氷の道
吹き荒れる強風に身体を煽られ、吹き飛ばされそうになりながらも、僕たちは必死に足を進めた。
隊列は先頭からカイト、フラン、僕、そして最後尾にアーシュ。サバイバルに長けたみんなならもっと早く渡れるはずなのに、僕の足取りに合わせてあえてゆっくり、慎重に進んでくれているのが背中越しに伝わってきて、胸が熱くなる。
その時——今までとは比べものにならないほどの猛烈な突風が、僕たちを襲った。
「くっ……!? 体勢を低くしろ!!」
カイトの叫び声に合わせ、全員が咄嗟に氷の上に身を伏せる。僕も必死に氷へしがみつきながら、痛む目をなんとか薄開けた。
視界の先、灰色の雲を突き破るようにして降臨したのは——透き通るような白い氷の羽毛と、鋭利な氷の結晶のような翼を持つ「氷翼の巨鳥」だった。
その巨大な怪鳥がバサリと大きな翼をはためかせるたび、刃物のような凄まじい暴風と吹雪が僕たちに向かって吹きつけられる。
「うわあぁぁっ……!?」
足元がツルッと滑り、僕の身体は一瞬で氷の一本橋から宙へと押し出された。
(落ちる——!!)
浮遊感と絶望が襲いかかった瞬間、ガリッと鈍い衝撃が腕に走った。
助かったのは、手で道を掴めたからじゃない。橋の側面に大きく突き出ていた鋭利な氷のつららに、僕のコートの右腕部分が引っかかったからだ。
「つっ……!!」
鋭い痛みが腕を走り、服が破ける感触が伝わってくる。血が滲んでいるのは確実だったけれど、いまさらそんな痛みに構っている余裕なんてどこにもなかった。
はるか下には氷の岩礁。身動きを取れば、今にも氷が折れて落ちてしまいそうだ。
「勇斗っ!!」
「待ってろ、今行く!!」
アーシュとフランが体勢を極限まで低くし、氷の上を這うようにして僕へ近づいてくる。カイトもいざという時のために黒い翼を広げようとしたが、巨鳥の起こす凄まじい強風にあおられ、到底飛べる状態ではない。
アーシュたちが一歩一歩近づいてきてくれるが、僕の右腕を支えている服の生地が、ビリッ……と嫌な音を立てて裂け始めた。
(限界だ……僕の身体は、もうもたない……!)
胸元でアニーが恐怖にカタカタと激しく震えているのが伝わってくる。
(アニーだけは……アニーだけは助けなきゃ……!)
必死に頭を回転させる。
あの氷翼の巨鳥は、大きな翼を力強く広げた直後に一気に風をぶつけてくる。つまり——巨鳥が風を起こした後、再び翼を広げて次の風を溜めるまでのほんのわずかな一瞬だけ、「無風の瞬間」が存在する!
チラリと視線を向けると、フランよりもアーシュの方がわずかに僕に近い位置にいる。
(……今だ!!)
巨鳥が風を放ちきり、翼を広げ直すその一瞬。
僕は動かない右腕の代わりに、左手を必死に動かして胸元からアニーを引っ張り出した。
急に外へ出されたアニーが驚いた顔で僕を見つめる。僕はその小さな身体を片手で抱えるようにすると、彼女の毛で覆われた柔らかい頬へ、静かに唇を寄せた。
「お前は、生きろ」
「え……? 勇斗……!?」
アニーが目を丸くして困惑の表情を浮かべたが、僕は気に留めず、アニーを握った左腕を野球のボールを投げる要領で大きく後ろへ振りかぶった。
そして、残されたすべての体力を喉に絞り出し、嵐の音を突き破る大声で叫んだ。
「アーシューーーーーっ!!!!」
僕の叫びと視線を受けたアーシュは、一瞬で僕の意図の全てを悟った。その表情を凄絶に変え、身体を乗り出すようにして必死に両手を伸ばす。
僕は狙いを定め、渾身の力を込めてアニーをアーシュに向かって全力で投げつけた。
白い風を切り、宙を舞うアニー。
そして——アーシュの大きな両手が、投げ出されたアニーの身体をしっかりと抱きとめた。
「捕まえた……っ!!」
アニーがアーシュの腕の中で無事に受け止められたその光景を見て、自分の死が目前に迫っているというのに、なぜだか自然と笑みがこぼれてしまった。
よかった……アニーを守れた……。
投げた反動が、限界を迎えていた右腕の服に容赦なくかかった。
ビリリッーーーーー!!
生地が完全に引きちぎれる鈍い音が響く。
支えを失った僕の身体は浮遊感に包まれ、そのままはるか下の凍てつく地へと、まっさかさまに落ちていった。




