ドラゴンとの対戦、秘められた力
「ええ……正気を保っていない……」
メアリーが不安そうに同意する。
「何かが起こってる……ってこと?」
僕が尋ねると、メアリーは視線をドラゴンに向けたまま静かに答えた。
「この世界は魔力に溢れているの。その魔力は元々バランスが取れていたけれど、色が消えた影響なのか、こうやって自らの魔力を抑えきれなくなって暴走しているのかもしれない……。しかも、本来出せる力より数倍強いわ」
それを聞いて、僕の中で一刻も早くすべての色を取り戻さなければならない理由が、また一つ増えた。
ドラゴンが再び激しい火を噴き、トニーとフランは苦戦を強いられている。すると次の瞬間、二人の持つ剣の刃に激しい水流が巻き付いた。
「え!? 魔法!? 魔法も使えるってこと!?」
「ええ……あの二人は水属性の魔力を持っていて、それを魔剣に纏わせて戦うことができるの。だけど、あれでも……」
巨大なドラゴンは翼を激しくはばたかせ、周囲の木々をバリバリとなぎ倒していく。ドスン、ドスンと巨足でフランとトニーを踏みつぶそうとしてくるため、二人はいなして避けるのが精一杯で、とても攻撃に転じられる状態ではない。
その時だった。
急に背中の温もりが消え、メアリーの身体が僕からぱっと離れた。
「えっ……!?」
彼女は迷いなく馬車の扉を開け、外へと飛び出していった。
「メアリー!! だめだ、危ない!! 君みたいな可憐な子が……っ!!」
思わず叫んで伸ばした僕の手は空を切り、彼女の白いスカートの裾がするりとすり抜けていく。
「ま……待って……っ!!!」
僕は覚悟を決め、アニーを胸元にきゅっと抱きかかえたまま馬車の外へ飛び出した。
外は凄まじい風圧だった。メアリーの長い髪が無造作に激しく乱れる。
見ると、彼女は馬車の中に隠してあったのだろう二本の剣を、小さな両手にそれぞれ握りしめていた。
異変に気づいたドラゴンが、血走った目をギラリと光らせてこちらを振り向く。
「メアリー!! あぶな……!!」
ドラゴンが太く巨大な腕を、メアリーの小さな身体へ向けて一直線に振り下ろした。最悪の光景が頭をよぎり、僕は思わず目を瞑りそうになる。
ガキィィィィンッ!!!!!
耳を劈くような、あまりにも激しい金属音が響き渡った。
僕が恐る恐る目を開けると——そこに立っていたのは、華奢な少女ではなかった。
メアリーは右手に握った剣に眩いほどの『炎』を纏わせ、ドラゴンの巨大な腕の一撃を、正面からたった一本の剣で真っ向から受け止めていたのだった。
「え……メアリー……君は……」
「ええ、私は火の魔力を扱えるの……よっ!!!」
メアリーは声を張り上げると、両手に握った剣でドラゴンの巨腕を力任せに弾き返した。
バアァァンッ!!
激しい炎の衝撃波が巻き起こり、巨体誇るドラゴンが大きく態勢を崩してよろめく。
そこへ、息を切らしたトニーとフランが駆けつけてきた。
水流をまとわせた剣をドラゴンへ向けながら、トニーがふっと余裕の笑みを浮かべてフランへ言う。
「お前の言いつけを、実にちゃんと守る奴らだな」
「くそっ!! だから出てくるなって言ったのに……!!」
フランが悔しそうに毒づくが、その表情にはどこか安堵も混じっていた。
「さあ! 決着をつけるわよっ!!」
凛としたメアリーの声が響く。ドラゴンが再び怒りに任せて攻撃を仕掛けてくるが、状況は一変していた。メアリーが加わったことにより、三人の連携は完璧なものとなり、戦況は明らかにこちら有利へと傾いていく。
「……もしかして、この中で一番強いのってメアリーなんじゃないか……?」
あまりの強さと圧倒的なオーラに迫られ、僕は思わず無意識に後ずさりしてしまった。
さっきまで威嚇していたアニーも、恐怖のあまり僕の服の胸元へと素早く潜り込み、頭だけをひょっこり出して息を呑んで戦いを見つめている。そのまま後ろへ下がり続けると、背中にポンと馬車の車体が当たった。
「なんだ、面白いものがいるじゃないか……」
——突然、冷ややかな男の声がすぐ頭上から降ってきた。
「っ!?」
ガバッと驚いて見上げると、そこにはカラスのような真っ黒な巨大な翼を広げた男が、馬車の屋根の上に静かに立っていた。黒い髪に、黒い服。色彩のない世界の中で、その「黒」はあまりにも色濃く不気味に異彩を放っている。
「なんだ……悪魔……!?」
僕が息を呑んで呟くと、胸元から男を凝視したアニーが震える声で呟いた。
『違うわ……あれはきっと鳥人よ……!!』
屋根の上の男がふっとしゃがみ込むと、一瞬で距離が詰まった。男は口元をニッと吊り上げて歪んだ笑みを浮かべる。
次の瞬間、その大きな翼がバサバサッ! と激しい音を立てて羽ばたいた——と思った瞬間、僕の身体がふわりと宙へ浮き上がった。
「え!? うわっ……!?」
鳥人の男に襟首を無造作に掴まれ、身体が軽々と宙に吊り下げられている。
必死で手足をバタつかせるが、男の力は強固でびくともしない。ぐんぐんと地面との距離が離れていく。
下でドラゴンと応戦していたメアリーがその異変に気づき、ハッと顔を上空へ向けた。
「勇斗ーーーー!!!!!」
悲痛なメアリーの叫び声が響き渡る。だが、彼女たちの姿も、怒り狂うドラゴンの巨体も、あっという間に小さくなっていく。
「ははっ……!! 面白いものを拾った、面白いものを拾ったぞ!!」
空を切る風の音に混じって、鳥人の男の高笑いが響き渡る。
服の懐深くに潜り込んだアニーが、恐怖でブルブルと激しく震えているのが伝わってきた。僕は落ちないよう、そして彼女を不安にさせないよう、胸元の小さな身体を力いっぱい抱きしめた。
「アニー……大丈夫だ、お前は僕が絶対守るからな……っ!」
風切り音にかき消されて届いたかどうかは分からない。けれど僕はアニーを固く抱きかかえたまま、急速に遠ざかる緑の森を見つめるしかなかった。




