険しい道のり
「アニー! いたよな!? 女の子!」
僕がすがりつくように胸元のアニーへ声をかけると、アニーも僕と同じように口を半開きにした呆然とした表情を浮かべ、自信なさげに言葉をこぼした。
「う、うん……。いたわよね……? 白い服を着た、女の子……」
僕の胸元からキョロキョロと周囲を見回すアニーだったが、氷の上には足跡ひとつ残っていない。
それを見たフランが、緊張の糸が切れたように「ははっ……」と軽く笑い声を漏らした。
「寒すぎて幻覚でも見たんじゃないのか? ほら、さあ行くぞ! これ以上立ち止まってたら本当に凍え死ぬからな」
ポンと僕の背中を叩き、フランは再び前を向いて歩き始める。
「で、でも……っ!」
食い下がろうとしたが、フランの言う通り、僕たちの前にはただ寒々とした白黒の氷原が広がっているだけだった。足元に気をつけながら、僕は何度も後ろを振り返りつつ、重い足取りで歩き出す。
(幻覚……? アニーも僕も同じ幻覚を見たっていうの……? それに、あの手触り……氷みたいに冷たかったあの感触も……?)
『私のためなら死んでくれるってこと?』
少女の残した凍りつくような声と、不気味な冷たさだけが、吹き荒れる風の音の中にいつまでも残っていた。僕とアニーは顔を見合わせ、言葉にならない不気味な予感に身を震わせるのだった。
再び、風の抵抗に必死で耐えながら、凍りついた道をひたすら進み続ける。
すると、僕の胸元で風を避けていたアニーが、急にパッと耳を立てて声を上げた。
「あ! あっちよ!! あっちから鉱石の匂いがするわ!!」
アニーが指した白黒の前足の先——そこには、ぽっかりと浮かぶ小さな『島』があった。
本来なら周りは全て海で、船がなければ絶対に渡れないような場所だ。だが今は、海全体が凍りついたことで、まるで島へ向かって細い『氷の橋』が伸びているかのように見えた。
けれど、その道は人一人がようやく通れるほどの極小の幅しかない。しかもその両脇は、見下ろすと思わず眩暈がするほどの切り立った断崖絶壁になっていた。
はるか下に広がるのは、白く尖った氷の岩礁群。もし足を踏み外して滑り落ちたら、途中で引っかかる場所すらなく一気に叩きつけられて、ただでは済まないことが一目で分かった。
「こ、ここを渡るのか……?」
あまりの高所と危険さに、僕は思わず足がすくんでその場に固まってしまった。そんな僕の様子に気づいたアーシュが、いつもの爽やかな笑顔で声をかけてくれた。
「勇斗、君はここに残って待っていてもいいよ。アニーちゃんは連れて行くけどね、じゃないと鉱石の場所が分からなくなっちゃうからさ」
その言葉に、フランがすかさず懸念を口にする。
「でも、勇斗をここに残して寒さで凍えないか? ……はぁ、こんな時メアリーちゃんがいてくれたらなぁ〜」
「メアリー……? なんで今、メアリーの名前が……?」
僕が首をかしげると、フランはしみじみとした顔で語り出した。
「お前も見たろ? メアリーちゃんは『火の魔力』を使えるんだ。こんな極寒の環境でも、彼女に火を出してもらえれば暖を取ることができる。それなら勇斗と一緒にここに残ってもらえるんだけどな……。それに僕はメアリーちゃんがいてくれたら、どんな時でも心があったかくなる!」
アーシュはそれを聞き流しながら、真剣に顎に手を当てて考えを巡らせているようだった。
「凍えないように、土で風と寒さを凌げるシェルターを作っておけば、なんとか……」
「大丈夫だよ!!」
ふたりの優しさに甘えて残るわけにはいかない。僕は思わず大声で叫んでいた。
「僕も行くよ! みんなの足を引っ張らないように……っ、絶対頑張るから!!」
必死にそう宣言しながらも、自分の膝がガクガクと小さく震えているのが分かった。
(違う……これは恐怖なんかじゃない。ただ寒さのせいで体が震えてるだけだ……! 恐怖なんかじゃないんだ……!!)
必死で自分に言い聞かせるけれど、僕の服の中にいるアニーは、その足の震えにしっかりと気づいていた。
「勇斗……」
アニーの心配そうな声が、胸元から小さく漏れていた。
「よし! じゃあ行こう!!」
そう言って勇気を振り絞る僕の前に、カイトがバサッと大きな黒い翼を広げ、風を押し返すようにしてまた背中へ折りたたんだ。
「この強風じゃ、さすがに飛んで渡るのはリスクが高すぎるな……おとなしく歩いて渡るしかねえか!」
カイトはそう言うと、ニッと口角を上げて僕の肩を軽くポンと叩いた。僕の意地と覚悟をちゃんと汲み取ってくれたかのような、あたたかい手つきだった。
「勇斗、無理だけはすんなよ。滑りそうになったら遠慮なく俺たちに掴まれ!」
「う、うん……! ありがとう、カイト!」
「よし、それじゃ俺が先頭を行く! 足元をしっかり確かめながら進むぞ!」
カイトの力強い言葉に励まされ、僕たちは決意を新たに固めた。
胸元にいるアニーは、僕の膝の震えを感じているだろうが、引き留めるようなことはせず、「気をつけてね……!」と小さく囁いて、僕の服の奥へとキュッと身を寄せた。
人一人がやっと渡れるほどの、はるか下に氷の激流と岩礁が覗く細い氷の道。吹きつける強風に煽られながら、僕たちは一歩一歩、慎重にその恐怖の橋へと足を踏み出していったのだった。




