異変
頭上からバッサバサと激しい羽音が聞こえたかと思うと、僕たちの目と鼻の先に大きな黒い翼を広げたカイトが舞い降りた。
「さっむッ!! ちょっと俺にもコートちょうだい!! 寒すぎてドレイクなんか、もうこんなんだぞ!」
そう言ってカイトが差し出した手のひらの上には、ブルブルと小さな身体を激しく震わせ、限界まで丸くなっているピンク色のウサギがいた。
(……これがあの、あの筋肉隆々の騎士団長ドレイクだとは、やっぱり信じがたいな……)
あまりのギャップに僕が呆然としていると、フランが自分のリュックから手際よく厚手のコートを取り出し、カイトに向かって投げ渡した。
「ほら、使えよ!」
「サンキュー!! 助かる!」
カイトは受け取ったコートを羽織る前に、胸元へドレイクウサギをそっと抱き入れてやった。
「も、申し訳ありません……カイト様……。私が寒さに弱いせいで、ご迷惑をおかけして……」
ウサギの姿のまま、今にも消え入りそうな声で縮こまるドレイクに、カイトは豪快に笑い飛ばした。
「ははっ! 気にすんなって! 俺はお前のみっちり生えたもふもふの毛皮のおかげで、胸のあたりがめちゃくちゃあったかいぜ!」
カイトは手早く身なりを整えると、真剣な面持ちで本題を切り出した。
「それよりさ! やっぱり妙だぜ、この先! 前は広大な海だったのに、海があった場所がそっくりそのままカチコチに凍りついちゃっててさ。海と陸の境目がどこだかさっぱり分からないんだ!」
「そうか……やっぱりゼインが言っていた通り、この地域で何かが起きているんだな……」
アーシュがいつもの軽やかさを消し、珍しく険しい表情を浮かべる。その時、静かに気配を探っていたフランが何かに気づき、サッと腰の剣を抜いた。そして以前、ドラゴンと戦った時のように、剣身に青い水流を纏わせ始める。
「やっぱりだ……アーシュ、これ見ろよ」
「っ……!」
フランの剣を見たアーシュは、一目見るなりさらに顔を曇らせた。
僕は何が起きているのか分からず、二人の顔を交互に見つめる。僕の不安そうな表情に気づいたフランが、視線を剣に向けたまま静かに説明を始めてくれた。
「僕たちは本来、魔剣に水の魔力を加えて、激しい水流を纏わせることで威力を強化して戦ってるんだ。なのに、これ……」
フランの剣をよく見ると、纏わせた水流がパチパチと音を立て、先端から次々と凍りついて小さな氷の塊になり、地面へぽろぽろと落ちていた。
「……? 凍って硬くなったら、もっと威力が強くなるんじゃ……?」
素朴な疑問を口にした僕に、アーシュがトーンを落とした優しい声で答えてくれた。
「氷を、硬い地面や敵の装甲に思い切りぶつけたらどうなる?」
「えっ……割れて、壊れる……かな」
「そう。凍ってしまうと弾力性がなくなって、脆く壊れやすくなるんだ。俺たちは勢いよく水をとめどなく放出し続けて、その圧倒的な水流の強さで攻撃するから……途中で凍ると衝撃に耐えきれず、攻撃が簡単に弾き返されちまうかもしれない。つまり、本来の力が発揮できなくなるんだよ……」
「そんな……!」
水流のしなやかさと威力が殺されてしまう——この極寒の環境そのものが、フランたちの戦闘力を奪う罠になっているのだ。
「もともとその国に満ちていた『青の魔力』が、色を失ったことで暴走して、周囲の環境を過剰に冷やし尽くしちまってるのかもな……」
カイトが腕を組み、険しい顔で補足する。
属性の相性が悪すぎる過酷な戦場、そして本来の力を出せない仲間たち。僕が隠しきれない動揺に身を震わせていると、ポン、と温かい手が僕の頭に乗せられた。
「大丈夫、大丈夫!! この強〜い俺たちがついてるんだからさ!」
見上げると、そこにはいつもの太陽のような爽やかな笑顔を浮かべたアーシュがいた。
「なんとかなるって!!」
絶対の自信に満ちた声で僕を安心させると、アーシュは僕の胸元から顔を出しているアニーへ、にっこりと優しく微笑みかけた。
「アニーちゃん、匂いはどう? どこに『青の鉱石』があるか、何か分かりそうかい?」
アニーは、僕の服の胸元から顔だけをひょっこりと出すと、耳をピクピクと動かしながら答えた。
「うん、だいぶ近くなったわ! ……でも、なんだか不思議なの。なぜか『遠い』のよね……」
「遠い……?」
意味が呑み込めず、僕は思わず聞き返してしまった。
「うん。今までの赤と緑の鉱石の時は、近づけば近づくほど『あ、すぐそこにある!』ってハッキリ分かったじゃない? なのに今回は……近づいているはずなのに、常にある一定の距離が保たれている感じがするっていうか……」
アニーの言葉に、僕の胸の中にサーッと冷たい不安がよぎる。鉱石自体が移動しているのか、それともこの空間そのものが歪んでいるのか……。
だが、そんな僕たちの不安を吹き飛ばすように、アーシュがポンと勢いよく手を叩いた。
「そっか! それならもっと近づいてみよう! 目の前まで行けば、何が起きてるのか分かるかもしれないしさ!」
どんな状況でも物怖じせず、笑顔を向けてくれるアーシュ。その明るさに救われたように、アニーはまだ少し不安げな表情を残しながらも、コクリと数回頷いた。
「……うん、分かった! 行ってみましょう!」
「よし、みんな! 足元に気をつけて進むぞ!」
アーシュの合図で、僕たちはついに海と陸の境目すら消え失せた、白黒と極寒の『海と氷の国』へと足を踏み入れたのだった。




