決死の覚悟
「勇斗ーーーーッ!!! アニーちゃんッ!!!???」
遠ざかっていく視界の上方で、悲痛に叫ぶアーシュたちの声が風音にかき消されていく。
(ああ……みんな、ごめん……)
迫りくる白い氷原を見つめながら、僕は静かに目を強くつぶった。落下していくわずか数秒……いや、1秒にも満たないほんの一瞬のことだった。
——ガアァァァンッッ!!!!
眩いばかりの純白の光が視界を埋め尽くし、次の瞬間、ぐんっ!!! と身体全体が上へと引き上げられる猛烈な衝撃が走った。
「え……っ!?」
直後、激しい落下の衝撃とともに身体が氷の上に叩きつけられた。全身に鈍い痛みが走ったものの——それは、はるか高所から激突して即死するような衝撃では到底なかった。まるで何かがクッションになり、必死に僕を受け止めて落下の勢いを殺してくれたかのような。
「はぁっ……はあ……っ!」
痛む身体を押さえ、荒い息を吐きながら必死に上半身を起こす。
そこにいたのは——息を呑むほど神々しく、美しい「獣」の姿だった。
フェネック特有の大きな耳と美しい狐のような顔立ちはそのままに、体躯は僕の背丈を越えるほど大きくとしなやかに引き締まり、白銀の美しい毛並みが風になびいている。そしてその背には、かつての小さな羽とは比べものにならないほどの、輝く大きな光の翼が広げられていた。
「ア……ニー……?」
僕を必死に抱きかかえ、その大きな翼で衝撃を少しでも殺そうとしてくれたのだと一目で分かった。だが、いくら巨大化しても落下の威力を完全に殺しきることはできず、彼女の体にも激しいダメージが伝わっていた。
「くっ……ふぅ……っ」
大きな霊獣の姿をしたアニーは、僕が無事であることを確認するように優しく鼻先を僕の頬へ寄せてくると、瞬く間にその身を包む光が弾けた。
シュウゥ……と光が収まったあと、そこに転がっていたのは——元の手のひらサイズの小さな姿に戻り、力なくピクピクと身体を震わせているアニーだった。
長い毛並みは荒れ、全身に擦り傷を負って、呼吸も浅く荒くなっている。異世界間を移動するために溜めていたはずの『莫大な魔力』を、僕を救うために一気に解放して使い果たしてしまったのだ。
「アニーッ……!! アニー、しっかりしろ!! アニーッ!!」
自分の腕の傷も痛みも全て忘れ、僕は叫びながら、小さく傷ついたアニーの身体を両手で優しく抱き上げた。
手のひらの中のアニーは、浅く荒い息を繰り返しながら、痛みに耐えるように小さく身体を震わせている。
「勇……斗……っ」
かすかな声が聞こえ、僕はハッとして顔を寄せた。
アニーは弱々しく目を開けると、自分の小さく傷ついた前足で、僕たちが倒れている足元の氷をぽんぽんと弱々しく叩いた。
「……ここよ……。氷の……すぐ下……っ」
「え……?」
「ずっと……近くて、遠かったのは……水平じゃなくて……『高さ』があったから……。あそこから見たら近くに見えても……深く下へ沈んでたから……届かなかったの……」
「っ……!!」
そういうことだったのか……!
近づいているのに一定の距離が縮まらなかったのは、鉱石が僕たちの真下——この分厚い氷の層の底に埋もれていたからだったのだ!
「アニー、教えてくれてありがとう……! すぐに掘り出すからね!!」
僕はアニーをそっと胸元へ抱きかかえると、氷の表面へしがみついた。
本当はもう鉱石なんてどうでもいい、アニーを一刻も早く救いたいと思った。だけど、アニーが命を懸けて教えてくれた鉱石を掘り出さない選択肢は、その時の僕にはなかった。
右腕は擦り傷と破れた服でボロボロだったけれど、そんな痛みにかまっている暇はなかった。周囲に落ちていた鋭い氷の結晶の破片を拾い上げ、爪が割れて血が滲むのも構わず、ガリガリと必死で足元の氷を削り始めた。
「アニーが……アニーが命を削って教えてくれたんだ……!! 届いてくれ……っ!!」
一心不乱に氷を削り続けること数分。
ついに、白い氷の奥から、吸い込まれるような美しい青い光が溢れ出してきた。
「あった……! 『青の鉱石』だ……!!」
手の中に収まる大きさの、幻想的な青い輝きを放つ結晶。それを抱きしめた瞬間、頭上から嵐の音を切り裂く切迫した叫び声が響いた。
「勇斗ーーーーっ!! 無事かーーーっ!!」
見上げると、はるか上の氷の崖の縁から、アーシュとフランが必死な顔で身を乗り出していた。
「アーシュ! フラン! 僕もアニーも無事だよ!! 鉱石も見つけた!!」
「よかった……っ!! 今すぐ助ける!! フラン、いくぞ!!」
「ああ!!」
二人は同時に腰の剣を抜き、崖下に向かって構えた。本来なら、この極寒の地では水の魔法を使ってもすぐに途中で凍りついてしまい、攻撃としては機能しない。
——だが、「放出した水が一瞬で凍りつく」のなら、それは一瞬で頑丈な『氷の構造物』を作り出せるということだ。
「「凍てつけ……!! 水流の道よ!!」」
二人が解放した濁流のような水の魔法が、崖下へ向かって一直線に放たれる。
水流は空気に触れた瞬間にバチバチと音を立てて結晶化し、螺旋を描きながら、僕の足元からアーシュたちの待つ崖の上へとつながる『頑丈な氷の階段』を一瞬にして組み上げていった。
「よしっ! 助けにいくぞ——」
フランが飛び出そうとした瞬間、急造された氷の階段からピシッ……と不吉な亀裂の音が響いた。
「待て、フラン!! 魔法で無理やり固めた急造の階段だ! 大人が一人乗るのが限界……いや、一人分の体重でもいつ崩れるか分からない!! 俺たちが下りて行ったら重さに耐えきれずに崩落する!!」
アーシュの鋭い制止に、フランは息を呑んで足を止めた。
「勇斗!! 俺たちはそっちへ行けない!! その階段は脆いんだ!! アニーちゃんと鉱石を抱えて、今すぐそこを一人で駆け上がってこい!!」
アーシュの叫び声が胸に突き刺さる。
(僕が……一人で……!?)
足はまだ震えている。右腕も傷ついて痛む。だけど、僕の胸の中には命がけで助けてくれたアニーと、手の中に輝く青の鉱石がある。
「……うん、分かった!! いくよっ!!」
恐怖を振り払うように叫ぶと、僕はアニーと鉱石をしっかりと胸に抱きしめ、ミシミシと音を立てる氷の階段へ一気に足を踏み出した。




