新たな出会い
ゼインに促されるまま城の中へ入り、重厚な一室へと案内された。その巨大な扉を、僕は精一杯の力で押し開ける。
扉が開いた瞬間、目に跳び込んできたのは鮮やかな光景だった。部屋には真っ赤な絨毯が敷き詰められ、奥には真っ赤な革のソファ。その真ん中に、メアリーがちょこんと座っていた。
彼女の髪や肌はまだ色が戻っていないためモノクロのままだが、瞳は美しいエメラルドグリーンに輝き、そしてふっくらとした唇は、まるで熟したイチゴのように瑞々しく美しい「赤」に染まっている。
着ているドレスは白地だが、裾には真っ赤なバラとその深い緑の葉や茎が美しく描かれており、まるで完成された一着の美術品のようだった。
「メアリー……」
あまりの美しさに、僕は言葉を失った。そのまま吸い寄せられるように、ゆっくりと彼女の方へ歩み寄っていく。ふところに隠れていたアニーも安心したのか、お気に入りの赤のスカーフを揺らしながら、僕の肩へと登ってきた。
微笑みながら、ゆっくりと立ち上がり近づいてくるメアリー。もう、彼女から目が離せない。
僕たちもメアリーの方へ足を進める。徐々に距離が縮まり、すぐ真下に彼女の顔がきた。
メアリーがそっと目を閉じ、ゆっくりと顔を上に向ける。
(…ええっ!? これ、キスだよね!? キスする流れだよね!? ご褒美ってこと!? ゼインが言ってたもんね!? 褒美をやるとかなんとか!!)
ふと気配がしたので横を見ると、いつの間にかトニーとフランも並んでいて、微笑ましく僕らを見ていた。
(え!? そんな、赤が戻るってここまでの大事だったの!?)
どんどん近づいてくるメアリーの顔。いつもなら「何やってんのよ!」と割り込んで邪魔してくるアニーすら、息をのんでこの様子を凝視している。
(あれ? 今フラン、微笑んでるってより……ニヤニヤしてなかった?? これ何? まさかの夢オチ……??)
だが、葛藤する暇もなくメアリーのイチゴ色の唇が至近距離まで迫る。僕は意を決してメアリーの両肩にそっと手を置き、その意に応えるように優しく口づけを交わした。
触れ合った柔らかい唇から、言葉には表せないほどの幸せが胸いっぱいにこみ上げてきて——。
「……何してるの!?」
甲高い鋭い声が部屋に響き渡り、僕はハッとして振り返った。
そこに立っていたのは、僕が今まで一度も見たことがないほどの「本気で怒った顔」をしたメアリーだった。
怒っていても信じられないくらい可愛い。瞳の輝きも、瑞々しい唇の色も完璧に戻っていて、色気すら増している。
……あれ??
じゃあ、今僕が肩を抱いてキスした、目の前にいる「このメアリー」は一体誰……!?
固まる僕の横で、様子を見ていたフランが耐えきれなくなったようにお腹を抱えて爆笑し始めた。トニーも背を向けて肩を激しく震わせている。ゼインは相変わらず大きな体で腕組みをしたまま、フッと鼻で笑みを浮かべるだけだ。
「……んだよ、邪魔すんじゃねえよ。これから面白くなるとこだったのに……」
僕が口づけたばかりのメアリーから発せられたのは、低く野太い「男の声」だった。
「え……? 男……?」
僕が目をぱちくりさせて呆然としていると、本物のメアリーがその偽メアリーの元へズカズカと強い足取りで近づいてくる。
「あんたに勇斗のこと話したのは、こんなことさせるためじゃない!!」
「まあまあ、そんな怒るなって。ただのオフザケじゃん」
そう言いながら、偽メアリーは僕の背中に逃げ込むように隠れてきた。そして後ろから僕の肩に両手を置き、耳元へ顔を寄せると、
「ねえ〜守ってよ、勇斗ぉ〜」
と、甘ったるく吐息を吹きかけながら、声を柔らかくして語りかけてくる。
(うわああああっ! 声は男なのに顔はメアリーだし、距離が近い!!!)
