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ノスタルジア・パレット 〜白黒の絵と、僕らの異世界色集めの旅〜  作者: VANRI


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染色

「じゃあ、いくよ勇斗!」


 ひよりがアニーから託されたあの不思議な虫眼鏡を構え、絵をじっと覗き込む。


「ここ……!  街の外れにある花壇の花弁ね! 」


 ひよりは筆の先に、できたばかりの鮮烈な「赤の絵の具」を慎重に含ませた。

 虫眼鏡のレンズ越しに見える、色のついた世界。その一点——花びらのラインにそっと筆先を滑らせた。


 ——じわぁっ……!


 その瞬間、1回目の「緑」の時と同じ奇跡が起きた。

 ひよりが塗ったのはほんの数ミリの小さな一筋だったはずなのに、赤の絵の具はまるで生きて命を得たかのように、自然と紙の繊維を伝ってスーッと広がり始めていく。


「すごい……!  広がっていく……!」

「本当だ! 吸い込まれていくみたいだ……」


 ひよりと一緒に歓声をあげた。


 白黒だった花壇には燃えるような朱赤の花々が咲き誇り、殺風景だった黒い城の塔には、威厳に満ちた真っ赤な国旗が鮮やかに浮かび上がっていった。

 と、その時だった。


「あれ……?  勇斗、この絵の右端……紙が浮き出てない?」

「え?」


 ひよりが指さした場所を見ると、一枚のぶ厚い絵だと思っていた用紙の右端から、スッと金色の光が漏れ、ふわりとページが捲れるように浮き上がっていた。


「これ……一枚の絵じゃなくて、折りたたまれた『絵本』だったの……!?」


 僕がそっと指先でその端をめくると、サラリ……と音を立てて新しいページが開かれた。


「あ……!  ここ、この間行ったゼインさんの国だ……!」


 めくった2ページ目に描かれていたのは、あの恐ろしい雰囲気を纏った真っ黒な城と、その城下町。

 ほとんどがまだ白黒のままだが、僕たちが今塗り進めた「赤」、そして前回の「緑」のみが、お城のフラッグや街の花壇や草木にバッチリと鮮やかな色を反映していた。


「1ページずつ、違う国が描かれてるんだ……!  ページをめくるごとに、色が戻っていくのがわかる……!」


『ふにゃあ……!  すごい……!  『赤』が本当に戻ってる……!』


 アニーもテーブルの上で目を輝かせて絵本を見つめている。


(赤の色が戻ったら、あのメアリーの唇は一体どんなに美しくなっているんだろう……。「赤を奪われた私の唇を、今度はあなたが奪って♡」……なーんて展開、あったりしないかなぁ……!!)


「……と」

「勇斗!!!」


 自分の名前を強く呼ばれ、僕はハッと正気に戻った。視線を下げると、鬼のような形相をしたアニーがテーブルの上から僕を睨み上げていた。


『なんなの、その腑抜けた顔は!!  だらしないったらありゃしないわ!!  どうせまたスケベなことでも考えてたんでしょ!!』


「な……!!  そ、そんなわけないだろ!!」


 思わず声が裏返る。図星すぎて冷や汗が噴き出し、めちゃくちゃ焦って視線を泳がせた。


『もーー!!  だから見てって言ってるのよ!!』


「え?  何を……?」


『あれよ、あれ!!』


 アニーがプンプンと怒りながら、小さな前足でピシッとベランダのほうを指し示した。


 僕とひよりが言われた通りにベランダへ目をやると——ひよりが洗濯して干してくれていたあの服の山の中で、アニーがメアリーから貰ったスカーフが、まるで魔法のように鮮やかな赤のグラデーションへと変化していた。


『絵の中の物は、絵に色がついたらちゃんと本来の色に反応するのよ……!』


 先ほどまでの怒り顔から一転、アニーは小さな胸をあつそうに膨らませ、瞳をうるうるさせながら感動に浸っている。


「すごい……!  本当に色が入ってる……!」


 感動しつつ、僕はひよりが洗ってくれた自分自身の服にも目をやった。

 ……が、僕の上着やズボンは相変わらず白と黒のままだ。


(ということは……この服の白い部分は、実は薄い別の色で、黒い部分は濃い別の色……つまり、まだ復元していない他の色が隠れているのかもしれない。……あるいは、単に本当に『白と黒』の服なだけなのか)


「勇斗、スカーフの色……すごく綺麗だね」


 ひよりが風に揺れる真っ赤なスカーフを見上げながら、どこか感心したように呟く。


「うん……!  間違いなく、向こうの世界にも『赤』が戻ったんだ」


 メアリーの美しい唇に思いを馳せつつ、僕たちは完成した「赤のパレット」と鮮やかさを取り戻したスカーフを手に、再び異世界へと戻る準備を始めるのだった。


(もしかしてメアリーは、このスカーフが本当はどんな色なのか分かっていて、アニーに手渡したのかもしれないな……)


 異世界へ行く準備を整えながら、アニーの様子を横目で見る。

 アニーは鮮やかな赤のグラデーションを取り戻したスカーフを、誇らしげに、そして実に嬉しそうに自分の首元へキュッと巻き直していた。自分が身につけるものの色を知っていたメアリーの粋な計らいだったとしたら、やっぱり彼女はどこまでも聡明で美しい。


 僕はひよりが綺麗に洗濯してくれた、相変わらず白と黒のままの服へと袖を通した。まだ見ぬ色が隠されているのか、それともただのモノクロなのか——その答え合わせは、これからの旅の中に委ねられている。


「よし……準備完了だ」


「うん!  気をつけてね、勇斗!  アニーちゃん!」


 エプロン姿のひよりが、少し心配そうに、けれど温かい笑顔で僕たちを見送ってくれる。



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