赤絵の具
僕たちが食べているのを見ながら、思い出したようにひよりが訪ねてきた。
「そういえば、帰ってきた時に見たことない服着てたけど、絵のなかのもの?」
「うん、そうだけど……あれ? 疲れて脱ぎ捨ててたかも……! どこに置いたっけ??」
「そっか、色がなかったからそうなのかなって思って。汚れてたから洗濯して干しておいたよ」
「え、洗ってくれたの!?」
「うん。やっぱり白黒の世界の服は色がないんだね〜」
ひよりは何気ない様子でベランダの方を指さした。
異世界の黒い城で砂埃に塗れ、ゼインたちの威圧感に揉まれる中で泥汚れもついていたはずの服。それを当たり前のように洗濯して干してくれているひよりの甲斐甲斐しさに、頭が下がる思いがした。
(本当に気が利くし、優しいなぁ……)
異世界の服という超常的な存在に対しても、「色がなかったから」とすんなり受け入れて世話を焼いてくれるひより。
「ありがとう、かなり汚れてたから助かったよ。あの服、向こうの世界で着てたんだ」
「ううん、気にしないで。……で? その『向こうの世界』で、一体何があったの?」
ひよりは腕を組み、真剣な眼差しで僕を見つめてきた。テーブルの上の「生返り咲いた花」と、プラスチックケースに収められた「赤の鉱石」、そしてベランダで揺れる白黒の服——。
いよいよ、異世界での大冒険と「赤の絵の具作り」について、ひよりに詳しく話すタイミングがやってきたようだ。
ひよりに異世界で体験した出来事を一から話した。
黒い城の威圧感、ゼインの恐ろしくもちょっとチョロい素顔、メアリーの眩しすぎる可憐さと常識外れの怪力、そしてアニーの活躍……。
ひよりは相槌を打ちながら、ひと言も聞き逃さないようにと、真剣な眼差しで僕の話に耳を傾けてくれた。
「そっかぁ〜! そんなに色が入った世界って綺麗なんだね〜……いいなぁ。あたしも見たいな〜」
「うん!! 本当に綺麗でさ! すごく感動的だったよ!! ……それも全部、ひよりのおかげだよ!!」
「ふふ、そう言ってもらえて嬉しい。やった甲斐があったよ!」
ひよりは照れくさそうに微笑むと、パンッと自分の両手を叩いた。
「よし! じゃ、早速次に移らないとね!」
そう言うと、ひよりは先ほどまでドライフラワーが置かれていたテーブルの上の散らかりを素早く片付け、この間「緑の絵の具」を作る時に使った道具類——すり鉢や用具、そしてあの特別なパレットと筆——を手際よく準備し始めた。
「さぁ勇斗、そのケースに入ってる『赤の鉱石』を出して! 今度はどんな鮮やかな絵の具ができるか楽しみだね」
プラスチックケースの中で静かに佇む「赤の鉱石」を前に、ひよりの手練れたサポートのもと、僕たちは二つ目の色——「赤の絵の具」作りへと着手することになった。
2回目ということもあり、僕たちの作業は驚くほどスムーズだった。ひよりが手際よくすり鉢と用具をセットし、僕がプラスチックケースから恐る恐る「赤の鉱石」を取り出す。
「触っても血が出たりはしないよね……?」
「大丈夫だよ、ただの石に見えるし! ほら、勇斗は砕く担当ね!」
「う、うん!」
すりこぎを受け取り、黒い石に向かって力を込める。緑の時と同じく、最初は固かった鉱石が、ある瞬間にパキンッと軽い音を立てて粉々になった。
「あ、すごい……! 今度は粉になった瞬間に、なんだかじんわり温かい気がする……!」
「本当だ、すり鉢の底がちょっとポカポカしてるかも!」
ひよりが用意してくれた特殊な溶剤を粉末に少しずつ注ぎ込んでいく。
黒かった粉末が液と混ざり合った瞬間——とろりとした、息をのむほど鮮烈な朱赤色へと変貌を遂げた。
夕焼けのようでもあり、燃えさかる炎のようでもある、恐ろしいまでに美しい「赤」。
「よし、これで赤の絵の具は完成だね!」
ひよりが目を輝かせながら、出来上がった絵の具を専用のパレットへと丁寧に流し込んでいく。
パレットに絵の具を移し終えたあと、僕はすり鉢の底に残った「砕いた赤の鉱石の破片」に目をやった。
(そういえば……緑の鉱石は、枯れたドライフラワーに触れた途端に発光して、花を瑞々しい生花に戻したあとパンッと砕けて消えちゃったんだよな……)
もしこの赤の鉱石の破片が何かに触れて、ゼインの言っていた「血」や「熱」みたいな危険な現象を引き起こしたら大変だ。
「この割れた鉱石の破片……また何か別の現象が起きるかもしれないから、ちゃんとしまっておこう」
「そ、そうだね! 念には念を入れないと……っ」
僕とひよりは手袋をはめ、すり鉢に残った赤の鉱石の欠片や粉末をひとつ残らず丁寧に集めると、最初に使っていたあのプラスチックのケースの中へとそっと戻した。
パチンと固くフタを閉めると、なんだか小さな爆発物を安全装置に閉じ込めたような謎の安心感が湧いてくる。
「よし、これで準備万端! じゃあひより、絵に塗っていこう!」
「緑の時は枯れ木に葉が茂るような奇跡が起きたけど……この赤をあっちの世界で塗ったら、一体どうなっちゃうんだろうね」
「ゼインさんの国は……激しいことになりそうだけど、楽しみでもあるよ」
完成した鮮烈な赤のパレットを前に、僕とひより、そしてアニーはゴクリと唾を飲み込んだ。




