工房の日常と、穏やかな休日へ
レイジが狙っていた「暖房用鉱石」はあくまでついで(個人的目的)であり、冒険者ギルドから提示されているBランク依頼のクリア条件は、このラーヴァ・ドレイクの牙の納品なのだ。
レイジたちはそっと竜の頭部へと移動した。
小山のような頭部からは、マグマの熱で鍛え上げられた鋭く巨大な牙がズラリと覗いている。幸いなことに、先端の生え変わりそうな立派な一本が、少しグラついている状態だった。
「よし……エレナ、根元に潤滑用の水魔法を極小でかけろ。俺が手作業で引っこ抜く」
「はい、任せてくださいー!」
一切の衝撃を起こさないよう、レイジは腕力と霊力を完璧に制御して、そーっと、ズルリ……と巨大な牙を引き抜いた。
「よし、採取完了だ」
背中の鉱石を削られ、大きな牙を一本引っこ抜かれたというのに、当のラーヴァ・ドレイクは「フシュー……」と気持ちよさそうにマグマの風呂で鼻提灯を膨らませて眠り続けている。完全な完全犯罪(ステルス達成)であった。
「よし、目的の素材も依頼品も揃った。とっとと、ギルドへ行くぞ!」
王都の冒険者ギルドへと帰還したレイジたちは、受付でラーヴァ・ドレイクの牙を納品し、無事にBランク依頼の達成報告を済ませた。
「さて、これで俺たちの用事は済んだが……次はカノンやルカたちのための特殊素材だな。あいつらの『擬似霊力デバイス』を完成させるための極上素材が眠るエリアも、結局はギルドの管理下だ。それ系統の採取依頼を探さないと……」
レイジが新たな依頼を探そうと掲示板へ向かおうとした、その時だった。
「あ、レイジさん!」
「ふふん、遅かったわねアンタたち!」
ギルドのロビーの奥から、見慣れた作業着姿の二人が手を振って歩いてくる。工房で留守番をしているはずのカノンとルカだった。
「お前ら、なんでギルドにいるんだ?」
レイジが首を傾げると、カノンはドヤ顔で受付から受け取ったばかりの【特例試験・合格証明書】をビシッと突きつけてきた。そこにはっきりと刻まれていたのは『Dランク昇格認定』の文字。
「なっ……お前ら、冒険者登録したのか!? しかも飛び級でDランク判定!?」
「ええ! カード自体は今発行手続き中だから受取りはまだなんだけどね! 私たちの求める更なる素材は、どうしてもBランク以上の危険地帯にしかないって分かったのよ。指をくわえて待ってるだけなんて職人の名折れじゃない。ギルドの特例試験を受けてきたのさ!」
カノンとルカはレイジたちが「炎爪の渓谷」へ向かっている間に、『使い捨て(ワンオフ)』という制限付きではあるものの、魔力を擬似霊力に変換するあの巨大な装置を、レイジが普段使っている『外部ストレージ』と同等のサイズにまで小型化することに成功していたのだ。
「まさか、あの短期間であのバカでかいデバイスをそこまで圧縮したのか……?」
「ええ。まだ一回全力で起動したら焼き切れてしまうピーキーなプロトタイプですけどね」
ルカが淡々と答える。
試験の際、先日レイジたちを審査したSランク講師のヴァルガスは既に不在だった。代わりに担当したベテラン試験官たちの前で、二人はその小型デバイスの力を見せつけた。
レイジが普段やっているように、大気中に漂う環境魔力を擬似霊力によって強引に制御下に置き、攻撃や制御用の魔法として転用・操作するという荒業をやってのけたのだ。
「生身の熟練魔法使いが高度な演算で環境魔力を操作するならまだしも……一般人レベルの微弱な魔力しか持たない私たちが、小さな『外部ストレージ』だけでシステム的に完全再現してのけたなんて前代未聞だって、試験官の爺さんは完全に腰を抜かしていたわ!」
カノンは誇らしげに胸を張った。
とはいえ、戦闘の専門家ではない二人の身体能力や立ち回りは素人同然であり、あくまで未知の技術力とポテンシャルを評価されての「ギリギリの判定でのDランク飛び級合格」だったらしいが、エンジニアとしては破格の快挙である。
「……なるほどな。で、正式にカードが交付されてDランクになれば、Bランク以上の高難易度エリアにも『高ランク冒険者の同行』さえあれば足を踏み入れられるってわけか」
レイジが意地悪く笑うと、カノンとルカは揃って深く頷いた。
「そういうこと! カードの手続きが終わったらすぐにでも出発できるわ! 私たちが本物のデバイスを完成させるための素材は、職人である私達自身の手で直接吟味するわ! アンタたちBランクパーティーに便乗して、私達も同行させてもらうわよ!」
「やれやれ、職人の執念ってやつは恐ろしいな」
レイジは頭を掻きながらも、二人の気概に口元を綻ばせた。
「それで、そのカードの手続きってのはいつ終わるんだ? 今日すぐにってわけじゃないだろ?」
レイジの問いに、カノンは少しだけ肩をすくめた。
「それがねー。特例での飛び級処理に加えて、未知の魔導デバイスの使用許可も絡んでるから、ギルドの上層部での確認に数日かかるらしくて。カードの受け取りは早くても十日後になるわ」
「なんだ、結構かかるな」
「でも、ちょうどいい機会じゃないですかー!」
間延びした会話に割って入ったのは、ニコニコ顔のエレナだった。
「最近、工房のお仕事もかなり落ち着いてますし、カードが届くまでは皆でのんびりできますよ!」
エレナの言う通りだった。
優秀なシオンと手先の器用なクロエが工房の仕事に本格的に加入してくれたおかげで、魔導エアーボードの生産ラインは完全に軌道に乗り、予約分も難なく捌けるようになっていた。
王都周辺の近場の冒険者たちへは既にエアーボードが行き渡りつつあり、現在の主な購入層は噂を聞きつけて遠方からやって来る冒険者たちへとシフトしているため、連日のような激しい注文の波は落ち着きを見せている。
さらに、魔導コンロ用の『外部ストレージ』に関しても、エレナ一人でも安定して作れるようになっていた。
つまり現在、商会と工房のメンバーは『全員が急ぎの仕事を抱えていない状態』だったのだ。
「確かに……俺も新型暖房の設計図は頭ん中でだいたい組み上がってるし、素材を加工する前なら数日くらい空けても問題ないな」
レイジが頷くと、それまで黙って話を聞いていたリリアーナが、ピクッと短い耳を反応させた。
「……むっ? つまり、今は完全なる『暇』ということだな?」
リリアーナはバサァッと無駄にカッコよくマントを翻し、ギルドのロビーの中心でビシッと指を突き上げた。




