湯けむりと再会と、型破りな魔法
「ふははは! 雑魚どもめ、この天才社長の足に追いつこうなど100年早いわ!」
屋根の上から眼下の追手たちを見下ろし、高らかに高笑いを上げるリリアーナ。すっかり余裕をぶっこき、腰に巻いた5枚のタオルを自慢げにパタパタとなびかせていた。
「――隙あり、です!」
「むっ!?」
突如、頭上から降り注いだ可憐な声とともに、疾風のごとき影が鋭く肉薄する。
思わぬ上空からの奇襲に、リリアーナは慌てて体を反らしてバックステップを踏んだ。
ドッと屋根の瓦を揺らして降り立ったのは、フリル付きのかわいらしい水着に身を包んだ少女だった。
「ぬ……なんだお前は!? 見慣れない顔だが、一般の参加者か!?」
「はいっ! 噂のリリアーナさん、そのタオル……もらいます!」
彼女は一瞬の溜めのあと、爆発的な脚力で一気に間合いを詰めた。
「ほう……小柄なわりに、なかなか良い踏み込みではないか! だが、この私に届くと思うなよ!」
リリアーナもニヤリと不敵に笑い、霊力を脚部に纏わせて高速で回避する。
シュッ、シュッと空気を切り裂く音が響く。ヒナが手を伸ばしてタオルを狙うが、リリアーナはギリギリの紙一重でそれをかわし、クルリと身を翻して距離を取る。
「……意外と速いです……!」
「ふははは! 動きは悪くないが、まだまだ甘いのだよ! 動きが直線的すぎる!」
リリアーナはヒナの攻撃を軽やかにはち切れんばかりのドヤ顔であしらい、完全に調子に乗り始めていた。
(ふふん、挑戦者の中にこんな隠し玉がいたとは! だが私の敵では――)
「――甘いのは、そちらの方です!」
「なにっ!?」
空中でトンッと足元に小さな魔力の固まりを展開し、本来ならあり得ない方向へと急加速・足場跳躍をしてみせた。足場の空間を力任せに蹴り飛ばし、軌道を直角に変えてリリアーナの死角へと潜り込む。
「なっ……空中跳躍だと!? ぐわっ!?」
すっかり油断し切っていたリリアーナは、予想外の変則的な軌道に反応が追いつかない。
パシッ――!
「とれましたっ!」
軽やかな音とともに、リリアーナの腰に巻かれていた魔導タオルのうち一枚が、彼女の小柄な手の中にすっぽりと収まっていた。
「やったぁ、一枚ゲットです!」
見事にリリアーナからタオルを奪い取ったヒナは、誇らしげにそれを掲げて満面の笑みを浮かべる。
「なっ、この天才社長のタオルを……! おのれ、ただの少女ではなかったか……!」
リリアーナは悔しそうに地団駄を踏むが、ヒナはそれには構わず、周囲を見回す。その視線の先に、少し離れた場所で腕を組んでこちらを眺めているレイジの姿をとらえた。
「あっ、レイジだ!」
ヒナはパッと顔を輝かせ、タオル争奪戦の最中であることを忘れて、トコトコと軽やかな足取りでレイジのもとへと駆け寄っていく。
「ちょっと、待て待て! なんだお前、急に知り合いみたいな顔して……って、え?」
レイジは近づいてきた少女の顔をまじまじと見つめ、そして自分の目を疑うように大きく見開いた。
「うそだろ……? ヒナ、お前……なんでこんなところにいるんだ!?」
「レイジこそ、どうしてここにいるんですかーッ! 私、気づいたら、というか、わけも分からないままこの世界に飛ばされちゃって……!」
ヒナは久しぶりの知人との再会にほっとしたような、しかしどこかマイペースな調子でケラケラと笑う。
突如現れた元世界からの知人の登場に、周辺で見守っていたエレナやクロエ、悔しがるリリアーナまでもが、一斉にポカンとした表情を浮かべるのだった。
やがて制限時間を告げるホイッスルが鳴り響き、温泉郷の広大な敷地を舞台にしたタオル争奪の鬼ごっこ大会は終了を迎えた。
結果として、ヒナに一枚奪われてしまったリリアーナは「おのれ、この天才社長からよくも!」と悔しそうに地団駄を踏んでいたが、残りの4枚は最後まで死守することに成功した。同じく鬼役を務めたエレナも軽快な身のこなしでタオルを守り抜き、そして何より――普段はインドア派で運動とは無縁そうなルカが、驚異的な心理誘導と無駄のない省エネ移動を駆使し、挑戦者たちを完全に翻弄して5枚すべてのタオルを完璧に守り通していた。
「ふふ、見たですかレイジさん。勝負は、頭脳をですよ」
ルカは涼しい顔でタオルを掲げ、ドヤ顔を決めてみせる。普段の彼女のインテリジェントな印象からは到底信じられないほどの好成績に、レイジも思わず乾いた笑いを漏らすしかなかった。
その後、イベントの閉会式が執り行われ、中央ステージへと鬼役の面々が招集される。
「――皆様、大変お待たせいたしましたぁ! 見事制限時間までタオルを死守し、あるいは挑戦者として大活躍された皆様へ、特製賞品の授与式を行いまーす!」
スタッフの威勢の良いアナウンスに合わせ、まずは全5枚のタオルを完璧に守り抜いたルカの名前が呼ばれた。彼女には、最高賞金であるずっしりと重い金貨の詰まった袋と、『完全無欠の鬼将軍』と彫られた特製の黄金魔導トロフィーが盛大な拍手とともに手渡される。
「ふふ、当然の結果ですね」
ルカは涼しい顔で賞金袋を受け取った。
続いて、タオルを4枚死守したリリアーナとエレナにも、それぞれ準優勝の賞金と温泉郷特製の高級温泉まんじゅうの詰め合わせが贈られる。
「むぐっ……! 一枚奪われたのは悔しいが、この高級まんじゅうの甘みで今日の屈辱は水に流してやろうのだ!」
リリアーナは不満をぶーぶーと言いながらもしっかりと両手で賞品を受け取り、ちゃっかりドヤ顔を決め直していた。
さらに、見事にリリアーナからタオルを奪い取ったヒナも特製フルーツパフェの無料券をゲットし、「やったぁ、美味しそう!」と満面の笑みを浮かべて大喜びしていた。
無事に表彰式も終わり、レイジたちの輪に合流したヒナは、温泉の心地よい湯気の中ですっかりリラックスした様子ではしゃぎ回っている。
「いやあ、レイジもこっち側に異世界転移としているとは思ったけど、実際に会えるなんて思わなかったなぁ! 私、こっちに来てからずっと大変だったんだからね!」
「それはこっちのセリフだろ……。お前、一体どうやってこの世界に……まあ、俺も似たようなもんだが」
レイジが額を押さえながら呆れていると、ヒナは両手をポンと合わせた。
「そういえば、私この世界に来てからすごいものを覚えたんだよ! ほら、この世界特有のやつ……魔法って言うらしいんだけどさ!」
「は? 魔法?」
レイジが怪訝な顔をすると、ヒナは得意げに胸を張り、きらきらと目を輝かせた。
「うん! 『ファイアボール』って名前らしいんだけどさ、なんかこう……私なりにコツを掴んだんだよね!」
ヒナはパッと両手を前に突き出し、独特のポーズをとった。
周囲で見守っていたリリアーナやクロエ、シオン、エレナたちも興味津々で視線を向ける。




