Sランクとの熱戦を終えて:技師は工房の寒さ対策に思いを馳せる
「はぁっ!」
講師が地面を蹴り、空気を裂くような鋭い踏み込みと共に木剣がエレナへと振り下ろされる。
「わわっ、すごいスピードですねー!」
パキンッ!
エレナが手にした木剣で、講師の重い一撃を軽く受け止めた瞬間。
「なっ……!?」
講師が放った鋭いエネルギーが、まるで凪いだ海に落ちた一滴の水のように、音もなくスッと周囲の大気へ拡散して消えた。
エネルギーを完全に相殺され、一瞬だけバランスを崩しかけた講師だったが、そこは百戦錬磨のSランク。体勢を即座に立て直し、次撃を放とうと踏みとどまった。
(馬鹿な……俺のSランクとしての練気を、力で弾き返すのではなく『波長を合わせて完全に打ち消した』だと……!?)
講師はギリッと奥歯を噛み締めると、寸前のところで自ら木剣を引き、大きくバックステップを踏んで距離を取った。
「……そこまでだ」
静寂に包まれた演習場に、講師の低く響く声が落ちた。
「えっ? もう終わりですかー?」
首を傾げるエレナに対し、講師は額に滲んだ冷や汗を拭いながら、複雑な表情でため息をついた。
「ああ。俺の練気を一瞬で殺しきれるほどの技術があるなら、実戦で通用しないわけがねえ。これ以上やって怪我人が出ちゃたまらねえからな。……お前の底知れなさは十分わかった。文句なしの合格だ」
Sランク講師は底が見えなエレナを前に、大きく息を吐いて乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「さて、次は……そこの気怠そうな兄ちゃん。お前の番だ」
Sランク講師――ヴァルガスは、木剣を構え直し、レイジへと鋭い眼光を向ける。
(先ほどの小娘は規格外だったが……この男はどうだ? あのガキ社長が『私より上』と評したもう一人……)
「いくぞ」
ヴァルガスが短く告げると同時、再び演習場の空気が張り詰めた。
レイジはだらりと木剣を下げたまま、静かに息を吐いた。
かつては専用の外部ストレージを介さなければ安定しなかった魔力と霊力の融合だが、連日魔導エアーボードのエンジンを作り続けてきた日々のなかで、そのプロセスは彼の体に深く刻み込まれていた。今や、補助具がなくとも、皮膚の表面に薄く纏う程度の融合であれば、無意識に、自然に制御できるようになっている。
「ふっ!」
ヴァルガスが踏み込み、鋭い突きを放つ。それは、レイジの反応速度と防御技術を的確に測るための、速く重い『探り』の一撃。
レイジは最小限の動きで木剣を跳ね上げ、その突きを斜めに受け流した。
ガキィッ!
小気味良い木の音が響く。レイジは受け流した勢いを利用し、手首を返して軽い反撃の軌道を描く。
(ほう……滑らかな太刀筋だ。だが、エネルギーの『芯』が全く読めねえ……!)
ヴァルガスは瞬時に木剣を引き戻し、レイジの反撃を弾き返した。
そこからは、傍目には地味だが、極めて高度な次元での探り合いが始まった。
打ち合うたびに、ヴァルガスは魔力と気の出力を僅かずつ、しかし確実に引き上げていく。レイジもまた、それに同調するように自らの中で馴染んだ霊力と魔力の融合出力を繊細に調整し、決してヴァルガスの力量を上回らず、かつ押し負けない絶妙なラインを維持し続けた。
カンッ! カァンッ!
乾いた音がリズミカルに演習場へ響き渡る。
ヴァルガスがフェイントを交えて放つ連撃を、レイジは洗練された感覚で捉え、寸前で捌いていく。
(……すげえな、このおっさん)
レイジは内心で深く舌を巻いていた。
Sランク冒険者、ヴァルガス。その剣術の完成度、気と魔力を自在に練り上げる技術の精度は、レイジの想像を遥かに超えていた。
レイジがエンジニアとしての知見や、身体に馴染ませた融合技術で補っている部分を、ヴァルガスは純粋な鍛錬と実戦経験だけで到達し、極限まで洗練させているのだ。
ヴァルガスもまた、冷や汗を流しながら内心で驚愕していた。
(こっちが出力を上げれば、寸分違わぬ精度で合わせてきやがる……! どんな技術だ? 魔力とも気とも違う、未知の力が完全に融合してやがる……!)
互いに決定打を放つことなく、ただひたすらに相手の底を測り合う、息の詰まるような剣戟。数分間にも及ぶ濃密な打ち合いの末、ヴァルガスはふっと全身の力を抜き、木剣を下ろした。
「……やめだ、やめ」
「……助かる」
レイジも短く息を吐き、木剣を肩に担ぎ直した。
「俺の名前はヴァルガスだ。お前らみたいなふざけた連中の相手は、俺の寿命が縮む」
ヴァルガスはボヤきながらも、その目には確かな実力者への敬意が宿っていた。
「レイジだ。アンタも、俺が知る中でトップクラスに手強いよ」
「へっ、お世辞でもありがたく受け取っておくぜ。……レイジ、お前も合格だ。晴れてBランク昇格だな」
Bランクへの昇格手続きを終え、ギルドカードを更新したレイジたちは、ギルドを出て王都の通りを歩いていた。
「ふはははは! 当然の結果なのだよ! 我が商会の誇る筆頭技師とお茶汲み要員が、その程度の試験で落ちるわけがなかろう!」
先頭を歩くリリアーナは、自分が合格したわけでもないのに一番偉そうにふんぞり返っている。
「いやあ、無事に終わってよかったですー!」
エレナはニコニコと笑いながら、手元のBランクカードを嬉しそうに眺めていた。
その後ろでは、クロエとシオンが「あれだけの規格外の力を完璧に隠蔽し、互角にSランクと渡り合うなんて……!」と、またしても勝手な深読みをして感極まっている。
賑やかな一行の中で、レイジはふと空を見上げた。
乾いた風が通りを吹き抜け、少し前までの暖かさが嘘のように肌寒く感じられる。
(……最近、寒くなってきたな)
レイジは作業着の襟を少し立てながら、カノンの工房の現状を思い浮かべていた。
工房には一応、備え付けの魔導ストーブなどの暖房設備はある。だが、いかんせん旧式で魔力効率が悪く、温まるまでに時間がかかるうえに部屋ごとの温度ムラが酷かった。何気にちょっと不便なのだ。
(どうせなら、もっと質の良い暖房設備を自作したいな。霊力と魔力の融合回路を応用すれば、全方位を均一に温めつつ、エネルギー消費も極小に抑えられる新型が作れそうだ)
だが、問題は『素材』だった。高品質で安定した熱源デバイスを組み上げるには、市販の安価な魔石ではなく、特殊な環境で採れる純度の高い火属性鉱石や、それに耐えうる外装材が必要になる。
レイジは手元のBランクカードに視線を落とし、ニヤリと口角を上げた。
(……Bランクになったなら、高難易度の素材採取地にもギルドの許可が下りるはずだ。『炎爪の渓谷』あたりの立ち入り制限エリア、あそこなら極上の素材が採れる……もう一度、ギルドへ戻るか)
「おい、ポンコツ」
レイジが唐突に声をかけると、リリアーナが「誰がポンコツだ!」と噛みついてきた。




