技術的探求とデタラメな才能
本来であれば、カノンとルカの当面の最優先課題は、小型化した「擬似霊力デバイス」を実用レベルまで引き上げるための極上素材の確保にあった。それはBランク以上の危険地帯に足を運ぶ必要があり、ギルドの正式なDランクカードが交付され、高ランク冒険者の同行が許可されるのを待たなければならないはずだった。
ルカは血走った目を輝かせながら、計測器のデータをカノンへと突きつける。
「素材の調達はBランクの免許を正式に得てからでも遅くはありません。ですが……この電波技術の仕組みを解き明かすことは、私たちのこれからの魔導工学の常識を根本から覆す鍵になります!」
カノンもまた、手元のメイン端末を名残惜しそうに見つめながら激しく同意した。
「その通りよ! 擬似霊力の研究は素材が揃い次第進めるとして、この非魔力通信の原理――いわば『見えない糸』の正体だけでも、今のうちにデータの骨組みを作っておくのよ!」
二人の職人としての情熱は、もはや誰にも止められない領域に達していた。
遠目でその様子を眺めていたレイジは、頭痛を抑えるようにこめかみを揉む。
シオンが優雅に紅茶を啜りながら呑気に笑う。
「あはは、カノンさんたち、すごく楽しそうですねぇ」
クロエは冷や汗を拭うのだった。
「……あれは楽しそうっていうか、もう狂気の一歩手前よ……」
カノンとルカは、狂気的な熱量でスマホの画面や内部回路の測定を続け、幾度となく電波の送受信実験を繰り返していた。しかし、その圧倒的な解析スピードが仇となったのか、バッテリーをフル稼働で酷使し続けたメインのスマホの液晶画面が、突然プツリと暗転した。
「……あ。画面が消えましたわね」
ルカが冷や汗をにじませながら呟く。カノンもまた手元の端末を確認し、顔を青ざめさせた。
「ま、まさか、内部の回路が焼き切れたの……!? そんな,まだ全体の解析の半分も終わってないのに……!」
二人が絶望に打ち震える傍らで、太陽電池式充電器の存在をすっかり忘れていたヒナが、トコトコと二人の間へと歩み寄ってきた。
「あ、それ、ただ充電が切れちゃっただけだよー。ちゃんと太陽に当てないと動かない仕組みなんだからね」
ヒナのあまりにもあっけらかんとした指摘に、カノンとルカは「なっ、なんだって……!?」と脱力するように工房の床へと崩れ落ちるのだった。
スマホの解析が充電切れで一時中断したことで、工房の張り詰めた空気がふっと緩む。
ヒナは、先ほどから気になっていた疑問を解消しようと、両手を腰に当ててレイジの方へとクルリと向き直った。
「ねえ、レイジ。さっきからみんなの冒険者のランクの話とか聞いててさ、私、ずっしり気になってたことがあったんだよね」
ヒナは小首をかしげながら、どこか気恥ずかしそうに言葉を続ける。
「私さ、こっちに来てから採取系の依頼を色々こなしてたんだけど、わたし薬草系統のランクはBランクなんだよ。でも、魔物の討伐方面のランクはないんだよね。だからさ、それ系統の技術教えて貰えないかなって?」
ヒナの屈託のない告白を聞いた瞬間、少し離れた場所で休憩していたエレナの動きがピタリと凍りついた。
エレナは目を丸くし、信じられないものを見るような目でヒナの顔をジッと凝視する。
「え……? 嘘……そんな……私よりランクが高いなんて……っ!?」
エレナは自分のギルドカードのランクを思い返し、ガクガクと小さく肩を震わせ始めた。
「う、嘘です……! 私より、ヒナちゃんの方がランクが高いなんて……! 採取の腕前とはいえ、Bランクなんてすごく実力者じゃないですか……!」
ショックのあまり落ち込むエレナの様子を見かねて、レイジが小さくため息をつきながらフォローを入れた。
「まあ落ち着けエレナ。こいつはこう見えても物覚えだけは良いからな。独学で薬草の知識を詰め込んで、要領よくランクだけ上げてたんだろ」
レイジの説明にエレナが「そ、そうなんですか……?」と少し救われたような顔をした直後、ヒナが自慢げに胸を張って発言した。
「そうだよー! エロエさん!」
工房内に冷ややかな静寂が訪れた。
レイジは呆れた顔でヒナの頭をかるく叩く。
「おい、やっぱり説得力ゼロだろ。エレナの名前を堂々と【エロエ】で覚えてる時点で台無しなんだよ」
「だってそう聞こえたんだもん!」
ヒナは涙目で頭を押さえるが、名前の間違いはともかく、純粋な薬物・薬草に関する知識量だけで言えば、現状のエレナを明確に超えているのは事実だった。
「まあいい。討伐系の技術か……基礎の身体強化から教えるか」
レイジは乗り気ではなかったものの、ヒナの頼みを聞き入れて戦闘技術の指南を始めることにした。
ところが、レイジがヒナの体内のエネルギー循環を改めて観察・指導しようとした瞬間、異常さに眉をひそめた。
「……おいおい、マジかよ」
ヒナはすでに自分なりの「身体強化」を独学で身に付けていたのだが、それが曲がりなりにも形になっており、威力や速度の面では普通の冒険者が使う身体強化のレベルをはるかに超えていたのだ。
中身は相変わらずデタラメそのものだったが。
魔力、霊力、そして自身の生体エネルギーである「気」を、およそ正気の理論とは思えないバグのような絶妙な配分で強引に併用し、全身に巡らせていたのである。
「えいっ!」とヒナが床を蹴ると、ドカンと爆発的な推進力が生まれ、壁際まで一瞬で移動してみせる。だが、直後にエネルギーのバランスを崩して「ふにゃ!?」と激しく転倒した。
「あだだ……ちょっと失敗しちゃった」
痛そうに腰をさするヒナだったが、体内の回路が焼き切れたり自爆したりする気配は全く存在しなかった。
常識外れなタフネスとデタラメなセンスに、レイジは頭を抱えて呟くのだった。
「理論は無茶苦茶なくせに……最初から自爆しない前提で身体が適応してやがる……どんだけ型破りなんだよ……」




