旅立ちへ
「フランも、一緒に行ってあげてね」
メアリーが柔らかく目を細め、優しくそう語りかけた。
「えええーーーっ!? メアリーちゃんと離れなきゃならないなんて嫌だよー! なんでぇーー!!」
途端に世の終わりみたいな顔をして情けなく叫ぶフラン。そんな彼の背中を、威勢のいい声がガシッと叩いた。
「行こうぜ、フラン!!」
フランが驚いて振り返ると、そこにはさっきまでのドレス姿からいつの間にか着替えを済ませたアーシュが立っていた。凛とした騎士服に身を包み、不敵な笑みを浮かべている。
「はぁ!? なんでだよ!! アーシュ、お前だけ行けよ! 俺を巻き添えにするなよ!」
「まあまあ、ちょっと耳貸せって」
必死に抵抗するフランに、アーシュはニシシと笑いながらスッと顔を近づけ、何かを耳打ちした。
「は!? え……? ……まあ……そういうことなら……」
さっきまでの拒絶反応が嘘のように、フランは急にモジモジとし始めた。
「わ、分かったよ……ついていくよ。ちょっと準備してくる……」
そう言うと、どこか顔を赤らめながら、重い足取りで、だが心なしかウキウキした様子で部屋を出て行ったのだった。
僕は気になって、アーシュにこっそり尋ねた。
「……ねえアーシュ、なんて言ったの?」
「フフッ、大したことじゃないよ」
アーシュは悪戯っぽくウィンクしてみせた。
「『次の青の世界で“青”を取り戻したら、この薄暗くなった世界でお前のその瞳は今までよりも美しく光り輝くはずだ。そんな瞳で見つめたら、メアリーはお前の虜になってしまうかもしれないぞ』ってね」
「さすが幼馴染、フランの扱い方をよく分かってるな」
傍らで見ていたトニーが呆れつつも感心したように笑う。フランのメアリーに対する純情と単純さを見事に利用した完璧な誘導だ。
「任せてよ! フランのフォローも、アニーちゃんの護衛も、この俺が全力でやるから!」
アーシュは胸をポンと叩くと、僕の腕の中にいるアニーに向かってパチンとウィンクを飛ばした。
「お前なぁ……いくら女好きだからって、メス狐にまで発情してんじゃねえよ」
トニーが笑いながらツッコミを入れるが、アーシュはどこ吹く風で爽やかに笑ってみせる。
「いやいや、アニーちゃんは特別だよ」
アーシュにまっすぐな笑顔で見つめられ——。
「っ……!!」
あのアニーが、耳まで真っ赤にして顔を覆った。そして照れ隠しのように、僕の服の胸元へもぞもぞと勢いよく潜り込んできたのだ。
(えっ……アニーが、こんな反応することあるんだ……!?)
普段は毒舌で強気なアニーが見せた意外すぎる一面に、僕は驚きつつも思わず頬が緩んでしまう。服の上から、胸元で小さく丸まるアニーの背中を、愛おしさを込めて優しく撫でてあげた。
パーティの顔ぶれが揃い、僕たちは旅立つ準備を整えた。
この世界での移動は、現実世界からここへ来るときのような「額縁をくぐり抜ける」ものとは違う。あれは境界を越えるときだけの特別な手段で、ページ内の移動や隣国への旅は、こうして自分の足で歩くか、馬車を走らせるのが基本なのだ。
城の門前で旅立ちの挨拶を済ませると、腕の中のアニーがすっと鼻先を持ち上げた。
「あっちよ。あの冷たい風が流れてくる方角に、私の嗅覚が反応してる」
アニーが鼻で指し示した方向を見つめながら、僕は周囲のみんなに語りかけた。
「ひよりから聞いた話だと、次に向かうのは『海と氷山の国』らしいんだ」
「「「海と氷山……?」」」
僕の言葉に、アーシュやフランたちが一斉に首を傾げた。
「海がある国なら知ってるけどな……全体が凍りついているような場所なんて、この周辺にはなかったはずだぞ?」
フランが不思議そうに顎に手を当てる。どうやら、世界から「青」の色彩が失われている影響で、周囲の風景や国の境界そのものが変質してしまっているらしい。
「よし、なら僕がひとっ飛びして上空から見てくるよ!」
カイトが背中の漆黒の翼を大きく広げ、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「お待ちください、カイト様!! 私もお供いたします!」
大きな身体を揺らして前に出たドレイクが、一瞬にして『ぽんッ』と音を立てて小さくなった。次の瞬間には、手のひらサイズの可愛らしいピンク色のウサギへと変身している。
ぴょんと軽やかに跳ね上がったドレイクウサギは、慣れた動作でカイトの肩へと飛び乗った。
「では、上空から境界の様子を探ってまいりますぞ!」
「じゃあな、先に行って道を確認してくる!」
「よし、俺たちも歩き出すか! メアリーとトニー、留守は頼んだぞ!」
アーシュが爽やかに笑いながら、見送りに立っていたトニーの肩を叩く。
「ああ、任せとけ。お前たちも気をつけてな。……フラン、足引っ張るなよ?」
「分かってるよ! メアリーちゃんのために絶対“青”を取り戻して帰ってくるからな!」
トニーのからかいにフンと鼻を鳴らしつつも、フランの瞳には確かな決意が宿っていた。
「それじゃあ、行こう!」
僕の呼びかけに、胸元で小さく丸まっていたアニーが顔を出し、みんなが力強く頷く。
城門をあとにした僕、アニー、アーシュ、フランの一行は、空を進むカイトたちを追いかけるように、まだ見ぬ「海と氷山の国」を目指して踏み出したのだった。




