風格
「また旅に出るのか?」
ゼインが低いトーンで聞いてきた。
「は、はい。次は青の鉱石を探しに行く予定です」
「そうか……。色が消え魔力の均衡が崩れているこの世界ではどんな魔物が襲ってくるか……。それなのに剣も持たずにか……?」
「はい……。僕が持っていても使いこなせないので……」
「では、これを持っていけ」
そう言ってゼインが差し出してきた手には、ちょこんと小さなピンク色のウサギが乗っていた。
「え? ウサギ……? しかも手のひらサイズの……?」
ウサギはヒクヒクと小さな鼻を動かし、辺りの匂いを確かめるようにくんくんと嗅いでいる。
「これは、我が国の騎士団長だ」
「は!? この可愛らしいウサギちゃんが戦えるのですか? 何か一発で魔物をやっつけるすごい魔法とか……!?」
『いえ、そのような魔法は使えません』
「え……いま喋ったのって、このウサギちゃん……!?」
僕と抱っこされたアニーは、同時に目を丸くしてウサギを二度見した。
次の瞬間、そのピンク色のウサギはスッと上体を起こすと、まるで人間のように二本足で立ち上がった。
そして、ゼインの手のひらから『ぴょんッ』と軽やかに飛び跳ねたかと思うと——着地と同時にその体がむくむくと膨れ上がっていく!
「うわっ……!?」
勢いよく巻き起こった煙が晴れたそこに現れたのは、ピンク色の短髪に、ゼインにも負けず劣らずの逞しい体格をした筋肉隆々の大男だった。
男はその場にズシンと深々とひざまずき、頭を垂れた。
「私はドレイクと申します。我が王、ゼイン様に仕える騎士団長にございます」
重厚で渋い低音ボイス。あんな愛くるしいピンクのウサギから、こんなガタイのいいオッサンが出てくるなんて誰が予想できただろうか。
……って、待てよ?
(あ……! そうか、僕たちが『赤』を取り戻したから、この人がピンク色だって分かったんだ……!)
世界の色彩が戻ったからこその変化に、僕は一人で妙に納得してしまった。そんな僕の混乱を置き去りにして、メアリーが小走りでドレイクの元へ駆け寄る。
「ドレイクさん!!」
「これはこれは、メアリー様。お久しゅうございます。いつ見てもお麗しいお姿にあらせられ——」
「挨拶はいいから!! この子を見て!」
メアリーはドレイクの言葉を遮り、僕の腕の中にいるアニーをビシッと指さした。
「この子、記憶がないみたいなんだけど……あなたの国の出身じゃないかと思って」
「……どういうこと……?」
目の前で目まぐるしく展開する光景に頭が追いつかず、僕は思わず呟くのが精一杯だった。
ドレイクは厳格な面持ちでアニーを見つめながら、静かに語り始める。
「私の出身国は、半獣半人の国なのです。このように人の姿と獣の姿を自在に変えることができ、獣の姿のままでも人の言葉を解します」
「そうなんだ……」
「この子……アニーはね、このフェネックの姿でありながら言葉を話せるのよ。どう? 何か心当たりはないかしら?」
メアリーがすかさずドレイクへ問いかける。ドレイクは大きな手をゴツゴツとした顎に当て、アニーの顔へぐっと急接近した。
アニーは「な、なに寄ってきてんのよ……」と言いたげに身をすくめ、警戒しつつも僕の腕の中でじっと耐えている。
「そうですなぁ……。我が国にもキツネの獣人はおりますが、このようなフェネックというのは見たことがございませんな……」
ドレイクは腕を組み、アニーの背中に生えた小さな翼をじっと見つめた。
「それに、背中に羽が生えておりますな。祖国において羽を持つ者は鳥類の獣人以外におりませぬ。……極めて不思議な存在ですな」
メアリーが最初に会ったときに言った「アニーに記憶がない」という言葉を、ずっと覚えていてくれた。そして、僕たちの知らないところで、人知れず手がかりを探してくれていたのだ。その優しさと温かさに、胸がじんわりと熱くなる。
「そうなのね……。あ、ごめんねアニーちゃん。せっかく期待させておいて、役に立てなくて……」
申し訳なさそうに眉を下げ、悲しげな瞳でアニーを見つめるメアリー。
「いやいや! 探してくれただけで十分——」
僕が慌ててフォローしようとした言葉を遮るように、腕の中のアニーがすっと小さく口を開いた。
『ううん。調べてくれて、ありがとう』
……驚いた。
あれほどメアリーに対して「何よこの女」と言わんばかりに警戒心丸出しだったアニーが、素直に感謝を口にしている。アニーの柔らかくなった表情を見て、僕は「やっぱりメアリーはすごいな」と心から感心してしまった。どんなに心を閉ざしている相手でも、その真心で解きほぐしてしまうのだから。




