第三の配色
「あ、待って勇斗! 飛び込む前に、次のページも見ておかないと!」
「あ……そっか! 次の国が何色を奪われてるのか分かってないと、向こうで探せないもんな」
アニーが光を放ちかけるのを間一髪で止め、ひよりがすかさず虫眼鏡を構えて、パラリと捲られた2ページ目と、その奥の3ページ目を覗き込んだ。
「あ……! すごい! 勇斗、これ見て!」
「え? なに?」
「2ページ目のゼインさんの城の背景……遠くの地平線のところに、次の3ページ目の絵が少しだけ重なって見えてるの!」
ひよりに言われて虫眼鏡越しに絵を凝視すると、確かにゼインの真っ黒な城の背後に、うっすらと白く霞んだ険しい氷山のような景色が滲むように描かれていた。
「ほんとだ……! 世界が境界線で繋がってるんだ……!」
「うん! で、その繋がってる先の3ページ目なんだけど……大きな海と氷の城みたいな場所なの。全体的にどんよりしてるけど、ここ、本当は絶対綺麗な『青』が入る場所だよ! だって空も海も全部、真っ白なんだもん!」
虫眼鏡越しに見える3ページ目の世界は、本来なら澄み渡るような青空と群青の海が広がっているはずの、静寂に包まれた氷の世界だった。
『なるほどね……! 『緑』『赤』と来て、次は『青』ってわけね!』
アニーが納得したように頷く。
「よし、ゼインさんの国で『赤』の異変を確かめたら、あの城の向こうに見える氷山を目指せば『青の鉱石』に辿り着けるかもしれないな!」
「あ! 勇斗、服! 向こうの白黒の服に着替えないと! 異世界の服じゃなくなったら速攻で怪しまれるんでしょ!」
「あっ、そうだった……! あぶないあぶない!!」
ひよりの鋭いツッコミに焦った僕は、慌ててアニーを下ろし、ベランダに干してあったあの白黒の服へと袖を通した。ひよりが綺麗に洗濯してくれたおかげで、泥汚れも落ちてすっかりさっぱりしている。
「よし……これで完璧! ひより、サンキュー!」
「ふふ、いってらっしゃい!」
気を取り直して、僕は再びアニーをぎゅっと抱きかかえた。
「よし、行こうアニー!」
僕がぎゅっとアニーを両手で抱きかかえると、アニーは大きな耳をピンと立て、首元に巻いた赤のグラデーションのスカーフを誇らしげに揺らした。
そして、その愛くるしいフェネックの顔立ちのまま、濃い紫の右目、濃い緑の左目に可憐かつ幻想的な光を放ち始める。
僕はアニーをしっかりと抱きかかえたまま、絵本を囲む豪華な額縁の隅に嵌め込まれている「あの特別な宝石」へと手を伸ばし、そっと指先を触れさせた。
——キィン……ッ!
澄んだ金属音のような魔法の音が響き渡ると同時に、額縁の宝石から紫と緑の眩い光の渦が溢れ出し、僕たちの身体をふわっと包み込んでいく。
「行ってきます、ひより!」
「気をつけてね、ふたりとも!」
背後で聞こえるひよりの声を聞き届けながら、部屋の景色が光の粒子となって溶けていく。
心地よい浮遊感とともに、僕とアニーは「赤を取り戻したゼインの国」へ向けて、絵本の中の世界へと飛び込んだ。
◇
「……着いた……!」
足元に冷たく硬い石畳の感触が戻る。目の前に広がっていたのはゼインの城下町だが——その景色は一変していた。
どんよりとした白黒の世界の中で、広場の花壇には燃えるような朱赤の花々が咲き誇り、遠くに見える真っ黒な城の塔には、鮮やかな赤の国旗が風になびいている。
「すごい……! 本当に『赤』が戻ってる……!」
『ふふん! これが色彩復元の力よ!』
アニーが赤いスカーフを揺らして自慢げに胸を張る。
と、その時——。
「おい、そこでマヌケな面をして突っ立っているのは誰かと思えば……勇斗じゃないか」
ゼインの声にハッとして振り返る。そういえば、ゼインの好きな色は「赤」だったはずだ。
振り返ってゼインを見上げ、僕は思わず口をつぐんだ。
ゼインの瞳は、まるで内で炎が燃え盛っているかのような力強い赤色に染め上げられていた。白黒の時にはなかったその眼光の恐ろしさといったら——。
(こ、こ、こえぇぇぇえ!!! 赤が戻って、より怖くなってんじゃんっ!!! 自分の瞳の色だから赤が好きって言ったのかよ!!)
僕の腕の中でアニーも完全に怯え、すぽんと僕のふところに潜り込んでしまった。そこからおずおずと鼻先と大きな耳を出して外を窺っている。
「……中でメアリーも待っているぞ」
ゼインが不敵に微笑みかけるので鳥肌が立ちそうになった。




