仲間
「はっはっは……!! 仲間……だと? こんな小さな生き物が!? 食糧としても毛皮としても役に立たないような出来損ないがか……?」
男は突如として表情から一切の笑みを消すと、僕の目の前まで顔を急接近させてきた。
「だが……初めて見たぞ。魔力を持たない人間が、この世界に存在しているとはな……」
——ガシッ!!
強い力で顎をぐいと掴まれる。抵抗する間もなく、男は舌を伸ばすと、僕の頬をベロっと力任せに舐め上げてきた。
「ッ……!?」
あまりの恐怖と気持ち悪さに目を見開き、僕は全身の血が引いていく感覚の中で微動だにできなくなった。
男は「ふむ……」と不気味に呟くと、掴んだアニーを再び高々と持ち上げた。
「まずは、この小さいのから殺すか」
吐き捨てるように言うと、男は背に担いでいたおぞましいほど巨大な大剣を抜き放ち、その鋭利な刃先をアニーの小さな身体へ向けた。
「やめろ……っ!! やめてくれ……っ!!」
必死で手を伸ばすが、あと数センチが届かない。アニーも涙で濡れた顔で、僕に向かって小さな前足を懸命に伸ばしている。
(お願いだ……届いてくれ……っ!!)
大剣が振り下ろされようとしたその瞬間——バアンッ!! とバルコニーの重厚な扉が激しく打ち破られる音が響いた。
間髪入れず、地面を凄まじい速度で蹴る複数の足音が迫ってくる。
「いい加減にしろ……っ!!!!」
ガキィィィィンッ!!!!
耳を劈くような激しい金属音が鼓膜を揺らす。
アニーの目と鼻の先で、男の大剣が勢いよく弾き返されていた。
舞い散る火花と激しい風圧の中——そこに立っていたのは、青い水流を纏わせた剣を握り締め、怒りで表情を極限まで歪ませたフランの姿だった。
「フンッ……!」
ゼインは大剣を軽く一振破しただけで、フランの打ち込みを軽々と弾き返した。フランの体がぐらりと大きくよろめく。
「おいおい……しばらく会わない間に、国王に対する礼儀を忘れたんじゃないか?」
不敵な笑みを浮かべるゼイン。その言葉に、フランは刃を向けたまま激高する。
「黙れゼイン!! お前こそメアリーちゃんがいないからって、好き勝手しようとしやがって……!!」
その時、バタバタと激しい足音とともに、トニーとメアリーが息を切らせてバルコニーへ駆け込んできた。
「勇斗……っ! アニーちゃん……!」
メアリーの姿を目にした途端、ゼインを包んでいた刺すような冷徹な空気が、すっと和らいだ。
「なんと、メアリーではないか。我が恋しくなって会いに来たのか?」
ゼインが口元を緩めるが、メアリーは迷うことなく僕の前に躍り出ると、両手を広げて僕とアニーを庇うように立ちはだかった。
「そのフェネックを返してあげて!! その子も、この人も……私の大切な客人なの!!」
真っ直ぐに自分を睨みつけるメアリーを見つめ、ゼインは可笑しそうに口元を歪めた。
「ほう……そうであったか。貴重な生き物だが、お前の頼みとあらば仕方ないな……」
そう言うと、ゼインはアニーをまるでゴミでも投げるかのようにポイっとこちらへ放り投げた。
「アニー……っ!」
僕は咄嗟に両手を伸ばし、落ちてくるアニーをしっかりと受け止めた。
『ゆうとぉ……っ、こわかった……っ!!』
アニーはボロボロと大粒の涙をこぼしながら、僕の胸元に必死でしがみついてきた。僕は安堵で震える手で、その小さな背中を「大丈夫、もう大丈夫だから」と優しく何度も撫でさすった。
トニーが落ち着いた、しかし重みのある足取りで歩み寄ってくる。
「ゼイン、からかうのはよしてくれよ。勇斗が怯えきってるじゃないか」
「ほう……ユウトというのか。この魔力のない人間は」
ゼインが興味深そうに僕の名を口にしたその時、胸元で震えていたアニーが我慢の限界を迎えたように「わぁぁっ!」と声を上げて泣き出した。
『こわかった!! こわかったわよぉ!! この大きい男の人が、勇斗を食べようとしたのー!!!』
「はっはっは……! 人間など食べるわけがないではないか!」
「はぁっ!? また舐めたんだろうお前ッ!!!」
フランが今にも飛びかかりそうな凄まじい勢いでゼインへ声を荒げた。
「え……? また……?」
僕がポカンとして呟くと、フランが思い出すだけでも忌々しいといった様子で吐き捨てる。
「こいつ、メアリーちゃんに初めて会った時も頬をベロっと舐めやがったんだ!! このエロ国王がっ!!!」
「仕方がないではないか。魔力量を調べるには唾液を通じて測るのが一番手っ取り早いのだ。おかげで、本当にそのユウトとやらに魔力がないことも判明した」
「だからって……!! 初対面の奴を舐める癖、いい加減やめろよっ!!」
フランとゼインの押し問答をよそに、メアリーが僕たちの前で膝をつき、心配そうに顔を覗き込んできた。
「本当に二人とも大丈夫……? 怪我とかしてない……?」
(ああ、もう本当に可愛い……!! 潤んだ瞳、心配そうに今にも泣き出しそうな顔……!! さっきの死ぬほどの恐怖の後だからか、余計に天使に見える……っ!!)
目の前の神々しさに語彙力を失いかけた僕は、ふとドサクサに紛れて甘えてみようと口を滑らせた。
「ちょっと……腰とか? 痛いかも、しれない……(尻餅ついたから)」
「ええ!? 本当!? ちょっと見せて!!」
「あ、うん……」
メアリーが慌てて僕の背後に回り、僕の腰に優しく手を当てようとしてくれた——その瞬間。
影が差した。
「そうかそうか!! じゃあ『俺』が治してやるから見せてみろっ!!」
視界に入ってきたのは、怒りで額に青筋を立てつつ、恐ろしいほどの笑顔を浮かべたフランの顔面だった。
「痛いところ、この剣で『斬り落とした』方が手っ取り早そうだなあ!!?」
「い、いや……!! もう大丈夫!! 奇跡的に痛みが引いたから!! 本当にありがとう大丈夫です!!!」
抜刀しかけているフランの剣圧に押し潰されそうになりながら、僕は必死で両手を振って撤回するのだった。




