危険すぎるお土産
レイジは彼女から発せられる微弱な魔力の波長を捉え、すっと目を細めた。
レイジの目は、単なる視覚だけでなく、霊力、魔力、気の流れを同時に多角的に解析していた。彼の優れたセンサーが捉えたヒナの体内のエネルギー循環は、お世辞にも洗練されているとは言えなかった。魔力の密度自体は驚くほどスカスカであり、術式や魔導回路の構築も素人の直感任せと言っていいほど穴だらけだ。
(魔力の密度も出力量も、基本のキの字もなってねえ……。だが、なんだこの不気味な違和感は……?)
レイジがさらに解析を深めると、その現象の正体に気づいて絶句した。
ヒナは魔力、霊力、自身の生体エネルギーである気を、自覚なしにめちゃくちゃな比率で同時並行的に練り上げ、無理やり衝突させていた。それは魔法理論の観点から見ればエラーの塊であり、本来なら不発に終わるか、せいぜい手元で小さな火花が散る程度の「失敗作」になるはずだった。
しかし、その強引な異種エネルギーの混濁が、奇跡的かつ偶発的な化学変化――正規の魔導理論を完全に無視した一種の「バグ」を引き起こしていた。
「それっ! えいっ!」
ヒナが軽く指先を弾いた瞬間、彼女の手のひらの上に鮮やかな紅色の炎の塊が現れた。
それは、普通のファイアボールとは一線を画す、熱量がうまく圧縮された上位版の炎球だった。密度はスカスカなはずなのに、表面温度と収束率は通常の初級魔法を凌駕している。
ズドンッ! と響く鋭い爆音とともに、その炎は温泉郷の端に設置された岩壁へと直撃し、派手な火花を散らして岩肌を抉り取った。
威力としては、あくまで中級の域を出ず、上級魔法の領域にはまだ届かない程度のものだったが、純粋なファイアボールの進化系としては十分にキレのある破壊力と言えた。
予想外の光景に、周囲の面々はそれぞれの反応を見せた。
エレナが無邪気に目をパチクリさせる。
「わぁ……っ! すっごく綺麗な炎ですー!」
クロエは冷や汗を流しながら自身の頭を抱えた。
「ちょっと待ってよ……! 回路の構築も何もあったもんじゃないのに、なんであんな綺麗な威力が発揮できるのよ!」
シオンは穏やかに苦笑いを浮かべた。
「あはは、なんだかレイジさんのお知り合いの方も、すごく型破りなんですねぇ」
さらにリリアーナは、自身の天才的な霊力操作とは全く異なるその現象に、眉間にしわを寄せた。
「むぅ! 私の気高き霊力とは似ても似つかないが……あの無茶苦茶なエネルギーの掛け合わせで形にしてしまうとは、なんだか釈然としないのだ!」
仲間たちのざわめきをよそに、レイジは頭に手を当てて深い溜息をつきながら、盛大な突っ込みを入れた。
「おいおい……魔力の密度はスカスカのくせに、なんでそんな変てこなエネルギーの掛け合わせで綺麗に上位版の威力を叩き出せてるんだよ! 理論がめちゃくちゃだろ、それもうオリジナルのバグ技じゃねえか!」
その後、温泉郷の広い休憩スペースにて、一同は鬼ごっこ大会の報酬として振る舞われた特製スイーツを囲んでいた。今回のイベントでは、挑戦者として参加したクロエやシオンも大健闘しており、ヒナが手に入れたフルーツパフェ券をさらに上回る、温泉郷自慢の最高級「特製フルーツマウンテンパフェ」をそれぞれ優雅に味わっていた。
目の前にそびえ立つ豪華なパフェにスプーンを入れながら、ヒナはふと真面目な顔つきになり、隣に座るレイジへと視線を向ける。
「ねえ、レイジ。私、こっちに来たとき『訳もわからず飛ばされちゃった』って言ったけどさ……実は、自分なりにどうしてこうなったのか、一つの仮説を考えてみたんだよね」
「ほう……?」
レイジがカップを置くと、パフェを味わっていたエレナやルカ、クロエやシオンたちも手を止め、ヒナの言葉に耳を傾けた。ヒナは少し気恥ずかしそうに頬を掻きながら、子供じみた理論かもしれないと前置きをしつつ、その驚くほど論理的な仮説を語り始めた。
「ほら、東京にいたとき、レイジの霊力が細すぎて電子機器が壊れたりしたじゃない? だからレイジは、自分のスマホだけじゃなくて、私のスマホにも特別な保護加工を施してくれてたよね。……でね、あのとき大規模な災害が起きて、レイジの足元で時空の歪みが起きたと思うの。あの瞬間、レイジの微細な霊力が時空の穴を少しずつ刺激して開いたんだとしたら……。そのレイジの霊力が染み込んでいた私のスマホが、まるでその歪みのアンテナか媒介みたいな役割を勝手に果たしちゃったんじゃないかなって思ったの」
ヒナはレイジの表情を確認して説明を続ける。
「つまり、レイジの霊力の痕跡を追うようにして、私まで一緒にあの時空の穴へ引きずり込まれちゃったっていうか……。電話しても出ないから、最近のアプリの機能でレイジのスマホを探して回収してさ。なんかあると思ってレイジの家の予備のスマホも勝手に私が預かったんだけど――霊力の加工のおかげか、ちょっと雨ざらしだったみたいだったけど、レイジのスマホは全然壊れてないから安心していいよ!」
ヒナの驚くほど筋の通った推論と、それに続く衝撃の告白を聞きながら、レイジは突如としてある凄まじい予感に襲われ、思わず目を見開いてヒナに問いかけた。
「……待て。まさかお前……スマホを持ったまま異世界転移したのか?」
「うん、そうだよー」
ヒナはパフェのイチゴを頬張りながら、さも当然といった様子でこくりと頷いた。
「しかもね、太陽電池式の充電器も一緒だよ! ほら、レイジの体質のせいなのか、充電できる場所なのにうまく充電できないっていう不具合、前に起きたことあったでしょ? だから『これがあったら便利かも』って思って買っておいたんだよね」
あまりにもあっけらかんと言い放つヒナに対し、レイジの顔からすーっと血の気が引いていく。
「……は? 太陽電池……?」
「うん! もちろん、私のも、その予備のスマホも、レイジのスマホもその予備も、太陽電池式の充電器も2つ持ったまま異世界転移したよ! というかレイジに会ったらすぐに渡せるように、常に持ち歩いていたんだよね」
事もなげに語られた恐ろしい事実の量に、レイジは思わず頭を抱えて絶句した。
現代地球のオーバーテクノロジーの結晶であり、なおかつ自分の特殊な保護加工が施された端末が、充電環境まで完璧に揃った状態でまるごとこの世界に持ち込まれている。
レイジは引き攣った顔でヒナの肩をガシッと掴むと、これ以上ないほど深刻な表情で強く釘を刺した。
「おいヒナ、いいか……頼むからそれ、カノンとルカにだけは絶対に絶対に見せるなよ……!?」




