アーシュのお出かけ
「さ! 俺はちょっと用事があるから! あとはフラン、頼んだよ! 今日はこの街に泊まるから宿もよろしくね〜!」
アーシュはそう言って爽やかに微笑むと、軽やかな足取りで街の人ごみの中へと姿を消そうとする。
「おいアーシュ!! お前も手伝えよ……っ!?」
フランが声を大にして叫んだが、アーシュは振り返りもせず、笑顔でひらひらと手を振るだけだった。
「くそっ! またかよアイツ! すぐどっか行くんだから……!」
フランはガシガシと頭を掻きむしりながら盛大に溜息をつき、僕の方へ振り返った。
「ほら行くぞ勇斗! 荷物が多くなりそうだから、お前にも手伝ってもらうからな!」
「う、うん!! 頑張るよ!!」
力強く返事をしたものの、心の中では(……持てるかな。僕、全然鍛えてないんだけど……)と密かに冷や汗をかいていた。
ふと胸元を見ると、アーシュがいなくなってしまったせいか、アニーがどこか寂しそうな眼差しで彼が消えていった人ごみを見つめていた。すっかりアーシュに心を持っていかれているみたいだ。
それから僕とフランは、いろんな店舗を巡って防寒具や野営用の道具をテキパキと集めていった。買い込むにつれてどんどん荷物が増えていったので、大きめの頑丈なリュックを購入し、そこへ買い詰めていく。
一通りの買い出しが終わる頃にはすっかりお腹もペコペコだ。僕たちは荷物を一度置いて、賑やかな食堂で遅めの食事を摂ることにした。
アニーにも、味が濃くなさそうな香ばしく焼かれたお肉を分けてあげる。最初は床に置こうとしたのだが——アニーは意外とプライドが高く、「マナーの悪い野良犬と一緒にしないで!」と怒り出した。結局、専用のお皿を用意してもらい、僕たちのテーブルの上に置いてあげることにした。
(……でもさ、それって実質『土足で机の上に立ってる』ようなもんじゃない……? マナー的にどうなんだろう……)
なんて心の中で密かにツッコミを入れてしまったが、小さなお手手でお肉を口に運び、目を輝かせて美味しそうにほおばるアニーの姿を見ていると、そんな細かすぎる疑問はどうでもよくなってしまった。可愛いは正義なのだ。
食事を口に運ぶフランも、美味しいものを食べてようやく機嫌を取り戻したようだった。だが、お肉を一口噛みしめると、どこか切なげな表情でポツリと呟いた。
「はぁ……こんなに美味しい料理、メアリーちゃんにも食べさせてあげたかったなぁ……」
どこまでもメアリーのことで頭がいっぱいなフランを見て、僕は思わずクスッと微笑んでしまった。
今日の宿屋に無事チェックインし、通された部屋で荷物を下ろした僕は、ふと浮かんできた疑問を口にした。
「ねえ、フラン。アーシュがどこかへ行っちゃったけど……今日どこに泊まるか伝えられないけど、どうするの?」
(現実世界ならスマホで『ここに泊まってるよ』って連絡できるけど、この世界じゃそんなものないし……すれ違いになっちゃうんじゃ……)
僕が不安そうに尋ねると、フランはニッと笑って胸を張った。
「ああ、それは大丈夫だ!」
「え……?」
フランの自信たっぷりな理由が分からず、僕は首を傾げてしまう。
フランはさっき買ったばかりの荷物の中からゴソゴソと何かを探し出すと、小さく折りたたまれた赤い布を取り出した。
「こうやってやるんだよ」
フランはそう言って部屋の窓をパカッと開けると、外からよく見える木枠の金具に、その赤い布をキュッと手際よくくくりつけた。
「あいつ、いつもこうやって勝手にいなくなるからさ。こうして目印をつけておくんだよ。だからわざわざ、通りに面した窓側の部屋を頼んだんだ」
「へえ〜……!」
なるほど、携帯電話や通信手段がない異世界には、その世界なりの生き抜くための知恵や工夫があるんだなと感心してしまった。そして何より、アーシュの単独行動に付き合い慣れているフランの「いつものこと」感が頼もしくもあり、少し可笑しかった。
◇
その深夜。
明かりを消した室内には、窓から差し込む青白い月明かりだけが静かに広がっていた。街の喧騒もすっかり途絶え、静まりかえった部屋の中に——。
コン、コン、コン。
控えめだが、はっきりとドアを叩く音が響いた。
「……ハァ〜〜……」
ベッドからむくっと起き上がったフランが、暗闇の中で深いため息を吐いた。
「まったく……本当に手のかかる奴だ……」
ボヤきながらもどこか呆れたような顔で、フランはゆっくりとドアの方へと歩いていくのだった。




