いざ、海と氷の国へ
街で武器や防寒具といった必要物品を買い揃え、それぞれ大きめのリュックにしっかりと詰め込むと、僕たちは再び歩みを進めた。
街を抜け、また静かな森の中へと足を踏み入れる。
今度はアーシュが先頭に立ち、長い剣の柄で邪魔な枝を払いながら、僕たちが歩きやすいように道を切り拓いてくれていた。そのすぐ後ろを歩くフランも、残った細かい枝木を払ってさらに歩きやすく整えてくれている。前を行く二人の背中は、やっぱり頼もしい。
すると、僕の肩に乗っていたアニーが、顔を近づけてひそひそ声で話しかけてきた。
「ねえねえ、勇斗……。アーシュって女遊びが激しそうに見えるけど……本当はああやって、情報収集のために仕方なくお店に行ってるのかもしれないわよね……?」
その瞳は完全にうっとりとしていて、「実は誠実で健気な人なのかも」という乙女な妄想を膨らませているのが丸わかりだった。
僕がなんて答えようか迷っていると、すぐ前を歩いていたフランが「ハハッ!」と大きな声を上げて爆笑した。
「おいおい、アニー! お前、アーシュのことを買いかぶりすぎだって!」
「えっ……!?」
アニーが思わず耳をピンと立てる。フランは振り返り、悪気のないカラッとした笑顔で衝撃の事実を暴露した。
「こいつ、この前なんか人妻に手ぇ出してさ! 包丁持った旦那に怒鳴られながら街中追いかけ回されてたんだからな!」
「「…………」」
一瞬の静寂。
「人妻……っ!? ほ、包丁持った旦那に……っ!?」
アニーのうっとりしていた瞳が瞬時に点になり、絶望で顔が青ざめていく。
「な、なんて不潔で節操のない男なのーーーっ!! 幻滅よ!! 大幻滅!! やっぱり見境のないただのドスケベじゃないのよーっ!!」
乙女心が木っ端微塵に砕け散ったアニーは、毛を逆立ててキーキーと叫ぶと、僕の首元にガバッと抱きついてそのまま「ううう……」と激しく落ち込んでしまった。
先頭を歩くアーシュは、後ろでの会話に気づいているのかいないのか、「ん〜? なんか噂話〜?」なんて呑気な声を上げながら、爽やかに枝を払い続けているのだった。
首元に抱きついて落ち込んでいたアニーが、ようやく落ち着いて僕の肩にちょこんと乗り直したところで、僕は前からずっと気になっていた疑問を口にしてみた。
「ねえ、アニー。なんでアニーって羽があるのに使わないんだ? たまに気まぐれでふわっと浮くことはあっても、こうやって移動する時はいつも僕の肩や頭の上に乗ってるよね。自分の足すら使わないし」
「だって、すぐ疲れちゃうんだもん!」
アニーは肩の上でプイッと横を向くと、もっともらしい顔をして胸を張った。
「この『絵本の世界』に入る時と、現実世界に出る時にすっごい魔力を使うの! そのために普段から体力を温存して、魔力を蓄えておいてるのよ!」
「へー、そうなんだ……」
アニーのドヤ顔に苦笑しつつも、僕はなるほどなと納得した。
(そういえば……ゼインと初めて会った時も、彼は『この世界の人間に魔力があること』が当たり前みたいな言い方をしてたっけ……)
人間だけじゃなく、アニーのような動物にも当たり前に魔力が宿っていて、日常的に使われているんだなと改めて実感する。
魔力を持たない僕からすると、体内にそんな未知のエネルギーを秘めているみんなの存在が、少し不思議で、どこか羨ましく思えてしまうのだった。
半日ほど歩き続けた頃、ふと視界全体がうっすらと落ち込み、周囲が暗くなってきていることに気づいた。
「もう夜……?」
「いや……違う」
先頭を行くフランが、険しい眼差しで前方をしっかりと見据えたまま低く答えた。
「そろそろ目的地かもな」
アーシュがふっと足を止め、こちらに振り返る。そう言いながら担いでいた大きなリュックを地面に下ろし、買い揃えておいた分厚いコートを取り出して羽織り始めた。
言われてみれば、いつの間にか肌を刺すような寒さが急激に増してきている。
「う、うぅ……寒っ……!」
僕の肩に乗っていたアニーも、寒さで小さな身体をブルブルと激しく震わせ始めた。
「アニー、コートの代わりにこれ使って。僕が温めるからおいで」
僕はアニーのために用意しておいた、ふわふわの小さな毛布で彼女の身体を優しくくるんであげた。そして、そのまま自分の服の胸元を開けて呼びかける。
「ふぁ……ありがと……っ」
寒さに身を縮めていたアニーは、暖かさを求めてすべり込むように僕の胸元へとスルスル入ってきた。服越しに伝わってくる体温に、アニーもホッと息をついたようだ。
僕もフランたちに倣って防寒用のコートを羽織り、吹き付ける冷気と視線から隠れるように、深めにフードをかぶって顔を覆った。




