メアリーは軽やかに立ち上がると、ドレスの裾を揺らして駆け出していった。遠くで手綱を引く彼女の後ろ姿を、僕はポカーンと口を開けて見送ってしまう。
『……ハッ、デレデレしちゃって情けないわね。まだ何一つ色を手に入れてないくせに』
「なっ……! デ、デレデレなんてしてないよ……!!」
一気に顔に熱が登るのが分かった。白黒の世界の住人ならよかった。顔が真っ赤になっているのが、この世界ならそこまで目立たないはずだから……。
「そ、それより匂いはどうなんだよ!? 緑の鉱石の匂いは分かんないのか!?」
『この花の匂いが強すぎてよく分からないのよ!』
「頼りないなぁ……」
『ガブッ!!』
「痛ったぁぁぁっ!? な、何すんだよ急に!」
アニーが僕の小指にいきなり噛み付いてきた。鋭い牙が痛い。アニーはそのまま僕のジーンズをよじ登り、胸元まで上がってくるとキーキーと威嚇するように叫んだ。
『この花畑からあたしを離しなさいよ! ほら、早く頭の上に乗せなさい!』
「なんだよ……翼があるんだから自分で飛べよ。甘えんなよ……」
ブツブツと文句を言いながらも、僕はアニーをすくい上げて自分の頭の上に乗せてやった。ちょこんと頭の上に収まった毛玉の重みを感じながら、僕は仕切り直すように深く息を吐く。
『あ……わかる!! あっちよ!! 早く行って!! あの木の根元!!』
頭の上に乗ったアニーが、小さな前足をピンと伸ばして少し先にある大きな樹木を指差した。
「ったく……人使い荒いな……」
文句を言いつつも、僕は言われた方角へと歩みを進める。
色彩のない野原を歩いていると、心地よい風がザザーッと通り過ぎ、僕の髪と服を揺らした。その風に煽られ、灰色の花びらがぶわっと一斉に空へ舞い上がる。
(……これは、色がすべて戻ったあと絶対見に来たいな。どれほど美しい光景なんだろう……)
頭の片隅でさっきの少女——メアリーの笑顔を思い浮かべながら、大木の根元へと到着した。すると頭上からアニーが声を張り上げる。
『ここよ!! きっとこの根元に埋まってるわ!!』
「え……それ、僕に掘れってこと……?」
固く引き締まった土を前に、思わず弱音がこぼれる。
だが、僕の反応など気にする様子もなく、アニーは頭の上から颯爽と飛び降りた。地面に着地するとクンクンと鼻を鳴らして位置を確認し、すぐさま小さな両前足ですばやく土を掘り起こし始めた。
首から下げた真鍮の虫眼鏡がカチャカチャと激しく揺れる。アニーが勢いよくかき分けた土が、容赦なく僕のジーンズや足元に降りかかってくる。
「ちょッ……泥跳ねてるって……!」
文句を言いたいところだったが、小さな身体で一生懸命に土を掘り進める姿を見て言葉を呑み込んだ。僕は無言で服についた土を払う。
(……なんだかんだ文句言いながら、こういう時はちゃんと役に立つんだな……)
しばらくガシャガシャと土を掘る音が響いたあと、ぱっとアニーが振り返った。
その薄黄色の毛並みも綺麗だった顔も、白黒の泥と土でびっしり汚れている。それでもアニーは紫と緑の瞳を輝かせ、得意気に叫んだ。
『あったよ!! これよ!!』
「マジで……!?」
アニーが掘った穴を覗き込むと、そこには野球ボールほどの大きさの、ゴツゴツとした真っ黒な石が埋まっていた。穴から引っ張り出し、付着した灰色の泥を手で払う。
手の上に載せると、ずっしりとした重みがあった。触感はやはり冷たく固い石そのものだ。
「これ……見た目はただの黒い石だけど、本当に【緑の鉱石】なのか? これをどうするんだ?」
『割って、あの絵に塗ったらいいのよ! さあ、急いで一度元の世界へ帰りましょ!!』




