『霊力』の擬似再現
「悪いが、もう一回ギルドに戻るぞ。これからの季節に向けて、工房の設備をアップデートするための極上素材を採りに行きたい」
「むっ? 新たな魔導具の素材集めか! ふははは、この天才社長が直々に同行してやろう!」
クロエが頷いた。
「……ええ、私もお供するわ。Bランクの採取地がどんなものか、勉強させてもらうわね」
シオンも「社長の次なる試練ですね!」と勝手に意気込み、一行はそのままギルドへUターン。
レイジは新たに手にしたBランクの権限を提示し、「炎爪の渓谷」への立ち入り許可と、関連する素材の採取依頼をあっさりと受注した。
手続きを済ませた一行が拠点であるカノンの工房へと帰還した時のこと。
「って、なんだこれ?」
工房の扉を開けたレイジは、部屋の中央に鎮座する見慣れない無骨な機械――巨大な試作デバイスと、それを取り囲んで何やら熱を帯びた議論を交わしている二人の姿に目を瞬かせた。
「ちょっとアンタたち! お帰りなさい! ちょうどいいところへ帰ってきたわね!」
顔を上げたのは、工房の主であるカノンだった。彼女は作業用ゴーグルを額に押し上げ、興奮した面持ちでバンバンと机を叩いた。
「レイジさん、お疲れ様です。私たちの『大発明』、見ていってください」
隣では、ルカが少し眠そうな目をこすりながらも、どこか誇らしげに胸を張っていた。
「大発明? お前ら、留守番の間に何作ってたんだ?」
レイジが試作デバイスを覗き込むと、そこには高純度の魔石と、目が眩むほど複雑な術式回路が幾重にも組み込まれ、淡い光を放っていた。だが、その光の波長――魔力のものであるはずなのに、どこかレイジたちが扱う『霊力』に酷似した揺らぎを持っている。
「まさか……」
「そうよ! あんたたちが使っている『気』だか『霊力』だかっていうあのヘンテコなエネルギー、アレの仕組みがどうしても気になってね! ルカの知識と私の魔導工学を総動員して、徹底的に解析してみたのよ!」
カノンが熱っぽく語ると、ルカも静かに言葉を継いだ。
「レイジさんたちのエネルギーは、魔力とは全く異なるレイヤーで動いています。ですが、その『波長』と『出力の法則性』を数式化して、魔力の挙動で強引にトレースすることは可能なはず……そう仮定して、術式を編み直したんです」
ルカがデバイスのスイッチを入れると、魔石から放たれる魔力が、まるで霊力のような滑らかさと高密度な干渉力を持って空間に展開された。
「完全な再現とまではいかないし、燃費もまだまだ悪いわ。でも……これなら、魔力しか持たない普通の人間でも、このデバイスの補助さえあれば、擬似的に『霊力』に近い現象を引き起こせるのよ!」
カノンがドヤ顔で宣言する。
かつて魔導エアボードの開発で競い合ったからこそ、カノンとルカはレイジの技術を深く認め、同時に「魔導工学の意地」としてそれに食らいつこうとしていたのだ。
だが、ルカはどこか悔しそうに巨大なデバイスの光を見つめ、静かに首を振った。
「……でも、やっぱり『本物』には及ばないですね。たいていの物理現象は、高度な術式を組めば魔力でも再現可能です。ですが、霊力を魔力でシミュレートするには、どうしても『この馬鹿げたサイズの機械』に頼らざるを得ませんでした」
「どういうことだ?」と眉をひそめるレイジに、カノンが腕を組んで深く息を吐いた。
「擬似霊力への波長変換には、環境魔力からのノイズを完全に遮断しつつ、天文学的な速度で術式を補正し続ける必要があるのよ。もし生身の人間が杖や詠唱だけでこれをやろうとしたら、処理落ちして脳が焼き切れるか、魔力が暴発して自爆するわ。だから、この『外部演算デバイス』に波長変換とノイズキャンセリングの処理を全部丸投げしないと、擬似霊力なんて一瞬たりとも維持できないのよ!」
ルカも頷き、言葉を重ねる。
「ええ。魔力はあくまで外部環境に依存し、常に周囲の干渉を受けます。ですが、本物の霊力は内なる生命エネルギーがベース。外部のノイズに左右されず、乗り手の『微細な意思や思考のブレ(シグナル)』を寸分のラグもなくデバイスに直結させることができる……。この『霊力だからこそできる絶対的な独立性と優位性』だけは、どうしても魔力だけでは超えられませんでした」
そう語り、ルカはちらりとレイジへ視線を向けた。
「……ですが。もし、熱暴走に耐えうる極めて純度の高い『特殊な属性鉱石』をコア素材として組み込めるなら、話は別です。膨大な演算処理の負荷を相殺し、この巨大な機械を……レイジさんが作っている『外部ストレージ』並みに小型化することは、理論上可能です」
カノンがニヤリと笑う。
「それにね。アンタがエアボードの時に『力(魔力)を通す骨と、心(霊力)を通す神経を分離させる』って言ってた意味が、今なら完全に理解できるわ。あのふざけた機動力も、異常な燃費の良さも、全部その『霊力の持つ透過性と独立性』あってのものだったのね!」
負けず嫌いな職人として悔しさを滲ませつつも、カノンとルカの顔には、未知の技術の核心に触れ、それを機械という形で具現化させたエンジニア特有の恍惚とした笑みが浮かんでいた。
レイジは、目の前の巨大なデバイスと二人の顔を交互に見比べた。
霊力という異質な概念を解析し、その限界と優位性までをも論理的に導き出した上で、純粋な魔力と外部演算デバイスによって『擬似再現』してみせるなど、技術的なハードルは狂気の沙汰に近い。その上、すでに小型化のための明確な理論まで打ち立てているのだ。
「……お前ら、マジで天才か?」
「ふふんっ! 当たり前でしょ!」
「ええ、私たちは最高の職人ですから」
見事に胸を張るカノンとルカ。
(こいつらの技術力と、この擬似霊力の演算回路……。それに、これから採りに行く『炎爪の渓谷の極上素材』が合わされば……俺が考えてた新型暖房もさらにヤバいものができそうだな)
レイジはニヤリと獰猛に笑い、先ほどギルドで受注してきたばかりの「炎爪の渓谷」の依頼書をテーブルに叩きつけた。
「よし、それならちょうどいい。これから工房に最高の『暖房設備』を作るぞ。お前らのその擬似霊力技術と小型化の構想……俺の設計に組み込ませろ」




