アーシュの帰還
カチャリとドアが少し開いた瞬間、それだけで部屋の中にツンとくるアルコールの匂いが漂ってきた。
出迎えたフランの抑えめな声が聞こえてくる。僕やアニーを起こさないよう、あえて声を潜めて気遣ってくれているのだ。
「おいお前! 何、護衛中に酒飲んでんだよ!! あんな魔力のない弱っちいヤツでも守んなきゃなんない仕事なのに!!」
「……っ」
フランのその言葉に、暗闇の中で胸が少しチクリと痛む。
そりゃそうだ。今までメアリー姫や王の護衛という大役を任されてきた彼らにとって、魔力も戦闘力もない僕の護衛なんて、だいぶランクの下がった仕事に思えても仕方がない。
でも、僕にとってはみんなと『普通に仲良く旅をしている』感覚だったからこそ、フランの口から出た「護衛」という現実的な言葉に、この旅の責任の重さを意外なところで思い知らされてしまったのだ。
「え〜……ごめぇ〜ん。女の子のいるお店を飲み歩いてたらぁ〜、なんかぁ〜飲みすぎちゃったみたぁ〜い……」
「ったくよ……せめて酒に呑まれる前に帰って来いよな……」
いつものスマートな佇まいはどこへやら、完全に千鳥足になったアーシュに呆れ果てながらも、フランは肩を貸して部屋の中へと引き入れていく。
僕もゆっくりと身体を起こし、月明かりの中でふたりの姿を見つめていた。
パッと僕と目が合うと、フランはバツの悪そうな顔をして、片手を小さく上げながら「ごめんな」と声を出さずに口パクで謝ってくれた。フランに悪気があったわけじゃない。ただ、僕を本気で守るべき対象として真剣に考えてくれているからこその言葉だったのだと理解して、僕も静かに首を振った。
その時、僕の隣でモゾモゾと毛布が動き、二人のひそひそ声を聞きつけたアニーが顔を出した。
「ふぁぁ……ん……」
アニーは小さくあくびをすると、前足でゴシゴシと眠たそうに目をこすりながら、酒臭いアーシュと介抱するフランの姿を不思議そうにぽかんと見つめていたのだった。
フランに肩を貸され、僕のベッドのすぐ横にどさっと下ろされたアーシュ。すると彼は、トロンとしたうつろな目で僕のベッドへ手をスッと手を伸ばしてきた。
そのままベッドの上にいたアニーをひょいっと抱きかかえると、自分も寝そべったまま、アニーをぎゅっと胸の中に抱きしめたのだ。
「あーー、やっぱりアニーちゃんは可愛いなぁ〜」
アーシュはうっとりとした声を漏らしながら、抱きしめたアニーの全身を優しく撫でまわし、すりすりと幸せそうに頬ずりをし始めた。
「っ……!?!?!?」
当のアニーはというと、あまりの出来事に完全にフリーズ。全身をカチコチに硬直させ、目を見開いたまま固まっている。
「アニーちゃんが人間だったらなぁ〜。もっと色んな良いコトできるのにぃ〜……♡」
「っ……!!」
甘い吐息混じりの声で囁くアーシュ。
その様子を横で見ていた僕は、ハッと我に返ると弾かれたようにアニーをアーシュの腕の中から奪い返した。
「ちょっ……!! アーシュ!! ちょっと、それ以上はアニーが爆発しちゃうからっ!!」
僕の手の中に戻ってきたアニーを抱きかかえると、彼女の心臓が「ドクドクドクドク!!」と信じられないほどの激しい鼓動を打っているのが伝わってきた。それどころか、毛並みの奥の体温がぐんぐんと急上昇して、今にも知恵熱で煙を吹きそうなほど熱くなっている。
一方、アニーを奪われたアーシュはベッドに突っ伏したまま、トロンとしたうつろな瞳でうっすらと僕たちを見つめてきた。
「え〜……そうなの〜? ざんねーん……。アニーちゃん、寂しい時はいつでも俺の腕の中で寝ていいからね〜……♡」
そう言って満足そうに寝返りを打ったかと思うと——スー……スー……と、次の瞬間には秒で深々とした寝息を立て始めていた。
「「…………」」
あまりのフリーダムさに呆然とする僕の腕の中で、アニーのバクバクという激しい鼓動と真っ赤な熱は、当分おさまりそうになかったのだった。