男だとわかっても僕の鼓動はますます速くなるばかりだ。目の前には憤怒の相を浮かべた本物のメアリー。背中には僕を盾にする謎の偽メアリー。
「え、ええと……これは一体……?」
肩に置かれた男らしい強い力強さをひしひしと感じながら、僕はそれだけをどうにか絞り出した。
すると、メアリーが途端にハッとした顔になり、僕にキラキラとしたエメラルドグリーンの瞳を向けてきた。
「ごめんね、勇斗。変なことされなかった……? それ、私の双子の弟の『アーシュ』なの」
「はあっ!? 双子!?」
驚いて振り返り、じっくりと二人を見比べた。
確かに……よく見れば着ている服の肩幅が一回り大きく、袖から覗く両腕には引き締まった筋肉がついている。だが、顔立ち自体は本当にメアリーと瓜二つだ。
「いや〜仕方ない仕方ないよ、俺綺麗だし。声出すとバレるから出さなかったしさ〜」
アーシュは悪びれる様子もなく、あっけらかんと言い放つ。
「アーシュ!!」
メアリーが角を生やす勢いで一撃食らわせようと詰め寄ると、アーシュは「っと」と軽やかに身をかわし、長い髪を手際よく後ろの高い位置でサッと一つに結び直した。
「改めて。はじめまして勇斗。俺はアーシュ」
ニッと不敵に笑い、差し出されたその手を握り返す。その手はゴツゴツと力強く硬い触感で、本物のメアリーの柔らかい手とは比べようもないほど違っていた。
「双子ってことはわからなかったけど、男ってことくらい、匂いでわかったわ」
上空で小さな羽根をパタパタと羽ばたかせながら、よちよちと飛ぶアニーが、可笑しそうに「なんでわかんないのよ」とくすくす笑う。
「え!? お前、わかってたのか!?」
「当たり前じゃない! フェネックの鼻をナメないでよね!」
「なら教えろよ!!」
僕の叫びに、アニーは「だって面白そうだったんだもん」と悪びれもせずに肩をすくめた。
なるほど……合点がいった。
いつも僕がメアリーと楽しそうに話していると、露骨に嫌な顔をしたり、間に割り込んで邪魔をしてくるあのアニーが、今回はなぜかおとなしく静観していたわけだ。
最初から「メアリーじゃない(しかも男)」と見抜いた上で、僕が騙されてニヤニヤしているのを高みの見物決め込んでいたらしい。
(アニー、本当に性格悪……いや、ちゃっかりしてるな……!!)
僕が頭を抱えていると、アーシュがごつごつした大きな手で僕の肩をぽんと叩いた。
「いやぁ勇斗、いい反応をありがとうな! おかげで溜まってた鬱憤が晴れたよ。メアリーの奴、お前のことばっか褒めるもんだからさ」
「アーシュ、いい加減にしなさい!」
メアリーがエメラルドグリーンの瞳を怒らせて踏み出してくると、アーシュは「はいはい、すみませんでした」とあっさり手を挙げた。
ドタバタ劇はようやく一段落したものの、僕のファーストキスの相手がメアリーの双子の弟だったという衝撃は、しばらく消えそうにない。
「その程度で見抜けぬとは、お前の愛は我のそれに比べて大したことがないな。メアリーはこんなにも甘い花の匂いがするというのに……」
腕組みをしていたゼインが重々しく口を開き近づいてきた。そのまま、そっとメアリーの腰を引き寄せ、後ろからメアリーの首筋の匂いを愛おしそうに嗅いだ。
「ちょっと待て、エロ国王!! メアリーちゃんに馴々しく触ってんじゃねえよ!」
それを見たフランが目くじらを立てて二人の間に強引に割り込み、ゼインの手をガシッとはじき返してメアリーを引き離した。
「アーシュに似てるのは顔だけだろ! 本物のメアリーちゃんはもっと可憐で、バラの香香しい優雅な匂いがするんだよ! 勇斗もデレデレしてないでシャンとしろ!」
「う、すいません……」
フランの力強い抗議に押され、ゼインは「……フン、無礼な奴め」と興醒めしたように鼻を鳴らす。
「まあまあ、フランもゼイン様も落ち着いて。みんな無事で、何より『赤』が戻ったんだから」
トニーが苦笑いしながら場を宥め、ようやく部屋の空気が少しだけ落ち着きを取り戻した。
散々弄ばれてドタバタ劇の渦中に立たされた僕だったけれど、目の前で微笑む本物のメアリーのイチゴ色の唇と、エメラルドグリーンの瞳の美しさには、やっぱり何度見ても胸がキュンと鳴ってしまうのだった。




