赤の鉱石
一呼吸置いて、フランが逃亡を図る気配を察知し、鋭い声を言い放った。
「おい!! そもそもお前が連れ去ったからこうなったんだよなぁ、カイトッ!!」
見ると、カイトは背を向け、バサバサと翼をすぼめながらこそこそと飛び立とうとしている最中だった。
「え!? あれ〜……? そうだっけぇ……?」
しどろもどろになりながら、ダラダラと冷や汗を流して振り返るカイト。
その目の前へ、フランが凄まじい瞬発力で立ち塞がり、ギラリと光る剣先を鼻突き突きつけた。
「こんな使い物にならん鳥は、焼き鳥にして食った方がマシのようだな……」
フランは目の前で刃をチラチラと揺らし、真顔で脅しをかける。
「お、落ち着けフラン!! 誤解だ、誤解だって!! お前らがドラゴンに苦戦してるの見つけてさ! 男二人はどうでもいいんだけど、メアリーだけでも助けようとして降り立ったら、変な匂いの奴が目に入って!! 思わず連れてきちゃっただけなんだって!!」
「誤解でもなんでもないだろ!! 全部お前のせいだろうが!!」
「フラン、そこまでにしてやれ」
ゼインが、先ほどまでの威圧感とは打って変わった低く優しい声色で歩み寄ってきた。
「我が弟は、我に奇妙な生き物を見せたかっただけだ。なんと兄思いの可愛い弟であろう……」
「兄上……っ!」
瞳をうるうるさせるカイトと、満足げに頷くゼイン。その異様な兄弟愛に、フランが叫ぶ。
「ふっざけんなよ!! ゼイン、お前昔から弟に甘すぎんだよ!!」
「まあまあ、そのへんにしとけ」
溜息混じりに割って入ったのはトニーだった。トニーになだめられ、「トニーさんがそう言うなら……」と、フランはゼインとカイトをギロリと睨みつけながら、渋々といった様子で剣を納めた。
その光景を呆然と見つめながら、僕は隣でそのやりとりをどこか微笑ましそうに眺めているメアリーへ、恐る恐る尋ねた。
「みんな……知り合いだったって……こと?」
「ええ、そうなの。以前、みんなで一緒に世界を旅していた時期があったのよ」
「そう、なんだ……」
思わず呟き、心の中で深く溜息をつく。
(このメンバーで旅とか、どう考えても無敵だろ……)
圧倒的な強さを誇る騎士のトニーとフラン、火の魔法を操る凛々しいメアリー、不気味で絶大な力を持つ黒の国王ゼインに、空を飛べるカイト。
それに引き換え、剣すら満足に振れないただの人間である僕と、手のひらサイズの小さな子狐のアニー。
(確かに……剣を持たずに旅をするなんて! と、驚かれても、頼りないと思われても仕方ないよな……)
一騎当千の英雄たちが揃う中で、自分たちの無力さが身に沁みて、僕は胸元でアニーを抱きしめ直しながら少しだけ肩を落とした。
胸元で少し落ち着いたアニーが、するすると僕の服をよじ登り、いつもの定位置である肩へと移動した。
そして、何かを察知したようにクンクンと鼻を鳴らし始める。
「アニー? どうした?」
『あっちから赤の匂いがするわ!』
そう言って、アニーがピンと伸ばしたのは白黒模様の右前足だった。
アニーが指し示した方向へ視線を向けると——そこには、腕を組んで佇むゼインが立っていた。
正直、頬を舐められた恐怖と圧倒的な威圧感で足がすくみそうだったけれど、僕は勇気を振り絞って一歩前へ踏み出した。
「あの……っ!! もしかして、黒い石をお持ちではないですか……!?」
「黒い石……? ……いや、そのようなものは持ち合わせておらんが……」
ゼインは不審そうに眉をひそめる。
僕はアニーと一緒に、恐る恐るゼインの至近距離まで近づいた。アニーは地面に降りるのがまだ相当怖いらしく、僕の肩にしっかりとしがみついたまま、首を伸ばしてクンクンと熱心に鼻を鳴らしている。
『わかった! これよ勇斗!!』
アニーがピシッと力強く指さしたのは、ゼインの身体――ではなく、彼が先ほどまで僕たちに向け、振り回していたあの漆黒の大剣だった。
ビクビクしながら、僕はゼインに向かって尋ねた。
「あの……この剣を譲っていただくわけには……」
「ならん!! これは我が幼い頃から使っていた愛剣だ! 手放すなどあり得ん!!」
ゼインの雷のような怒号が響き渡り、僕はビクッと肩を跳ねさせて声を絞り出した。肩の上のアニーに至っては、すでに涙目になっている。
「で、ですよね……」
その時だった。
「ゼイン、お願い!! その剣にこの世界の未来がかかっているの!!」
メアリーがキラキラと光を纏いながら駆け寄ってきた。(きっと普通に走ってきてくれただけなのだが、僕の目には後光が差す天使のように輝いて見える)
「……まあ、愛するメアリーの頼みとあらば……」
瞬時に表情をほころばせるゼイン。
(えー! チョロっ!! この人メアリーに弱すぎだろ!! 気持ちは痛いほど分かるけどっ!!)
ゼインは大剣を僕に向かって手渡そうとした。だが、ずっしりとした金属の塊は僕の力では到底支えきれず、勢いよく体が持っていかれそうになる。
「うわっ……!?」
倒れそうになった瞬間、メアリーがすっと横から手を差し伸べ、その重厚な大剣を軽々と支えてくれた。
(もうこれ、ほとんどメアリーが持ってるようなものだぞ!? 僕は手を添えているにすぎない……どうなってんの、この子の力!?)
「大丈夫……?」
またしても可憐なエメラルドグリーンの瞳でまっすぐ見つめられ、僕の心臓がドキンと跳ね上がる。
(チッ……)
すかさず肩の上でアニーが盛大に舌打ちをした。
メアリーは僕の足元に、その大剣をそっと静かに置いた。




