勘違い癖は相変わらず?
自身が構想していた新型暖房設備の設計もさることながら、レイジにとっては「特定の素材さえ手に入れば、魔導デバイスで『霊力』の擬似再現が可能になる」という事実が何よりも気になっていた。
「善は急げだ。サクッと依頼を終わらせて、とっとと素材を持ち帰るぞ」
レイジは準備もそこそこに、リリアーナ、エレナ、クロエ、シオンを引き連れて王都を出発した。
目指すは高難易度の素材採取地『炎爪の渓谷』。
その名の通り、赤熱した鋭い岩肌が獣の爪痕のように入り組む、足場の悪い極めて険しい難所である。本来であれば、熟練のBランク冒険者パーティーであっても、崖をよじ登り、火属性の魔物を退けながら何日もかけて最深部を目指すような過酷な道のりだ。
と、ここでも便利なものが魔導エアーボードだった。
もちろん、魔導エアーボードが有利な場所ばかりではない。鬱蒼とした深い森や、狭く入り組んだ洞窟内では機動力を活かしきれないこともある。
しかし、この炎爪の渓谷のように「地上からの移動が困難な高低差の激しい地形」においては、空の道なき道を直線的に突っ切れるエアーボードは、まさに無双の強さを誇っていた。
「ふはははは! 見下ろす景色が最高なのだよ!」
「風が気持ちいいですねー!」
現在レイジたちが乗っているのは、特別なチューンナップを施したものではない、王都で広く普及しているものと変わらない市販のエアーボードだ。それに乗り込み、ご機嫌で渓谷の上空を滑空していくリリアーナとエレナ。
「王都じゃすっかりお馴染みの市販品だけど……まさか高ランクの危険地帯を、こうして上空から安全にショートカットするなんてね」
クロエは眼下に広がる険しい渓谷を見下ろし、普及しきったこの便利な魔導具が、実は冒険者の常識そのものを根底から覆すポテンシャルを秘めていたことに改めて舌を巻いていた。
「社長やレイジさんたちが開発したこの道具、本当に世界を変えちゃってますね……!」
シオンも目を輝かせて風を切る。
険しい岩場も、地の底を流れるマグマの河も関係ない。一行は一切の障害を無視して、目的の極上素材が眠る『炎爪の渓谷』の最深部へと、瞬く間に到達しようとしていた。
マグマの川を越えた先、最深部の入り口となる広大な岩棚にエアーボードを着陸させた直後だった。
「……おい、嘘だろ。お前、シオンか?」
岩棚で小休止を取っていたらしい一組の冒険者パーティーが、信じられないものを見るような目でこちらを凝視していた。声の主は、リーダー格の屈強な戦士。
彼らはかつて、シオンがまだ最下級ランクだった頃に彼を馬鹿にし、冷遇していたパーティーだった。
シオンの表情がわずかに強張り、クロエも咄嗟に細剣の柄に手をかけて鋭い視線を向ける。
(またシオン君を馬鹿にする気なら、この私が黙っていないわよ……!)
だが、男たちの反応は二人の予想を完全に裏切るものだった。
「すげえ……さっき上空から降りてくるときのボードの機動、それに今の着地の身のこなし……! ブレが一切なかった。それに、その内側から滲み出るような魔力の密度……間違いなくBランク以上の実力はあると見た!」
戦士の男は興奮したように距離を詰めると、あろうことか深々と頭を下げた。
「頼む、シオン! 俺たちにお前のその技術を教えてくれ! 弟子入りさせてくれ!」
「えっ!? ぼ、僕が弟子をとるなんて、そんな……む、無理ですよ!」
突然の態度豹変に、シオンは目を見開いて狼狽した。
男たちは顔を上げ、必死に食い下がろうとした。だがその時、彼らの視線がシオンの背後でふんぞり返っている小さな少女――リリアーナに向けられた。
探知スキルを使わなくともわかる、子供レベルの圧倒的な低魔力。こんなBランク指定の過酷な渓谷に、護衛もつけずに連れてくるなど常軌を逸している。
(なんだこの足手まといのガキは……。完全に邪魔じゃねえか……)
彼らの顔に、一瞬だけ明確な不快感が走った。
だが、彼らは決してそれを口に出してリリアーナを馬鹿にすることはなかった。高難易度の探索中において、無用なトラブルを起こすのは三流のやることだと理解していたのだ。彼らはぐっと言葉を飲み込み、視線をシオンに戻す。
その僅かな空気を察知したクロエが眉をひそめたが、当のリリアーナ本人は全く意に介していなかった。
(ふっ、私の底知れぬ実力に気づかず、足手まといだと勘違いしているようだな。だが、この天才社長は器がデカいのだ。ここはあえて『大人の余裕』というものを見せつけて、スルーしてやろうではないか!)
リリアーナはわざとらしく腕を組んでいた。
「……シオン。俺たちが昔、お前を馬鹿にしてたのには理由があるんだ」
戦士の男は真剣な顔で語り出した。
「実力が足りなかったのもあるが……それ以上に、お前のその『酷い勘違い癖』が危なっかしくて見てられなかったんだよ」
「えっ? 僕の、勘違い……?」
「ああ。お前は昔から控えめな性格のくせに、何故か人の言葉を斜め上に解釈して勝手に突っ走るだろうが。そんな勘違いだらけのお前が、最近流行りの『魔導エアーボード』なんて危険なものを使い始めたと聞いて、いつか大事故を起こすんじゃないかって不安で仕方なかったんだ」
クロエは「あ……(すごくわかる。でも、時々妙に鋭くて、とんでもない真理を突いちゃったりするのよね。現に私だって、シオン君のおかげで新しい技術を開眼できたわけだし)」と内心で深く同意しつつも複雑な思いを抱き、その後ろではレイジが「よくわかってんじゃねえか」と小さく肩を揺らして笑っていた。
「だが、さっきの無駄のない完璧な動きを見せられちゃ、もうぐうの音も出ねえ。お前は確実に本物の強さを手に入れた。だからこそ、俺たちを弟子にしてくれ!」
彼らは純粋に、かつての自分たちの評価を改め、強者に対して教えを乞うていたのだ。
だが、シオンはぶんぶんと首を横に振った。
「だ、ダメです! 僕なんて、社長の深遠なる教えの入り口に立っただけの未熟者です! 僕ごときが人に教えるなんて、おこがましいにも程があります!」
何度頼んでも首を縦に振らないシオンに、男たちはついにため息をついた。
「……わかった。今はまだ、お前も自分の修業で手一杯ってことだな」
彼らは武器を手に取り、岩棚から立ち去る準備を始める。だが、戦士の男はすれ違いざまに、ニヤリと笑ってシオンの肩を叩いた。
「とりあえず俺は、弟子入りを諦めないからな」
そう言い残して別れていく男たちの背中を見送りながら、シオンは「どうしてこんなことに……」と困惑したように呟くのだった。




