旅の道中
「ああーっ!! なんでこんな山道行かなきゃなんねえんだよっ!! カイトのやつはいいよな! あっという間に空飛んで行っちまってさぁ!」
フランがあからさまにイライラした様子で毒づきながら、険しい森の中を進んでいく。ブツブツ文句を言いながらも、彼は先頭に立って後ろからついてくる僕たちのために邪魔な枝木を避けてくれていた。
「まあまあ、そうイライラすんなって。せっかくの美形が台無しだぞ?」
「うるせぇ!」
ケラケラと軽やかに笑いながらフランを宥め、自らも剣を抜いて邪魔な枝を切って道を切り拓いてくれるアーシュ。
「ごめんね、ふたりとも……僕が不甲斐ないばかりに……」
申し訳なさそうに謝る僕に、アーシュは振り返って爽やかな笑顔を向けた。
「いーのいーの! 俺らはこういう力仕事には慣れてるからさ! それより勇斗は、アニーちゃんがケガしないようにしっかり守ってあげててな!」
「任せて! ……って、アニー?」
アーシュの気遣いあふれる言葉に、アニーはまたしても耳を赤くし、僕の胸元にすっぽり隠れてしまった。それでも気になるのか、クリクリとした目だけをひょっこり出してアーシュの背中を盗み見ている。
「それよりアニー、方向はあっちで合ってるのか?」
僕が尋ねると、アニーは胸元から顔を出して鼻をくんくんと鳴らした。
「う……うん! まだ遠いけど、あっちから『青』の匂いがするの!」
そう言って、アニーはまだ白黒のままの右前足をピンと伸ばして方角を示した。
「……あれ?」
アニーの指さす方向と、今僕たちが進んでいる山道の方向に、微妙なズレがあることに気づく。
「ねえ、アーシュ。なんか向かってる方向が少しズレてない……?」
僕が不安になって問いかけると、アーシュはパッと振り向き、どこか含みのある笑みを浮かべた。
その時——。
「おい、着いたぞ!!」
先頭を行くフランの威勢のいい声が響き渡った。僕たちはフランの声に誘われるように、開けた場所へと駆け寄る。
それまで視界を遮っていた深い森がパァッと拓け、僕たちの眼下に広大な街の風景が見下ろせた。
「街……? でも、目的地はもっと向こうのはずじゃ……」
不思議に思ってアーシュを疑問いっぱいの顔で見上げると、彼はまたしてもにっこりと頼もしく微笑んだ。
「目的地は『海と氷の国』なんだろ? 昔は氷なんてなかったらしいが、世界が変質して寒くなってるなら……まずはこの街で、しっかりした防寒具を手に入れた方がいいと思ってな!」
「……!」
ただ目的地を目指して突き進むことしか考えていなかった自分と違って、アーシュはこれから向かう過酷な環境まで見越して計画を立ててくれていたのだ。
自分の経験のなさを少し恥ずかしく思いつつも、心から感激してしまう。本当に、このふたりが一緒についてきてくれて良かった。
(……あ、アニーまで……)
ふと腕の中を見ると、アニーはすっかり目を輝かせ、アーシュのことを羨望の眼差しで見つめていたのだった。
山を下りて街に降り立つと、そこは驚くほどの活気に満ちあふれていた。
路地の両脇には色鮮やかな布を広げた露店や木造の店舗が所狭しと立ち並び、威勢のいい商人たちの呼び込みの声や、行き交う人々の笑い声が飛び交っている。
積み上げられているのは、丸ごと一個が赤く熟した見たこともない巨大な果実や、鈍い緑色の光沢を放つ不思議な鉱石の指輪、香辛料が独特の香りを漂わせる大鍋。
「すごい……! アニー、見てよこれ!」
僕とアニーは、初めて目にする異世界の市場にすっかり目を奪われ、子供のように目を輝かせていた。
世界に『赤』と『緑』が戻っただけでも、果実の鮮やかさや店先に並ぶ葉野菜の瑞々しさが際立ち、街全体がこんなにも華やいで見えるのだ。もしも『青』を含めたすべての色が戻ったなら、どれほど眩しく美しい街になるのだろうと胸が踊る。
その横で、フランがずっしりと重そうな革袋の口を開け、中の金貨を真面目な顔で見つめながら呟いていた。
「防寒具もそうだし、向こうでの野営用の道具もいるかな……。予算と相談しないと……」
いつもは呑気に見えるフランも、こういう準備に関しては意外と頼もしく思案している。
すると、アーシュが穏やかな笑みを浮かべながら、僕とアニーに歩み寄ってきた。
「ふふ、あまりキョロキョロしてちゃダメだぞ?」
アーシュはそう言って、僕の頭に巻き直すようにスカーフの形を整え、続いて僕の胸元にいるアニーの身体を覆っているスカーフの結び目を丁寧に結び直してくれた。
「君たちはまだ、この世界に取り戻せていない『色』を持っているからね。街の人に見られないよう、しっかり隠しておかないと」
旅に出る際、僕たちの衣服はメアリーが用意してくれたこの世界の服を着ていた。だからアーシュが注意してくれているのは——僕の肌の色と、アニーの身体のことだ。
アニーの毛並みは、砂漠の砂を思わせるやわらかなクリーム色と、淡く赤みを帯びた暖かな小麦色が美しく混ざり合っている。腹部は粉雪のように純白で、大きな耳の縁や尻尾の先にはキュートなアクセント。そこに神秘的な紫と緑の瞳、そして背中の小さな羽——。
まだ世界に完全な色彩が戻っていないこの街で、その美しい毛並みや神秘的な姿があらわになれば、間違いなく目立ってしまうだろう。
「……うん、分かった」
僕とアニーは気を引き締め、自分と相手の身体を覆うスカーフの端をキュッと確かめ合った。




