Bランク昇級試験、開幕!
「……判定。魔力量……む? 前回は『平均値レベル』より、微妙に下がっているな。体調でも悪いのか?」
「あはは、そんなことないですよー!」
ニコニコと笑うエレナに、試験官は首を傾げながらバインダーに数値を書き込んだ。
レイジは、驚愕で固まっているクロエたちを横目で見た。
(あの規格外の師匠が『自分より上』と断言した二人の魔力量が、常人以下……!? いや、騙されないわよ! きっとこれも、魔力を極限まで隠蔽する高度な技術なんだわ!)
クロエの勘違いは、ここでも順調に深まっていた。
「では、第2ステップ『魔力精密制御テスト』に移る」
試験官が指差した先には、10枚ほどの『魔導フリスビー』が無造作に積まれていた。
「お前たちが以前Cランクに上がった時は、単純な球体である『魔導ボール』を使っただろう。だが今回はBランクへの昇級試験だ。使用するのはこの『魔導フリスビー』に変更されている」
試験官はフリスビーを一枚手に取り、コンコンと叩いた。
「いいか。魔導フリスビーは、その形状と内部術式から『投げて飛ばすこと』に完全に最適化されて作られている。だからこそ、空中でピタリと静止させたり、軌道を意のままにねじ曲げるといった細かい制御は、魔導ボールに比べて格段に難しい。Bランクに相応しい繊細なコントロール能力があるか、ここで見極めさせてもらうぞ!」
「はい、始め」
合図と共に、レイジは無造作にフリスビーを放り投げた。
補助具は一切使わない。彼は指先から見えない『霊力の糸』を伸ばし、フリスビーの内部術式に直接干渉した。
ビタッ。
勢いよく飛んでいたフリスビーが、空中の指定座標で不自然なほどピタリと静止する。そのままレイジが指先を軽く振ると、フリスビーは鋭角なジグザグ軌道を描き、音もなく手元へ戻ってきた。
「あ、私もやりますねー」
エレナもまた、鼻歌交じりでフリスビーをひょいっと投げる。彼女は魔力と霊力の共鳴を最小限に抑えつつ、周囲の気流ごとコントロールし、空中で八の字を描かせてから優雅にキャッチした。
「……う、うむ。無駄のない、地味だが確実なコントロールだ。合格」
試験官は拍子抜けしたようにハンコを押した。派手な魔法現象は一切起きなかったが、見事なまでの安定感だった。
第3ステップ『実戦出力テスト』。
「今回は的が高速で不規則に動く! さらに、発射台からは強風や泥の魔法がランダムに飛んでくる! 妨害をかいくぐり、的確に標的を射抜け!」
演習場の奥で、二つの的が目まぐるしく動き始めた。同時に、レイジたちの足元を狙って強烈な突風の魔法が吹き荒れる。
レイジは面倒くさそうに首を鳴らすと、一切動かずに的の軌道をじっと観察した。
レイジは指先から、ほんの微かな霊力を糸のように伸ばした。そして、自身へ向かってくる「強風の魔法」の魔力流の要所にピンポイントで干渉する。
ヒュガッ!
直後、レイジを吹き飛ばすはずだった突風が不自然に軌道を捻じ曲げられ、鋭い風の刃となって重なり合った二つの的を同時に撃ち抜いた。自らの力は最小限の『トリガー』に留め、周囲で荒れ狂う妨害の魔力をそのまま攻撃へと転用したのだ。
「わ、私もいきます!」
エレナも足場を揺らす泥の魔法を軽いステップで回避しながら、「えいっ」と小さな光弾を放つ。それらはスナイパーのような精度で、残りの的を次々とピンポイントで貫いていった。
「……全弾命中。合格だ」
「やったー!」
派手な爆発も破壊もない、ただ『百発百中』という地味すぎる結果。
後ろで見ていたクロエは一人震えていた。
(自らの微弱な力をトリガーにして、妨害の魔法すらハッキングするように利用して的を射抜く……! 一切の無駄なエネルギーを漏らさず、周囲の環境すべてを支配して結果を出すなんて……!)
最終の第4ステップ『対人実戦形式』。
青空の下、腕を組んで待ち受けていたのは、先日リリアーナと空中戦を繰り広げた現役Sランク冒険者の講師だった。
「……チッ。ギルドの爺さん共から『空を駆けるフリスビー鬼ごっこは危険すぎるから禁止だ』って釘を刺されちまってな。俺としては最高に不満なんだが……今回は普通に地上での打ち合いだ」
講師はボヤきながら木剣を引き抜くと、ゆっくりとレイジとエレナに向き直った。
(こいつらが……あの規格外のガキ社長が『私よりずっと上』と断言した二人……!)
講師の頭の中には、リリアーナのあのドヤ顔と底知れない実力が鮮明に焼き付いていた。
元気よく一歩前に出たエレナに対し、Sランク講師は木剣を構えて鋭い視線を送った。
(……なんだ、こいつは。魔力量はぎりぎり平均値レベルだが、この肌を刺すような異質なプレッシャーはなんだ……?)
講師は『霊力』という未知の概念こそ知らなかったが、数多の死線を潜り抜けてきたSランクの研ぎ澄まされた直感で、エレナの内側に渦巻く「正体不明のエネルギー」を確信していた。
その様子を外野から見守っていたシオンは、一つの確信へと至っていて。
「……間違いない! あのプレッシャーの正体……社長が以前、俺に授けてくださった教えの通りだ!」
「えっ、師匠の教えって……!?」
驚くクロエに対し、シオンは興奮気味に語り始めた。
「エレナさんは、生命エネルギーである『気』を極限まで圧縮し続け、全く別次元の『霊力』という未知の領域へと昇華させているんだ! そして、その気の極致とも呼べる力を、わずかな魔力と同軸で共鳴させている……! 以前社長が『周囲の魔力と気、その両方を引き寄せて自身の糧とする』と仰っていたあの至高の理論を、エレナさんは完全に体現しているんだ!」
「き、気を極限まで圧縮して、別次元の力に……!?」
シオンの独自解析(という名の過去のドヤ顔講義の超解釈)は、風に乗って演習場に立つ講師の耳にもしっかりと届いていた。
(気を極限まで圧縮し、魔力と共鳴させる、だと……? ふん、ガキの社長が『自分より上』と豪語するだけのことはある。ただの小娘ってわけじゃなさそうだ)
講師は口元に獰猛な笑みを浮かべると、木剣を握る手にギリッと力を込めた。
「だったら、少しばかり『本気』を見せてやる。しっかり防げよ!」
講師の体から、鋭く練り上げられた魔力と気が立ち昇る。
それは全力ではない。だが、二つのエネルギーを高度な次元で絡み合わせたSランクならではの重い一撃。彼自身、まだ相手の底を計りかねているからこその、強烈な『探り』の剣だった。




