漆黒の城
大きな羽根を持つ鳥人の男に捕まったまま、緑を取り戻した森の上空を猛スピードで通り過ぎていく。
目の前には、広大な景色の先に不気味なほどの存在感を放つ大きな漆黒の城がそびえ立っていた。濃淡しかないグレーの世界であっても、そこだけが光を一切寄せ付けない「真っ黒」であるだろうことが、ひと目で見て取れる。
(うそだろ……あんな城、どこから現れたんだ……!?)
ゴクリと生唾を呑み込んだ。猛烈な上空の風に煽られ、メアリーからもらった大切なスカーフが飛びそうになるのを、僕は必死に片手で押さえ込む。そしてもう片方の腕では、胸元で小さくなっているアニーの身体を優しく包み込み続けた。
城が刻一刻と近づいてくる。やがて男は急降下すると、その最上階にある大きなバルコニーへと僕たちを無造作に投げ落とすように下ろした。
「痛っ……!!」
石造りの床に尻餅をつきながらも、僕は咄嗟にアニーをかばうように抱きかかえて体勢を整えた。スカーフはなんとか手の中に無事残っている。
「ははっ! 無事に到着だ!」
頭上から響く鳥人の男の呑気で不気味な声。冷たい風が吹き抜ける真っ黒な城のバルコニーで、僕とアニーは息を呑んだ。
鳥人は腰を落とし、地べたに座り込む僕らの顔をギロリと覗き込んできた。
目の前に迫る鋭い眼光に心臓が跳ね上がる。僕は咄嗟に手にしたスカーフを引き寄せ、アニーごと顔を隠した。
鳥特有の鋭い嗅覚を使っているのだろうか。男は鼻をフンフンと鳴らしながらクンクンと匂いを嗅ぎ、不思議そうに首を傾げる。
「なんか違う匂いがすんだよな……」
男は鼻筋にシワを寄せ、僕の被っている服やスカーフのあたりに顔を近づけてきた。
「森の匂い……いや、それだけじゃねえな。もっとこう、妙に混ざり気のない……『異物』みたいな匂いだ」
スカーフの隙間から息を殺して見上げる。男の黒い瞳が、怪しむように細められた。
服もスカーフもメアリーがくれたこの世界の衣服だ。けれど、アニーが言っていたように僕たち自身が纏う「異世界の気配」までは完全には消し去れていないのかもしれない。
『勇斗……息を潜めて……』
胸元でアニーが声を出さずに口だけを動かし、僕の服をぎゅっと掴んできた。
捕まった理由は自分たちの正体がバレたからなのか、それともただの気まぐれなのか。男がさらに距離を詰めてきたその時——城の奥、重厚な扉の向こうからザザッザザッ……と静かな重い足音が響いてきた。
ギィィ……と、静寂を切り裂いて重厚な扉が開かれ、奥から大きな人影が現れた。
「カイト……何をしている……」
地響きのような低い声がバルコニーに響き渡る。
ゆっくりと近づいてくるにつれて、差し込む光に照らされ、その姿が鮮明にあらわになっていった。
真っ黒な髪に、鳥人のカイトすら見下ろすほどの高い背丈とがっしりとした体躯。肩からは重厚な黒いマントを羽織っている。服自体は黒を基調としたシックなものだが、細部の装飾は一般的なものとは一線を画す異彩を放っていた。
何より、その佇まいと全身から溢れ出る雰囲気が、肌を刺すような恐怖となってビリビリと伝わってくる。カイトのそれとは比べ物にならないほど威圧的な視線だ。
カイトと呼ばれた鳥人が、興奮を抑えきれない様子でその者へ声を上げる。
「兄上!! 面白いものを捕まえてきました!! 我々の国へ侵入しようとしてきたのです!!」
「そうか……」
男がザッ、ザッ……と重い足音を響かせながら近づいてくる。恐ろしいのに、あまりの圧迫感に金縛りに遭ったように視線すら逸らせない。
胸元のアニーの震えが限界を超えるように大きくなっていくが、あまりの恐怖にその場から動くことすらできず、僕の服に潜り込むことすら叶わない状態だ。
やがて、その男が目の前でピタリと足を止めた。
——ガッ!!
瞬きすら許されない一瞬の出来事だった。男がスッと手を動かしたかと思うと、僕とアニーが必死に押さえていたスカーフが力任せにガバッと剥ぎ取られた。
押さえる隙すら与えられないほどの圧倒的な速度。
僕の顔と、その胸元のアニーの姿が白日の下に晒される。
「ほう……色があるのか……」
剥き出しになった僕たちの「色彩」を見下ろし、男は不敵で残忍な笑みをその口元に浮かべた。
「そうか!! 色があるからか!!」
カイトがポンと手を打ち、声を弾ませた。
「だから匂いがどこか変だったんだ!!」
カイトは嬉しそうに近寄ってくると、僕とアニーを交互に物珍しそうに見つめてくる。
次の瞬間——兄上と呼ばれた男が無造作に手を伸ばし、僕の肩からアニーの小さな身体を掴み上げ、高く掲げた。
「キャンッ……!?」
「アニー!!」
アニーの悲鳴にハッとしてすぐに手を伸ばすが、届かない。
「なんだ、手土産を持ってきたのか。小さくて食うにはまったく足らんが……まあ、小さな毛皮としてなら多少は使えるか」
カイトはうんうんと満足げに頷き、残酷な笑顔を向けた。
「この世界で『色が消えない毛皮』は超貴重ですからね! 高値で売れるかもしれませんよ!」
「や、やめてください!! それは食料でも毛皮でもありません!! 僕の大切な仲間です!!」
僕は恐怖で声と膝を震わせながらも、できる限りの大声を張り上げた。高々と吊るされたアニーの大きな瞳には涙が溢れそうになっている。




