魂の揺らぎとステルスミッション
彼らが見えなくなった頃、エレナがふと首を傾げて疑問を投げかけた。
「そういえば……ここって、Bランクの依頼場ですよね? もしかして、あのシオンさんのお友達たち……シオンさんがAランクの実力はあるって見積もっていたりするんじゃないですかー?」
「えっ!? いやいや、そんなわけないですよ! 確かにBランクの危険地帯ですけど、僕はあくまで皆さんの護衛兼お手伝いでついてきただけですし……!」
シオンは慌てて首を振って否定した。
「さて、茶番も終わったことだし、とっととお目当ての素材を回収するぞ」
レイジがエアーボードから降り、広大な岩棚の奥――最深部の火口付近へと歩を進める。
周囲の温度は跳ね上がり、呼吸をするだけでも喉が焼けるような熱気が立ち込めていた。
目当ての『極上の火属性鉱石』――それは確かにそこにあった。マグマの熱を吸い上げ、赤黒く脈動する最高品質の結晶。極上の鉱脈は、マグマ溜まりを風呂代わりにして気持ちよさそうに眠る、小山ほどもある巨大な魔物『熔岩竜』の背中から直接生え揃っていた。
「Bランク上位の魔物ね」
クロエが尋ねると、レイジは顎に手を当てた。
「とりあえず軽く様子見で削ってみるか。まずは結晶の強度から調べたい。エレナ、一番端の小さな結晶を狙って牽制を撃ってみてくれ。起きたらそのままやる」
「はーい!」
エレナが指先から、極限まで出力を絞った小さな光弾を放つ。
光弾は寸分の狂いもなく、竜の背中の端にある小さな結晶を掠めた。
――パリンッ!
「え?」
光弾がかすった瞬間、その小さな結晶は信じられないほど呆気なく、まるで繊細なガラス細工のように粉々に砕け散ってしまった。
レイジの顔が引き攣る。
どうやらこの渓谷で採れる極上の火属性鉱石とは、長い年月をかけて熔岩竜の体表に蓄積された熱と魔力の結晶体であり、純度が高い分、物理的な衝撃や急激な温度変化に対して極めて脆い性質を持っているらしい。
「倒すだけなら、俺やエレナの火力で頭を消し飛ばせば一瞬だ。以前みたいに絶対零度で環境を書き換えてもいい。だが……」
エレナも察していた。
「それをやったら、倒す時の衝撃や温度差で、背中の『極上鉱石』まで全部粉々に砕け散っちゃうってことですか!?」
レイジは面倒くさそうに息を吐き出した。
「つまり……アイツを起こさず、気付かれないように背中に登って、手作業で繊細に鉱石を削り取らなきゃならないってことだ。完全な『ステルス採掘ミッション』だな」
クロエが青ざめて叫んだ。
「無茶苦茶よ!? Bランクの巨大魔物の背中に乗って、カンカン音を立ててピッケルを振るうなんて、起きないわけないじゃない!」
「ふはははは! ならばこの天才社長の出番だな! 私の霊力による精密操作で、削る音ごと完全に遮断してやろう!」
リリアーナが自信満々に前に出たが、レイジは無慈悲にその小さな頭を押さえつけた。
「いや、お前はドジ踏んで途中でくしゃみとかして起こす未来しか見えないから、大人しくそこで待ってろ」
「むきーっ! 誰がドジだ!」
「じゃあ、私がレイジさんのサポートをしますねー!」
エレナがニコニコと笑いながらピッケルを手に取った。
レイジとエレナは息を殺し、マグマ溜まりでスースーと寝息を立てるラーヴァ・ドレイクの巨大な背中へとそっと飛び移る。
レイジは足裏や全身の肌表面に、ごく薄く魔力と気を同調させて被膜を作った。着地の衝撃音や振動、自分の体温すら殺す極限の隠密技術だ。
(よし……これで振動も音も出ないはずだ……)
レイジは慎重にピッケルを構え、一番巨大で純度の高そうな火属性鉱石の根元へと刃先を当てた。霊力を利用した微振動で鉱石の接合部だけをすっぱり切り離そうと力を込める――。
――ピキッ。
「あっ」
ほんのわずかな微振動の共鳴すら拒絶するように、極上鉱石の表面にツッと繊細な亀裂が入った。
(嘘だろおい!? どんだけ繊細なんだこの鉱石!? 力を込めてもダメ、微振動で切るのもダメ……!?)
冷や汗を流すレイジの横で、エレナも「えいっ」と極小の気流を使って優しく削ろうとしたが、気流の摩擦熱の変化に反応して結晶がパリンとひと欠片砕け落ちてしまった。
「うわわっ、ダメですー! 触るだけで壊れちゃいます!」
手元の超絶デリケートな素材と、足元で「グルル……」と喉を鳴らす巨大竜。絶妙すぎる緊張感に、エンジニアとしての理詰めの作業が完全に詰みかけていたその時――。
「ええーい! なんだその手際の悪さは! まどろっこしい、わたしにやらせろーっ!」
後方で見守っていたはずのリリアーナが、我慢の限界とばかりに小さなピッケルを構えて背中に飛び乗ってきた。
「おい待てポンコツ」
レイジとエレナは、二人がかりでリリアーナの体を左右から全力で押さえつけた。
「静かにしろバカ! 声が大きい!」
「暴れたら振動で竜が起きちゃいますー!」
「もががっ! 離すのだ! 貴様らの理屈っぽいやり方では埒が明かん! 採掘とは心なのだよ、心ッ!」
リリアーナはレイジたちの手からぬるりと抜け出すと、大柄なピッケルをちっちゃな両手で高々と掲げた。
「おい、やめ――」
制止する間もなく、リリアーナは「えいっ!」と、何の考えもなさそうな大雑把な動作でピッケルを振り下ろした。
(終わった……!!)
クロエが地上で目を覆う。
――カチン、という拍子抜けするほど静かで、甘やかな音が響くと、根元から吸い込まれるように綺麗に切り離された巨大な極上火属性鉱石が、リリアーナの手にスポッと収まっていた。傷一つなく、光沢すら完璧な状態のままで。
「「「……え?」」」
レイジとエレナは固まり、リリアーナは「ふははは!」と鼻を高くした。
「見たか! 霊力とは魂のゆらぎ! 鉱石と一体になり、その波長に包み込むようにピッケルを添えれば、向こうから勝手に離れてくれるのだよ!」
要するに、感覚派の天才であるリリアーナの霊力操作が、無意識のうちに鉱石の微細な波長と完全に同期し、一切の衝撃や温度変化を与えずに切り離すという超絶技巧を成立させていたのだ。
「……マジかよ。お前、たまには役に立つじゃねえか」
「むぐっ!? たまにはとはなんだ、失礼な!」
何はともあれ、リリアーナの意外な才能のおかげで、工房の新型暖房設備に必要な『極上火属性鉱石』は無事に傷一つなく大量採取に成功したのだった。
「ふう……これで目的の素材は集まったな」
レイジが額の汗を拭うと、シオンが質問した。
「あの、レイジさん……一応確認なのですが、ギルドから正式に受注してきた本来の依頼品って……」
「ん? ああ、『ラーヴァ・ドレイクの絶品な牙』の採取だろ?」




