リゾート温泉郷・鬼ごっこ開幕!
混浴プールエリアに漂う湯煙の中で、彼女たちの水着姿は遠目からでも異常な存在感を放っている。周囲にいた他の冒険者や男性客たちの視線が、一斉にレイジたちの一行へと釘付けになっているのが分かった。
「……レイジ君。あなた、よくこんな状況で平然としていられるわね……?」
セリアが思わず引きつった声で呟く。
「ん? 何がだ?」
当のレイジはといえば、目のやり場に困って若干視線を上方に漂わせつつも、努めて普段通りの無表情を装っていた。
「何がだ、じゃないわよ! エレナちゃんたち、すっごく可愛いじゃない! ちょっとは鼻の下でも伸ばしたらどうなの!?」
「伸ばすかバカ。余計なこと言って変な余波がこっちに来たら面倒だろ」
レイジがぼやいた瞬間、後ろからエレナが「レイジさ〜ん、お湯の温度、すっごく丁度いいですよー!」と満面の笑みで手招きしてきた。
「さあレイジ君、観念してあっちに行ってあげたら? 乙女たちの勇姿をしっかり目に焼き付けてくるといいわ!」
「なんでお前が急に上から目線なんだよ……」
湯けむりに包まれた和やかな(あるいは胃が痛むような)空気を切り裂くように、温泉郷の巨大な中央広場から、突如として楽しげなファンファーレが鳴り響いた。
「――皆様、お待たせいたしましたぁ! 本日最大のビッグイベント、湯けむり大乱戦『タオル争奪・鬼ごっこ大会』の開催でございまーす!」
温泉郷のスタッフと思われる派手な魔導拡声器の音声が、リゾート全体に響き渡る。
突発的なイベントの告知に、湯船に浸かっていた観光客や冒険者たちが「なんだんだ?」「面白そうじゃねえか!」と一斉に色めき立った。
「ふはははは! 鬼ごっこだと!? この天才社長、こういうお祭り騒ぎには目がないのだよ!」
リリアーナが真っ先に湯からザパァンと飛び上がり、両手を突き上げて歓声を上げる。
「……まだルールも何も発表されてませんよ!」
呆れたようにルカが後を追い、エレナやクロエも「楽しそうですねー!」「出るしかないわね!」と、すっかりその気に満ちていた。
「ふむ、どうやらルールはシンプルみたいだな」
レオンが腕を組みながら、巨大な魔導掲示板を指さす。
「――それではルールをご説明いたしまーす! まず、参加者の中から『くじ引き』によって本日の【鬼】を数名選出いたします! 鬼に選ばれた方には、専用の魔導タオルを5枚お渡しします!」
スタッフの威勢の良いアナウンスに合わせて、ステージの脇からキラキラと怪しく光る魔導ボックスが運ばれてくる。
レイジが横目でリリアーナを見下ろすと、当の本人は「ふん、私から引いてやろう!」と自信満々にボックスへと手を突っ込み、真っ先に紙切れを引き抜いた。その紙には『鬼』の文字が刻まれていた。
「なっ……!? なぜだ!? 景品を根こそぎ奪う側になりたかったのにーっ!」
さらに続々とくじを引いた面々の結果が明らかになっていく。
「あ、私も引いちゃいましたー……。これ、鬼のマークですよね?」
エレナがトボトボと『鬼』と書かれた紙を見せ、さらにルカも無言で自身の紙を掲げた。
「――おおっと! 鬼チームの決定でございまーす! 鬼の皆様には、ただいまより『専用の魔導タオル』を5枚ずつ腰に巻いていただきます! 鬼の皆様は、イベント終了までの間、そのタオルを挑戦者たちに奪われないよう全力で死守してください!」
スタッフに促され、リリアーナ、エレナ、ルカの三人は、それぞれ腰に鮮やかな魔導タオルを5枚ずつしっかりと巻き付けた。
それは真紅に妖しく輝く魔導タオルであり、水着姿の腰回りでヒラヒラと不可解な存在感を放っている。
「ふ、ふふふ……! こうなったら、この鬼の社長から一本たりともタオルを剥ぎ取ってみせるがいいのだ! 全力で逃げ切ってやるぞ!」
すっかり開き直ったリリアーナが、ちっこい体を丸めて臨戦態勢に入る。
「――それでは、挑戦者の皆様! 鬼の腰からタオルを剥ぎ取り、見事5枚すべてを集めれば『最高賞金』の獲得でございます! なお、鬼側も制限時間までタオルを死守できれば同じく最高賞金となりますので、お互い全力で楽しんでくださいねー! それでは……スタート!」
「「おっしゃあぁぁぁっ!!」」」
カンカーンと景の良いゴングが鳴り響き、広大なリゾート温泉郷の敷地全体を舞台にした、ドタバタのタオル争奪鬼ごっこが幕を開けたのだった。
スタートの合図と共に、温泉郷のあちこちで一斉に歓声と悲鳴が入り混じる。
挑戦者として参加した冒険者や観光客たちが、一斉に鬼役めがけて走り出した。
「おっ、あそこに真紅のタオルを巻いた子供がいるぞー!」
「賞金狙いに行くぞお前ら!」
狙いは、見渡す限りの参加者の中でひときわ小柄で目立つリリアーナに集中した。
「なっ……!? なぜだ! なぜ私ばかりに男たちが群がってくるのだーっ!?」
リリアーナは両手で腰のタオルを押さえながら、温泉街の石畳を全力で駆け抜ける。
挑戦者たちがどれだけ健脚を誇る冒険者であっても、今のリリアーナを捕まえるのは至難の業だった。
彼女は、かつて【集魔の古弓】を扱った際に体感した、技術をほぼ自身のものにしていた。周囲の大気中に満ちる温泉の蒸気や豊かな環境魔力をダイレクトに吸引し、絶え間なく体内で循環・変換させることで、その小さな見かけの魔力(感じられる魔力)からは到底信じられないほどの爆発的なキャパシティと身体能力を引き出していたのだ。
「ふはははは! 追いつけるものなら追いついてみるがいいのだ!」
ピュンッ! と凄まじい風圧を残し、リリアーナは岩壁を蹴り上げて軽々と宙を舞い、追手を完全に置き去りにしていく。
「うわっ!? なんあの子、めちゃくちゃ速いぞ……!」
屈強な冒険者たちはあっけにとられ、地面に巻き上がった湯気を追いかけるしかなかった。
一方その頃、同じく鬼役であるルカは、温泉郷の少し離れた静かな庭園エリアで、どこか涼しい顔をして佇んでいた。
スタイリッシュな黒の水着姿で木陰に身を寄せる彼女は、持ち前の冷静な立ち回りと目立たないポジション取りを徹底していたため、挑戦者たちからあまり狙われない。
「ふふ、これなら無駄な体力を使わずに済みそうですね」
腰に巻かれた5枚のピンクの魔導タオルは、一枚も剥ぎ取られることなく、ヒラヒラと綺麗な状態で健在だった。
エレナもまた身軽さと周囲を和ませる笑顔を武器に、追ってきた男性冒険者たちを「おっとっと、簡単に捕まりませんよ!」とかわしながら、温泉プールの周りを軽快に駆け回っている。




