フリスビーで空を駆ける空中戦と、Sランク講師の奥の手
「あ、あのガキ、俺と同じように3枚のフリスビーで空を走ってる!? しかも速いッ!」
「捕まえたぞーっ!」
「うおぉぉおっ!?」
リリアーナの小さな手が講師のマントをすれすれで掠める。
まさか自分と同じ3枚フリスビーの立体機動で、開始数秒にして肉薄されるとは思わなかった講師は、冷や汗を流しながら慌ててフリスビーの展開速度を限界まで引き上げた。
「ふはははは! 逃げ足だけはいっちょ前だな! だが、お前の『右側』は防御が甘いのだよ!」
リリアーナが高らかに言い放ち、右手を大きく振りかぶる。講師は咄嗟に右への防御姿勢を取ろうとした――が。
ダンッ! という鋭い踏み込み音と共に、リリアーナは空中のフリスビーを蹴り、猛烈なスピードで『左側』へと急旋回して突っ込んできた。
「なっ!? そっちは左……うおっとぉ!」
間一髪で身を捩って躱す講師。
(フェイントか!? あんな子供が空中戦で高度な揺さぶりを……!?)
「ちぃっ! 離れろ、このじゃじゃ馬ッ!」
「そこかぁっ! 今度は『上空』から攻めてくれるわ!」
頭上へ視線を向けたリリアーナが、上の空間にフリスビーを配置するような素振りを見せる。講師は上空への警戒を強め、迎撃の体勢をとった。
しかし――。
リリアーナは配置したフリスビーを足場にして下へ向かって急降下し、講師の『真下』から死角を突いて猛烈な蹴り上げを放ってきたのだ。
「うおぉぉい!? 今度は下かよ!」
ギリギリでかわしながら、講師は一つの確信を抱いていた。
「ふはははは! どうしたSランク! 逃げているだけではこの天才社長は倒せんぞ! ならば『正面』から堂々と捕まえてやるのだよ!」
リリアーナが真っ直ぐ真正面から突っ込んでくる……と見せかけて、フリスビーを三枚連続で蹴り渡り、講師の『背後』へと回り込む。
「やっぱり逆じゃねえか!! 丸わかりだろ!」
講師は思わずツッコミを入れつつ、背後へと回避行動をとった。
(くそっ、言葉と逆から来るって丸わかりなのに、あの謎の推進力がデタラメすぎる……!?)
広大な演習場の上空では、必死に逃げ回るSランク講師と、それを大笑いしながら縦横無尽に猛追する少女による、誰も見たことがないような大空の超高機動ドッグファイトが繰り広げられていた。
「あれ……俺たちの試験って、なんだっけ……?」
それなりにボードを乗りこなしていたはずの他の受験者たちは、上空でポカンと口を開け、王都の広い空を縦横無尽に駆け巡る異次元の追いかけっこを呆然と見上げるしかなかった。
互いの余力は十分に残っている。体力もエネルギーも尽きる気配はない。だが、このまま延々と飛び続ければ、いずれ自分が些細なミスで「丸わかりのフェイントを仕掛けてくるガキの鬼ごっこ」に捕まるという大失態を演じかねない。
本格的にヤバいと悟った講師は、長年の修羅場で培った強靭な精神力でポーカーフェイスを完璧に保ちつつ、脳内をフル回転させて一つの結論――『奥の手』に達した。
「――そこまでッ!!」
突如、空中に響き渡る講師の大音声。彼は空中でピタリと制動をかけると、勢い余って突っ込んできたリリアーナをフリスビーの足場で華麗にいなし、厳かな表情でビシッと指を突きつけた。
「……見事だ。その機動力、そして未知の力を操るセンス。これ以上見極める必要はない。お前の実力は、既にCランク……いや、それ以上の水準にあると俺が保証しよう。合格だ!」
「む? なんと、もう終わりか! ふははは! お前もなかなか見る目があるではないか!」
「……あ、ああ。とりあえず合格だ」
一方、地上に取り残された他の受験者たちは、エアーボードの上で完全に迷子になっていた。
「俺たち……どうすればいいんだ……?」
地上でバインダーを抱えていたベテラン試験官が、額の汗を拭いながら声を張り上げた。
「えー、コホンッ! 機動試験は……今の特例をもって終了とする! 残りの受験生は、急遽手配した別の講師と共に、地上での通常の『対人実戦形式』を行う! エアーボードを降りろ! 今の試験はなかったことにする!」
「「「なかったことに!?」」」
ふんぞり返りながら地上へと舞い降りてきたリリアーナのもとへ、シオンが興奮した面持ちで駆け寄った。
「さすがは師匠……! あのSランク冒険者と互角の空中戦を繰り広げるなんて!」
シオンは感極まったように拳を握り締めた。
「ふははは! チョロいものなのだよ! まだまだ飛び足りないくらいだ!」
大威張りで胸を張るリリアーナだったが、その直後、「……イタッ」と小さく顔をしかめた。
見ると、超高機動の風圧や無理な姿勢での急旋回の反動で、彼女の小さな腕や足にはいくつもの擦り傷ができていた。
「おいおい、調子に乗って無茶するからだろ、ポンコツ」
呆れたようにため息をつきながら歩み寄ってきたレイジが、片手をリリアーナの傷口にサッとかざした。
すると、淡い光(霊力)がフワリと収束したかと思うと、リリアーナの擦り傷や青あざが一瞬にして跡形もなく消え去ってしまった。
「「「なっ……!?」」」
シオンとクロエ、一部始終を見ていたギルドの試験官や冒険者たちが、一斉に目を見開いて息を呑んだ。
「む、無詠唱の完全回復!? い、いや、魔力の波長すら一切感じなかったわよ!? というか彼は只のエンジニアでしょう!?」
だが、周囲のどよめきを浴びながら、リリアーナは得意げな顔をさらにふくらませ、ビシッとレイジとエレナを指差した。
「ふはははは! 何を驚いているのだ! まったくお前たちは何を勘違いしている! いいか、私はあくまで商会の『社長』! 戦闘や支援の実力で言えば、うちの筆頭技師であるレイジや、お茶汲み担当のエレナの実力は、私なんかよりもずっとずっと上なのだよ!」
「「「…………は?」」」
(あ、あのリリアーナ師匠よりも……上……!?)
(じゃあ、後日行われるっていう、その二人の昇級試験は……一体どうなっちゃうのよ……!?)
数日後。
再び王都冒険者ギルドの特設演習場には、レイジとエレナ、ドヤ顔を浮かべるリリアーナ、さらにクロエとシオンの姿があった。
「よし、本日はお前たち二人のCランクからBランクへの昇級試験を行う。まずは第1ステップ、『潜在魔力量の測定』だ」
レイジが気怠げに歩み寄り、測定用水晶に手を乗せる。
水晶の中には、ゆらゆらと小さな光が灯った。
試験官は手元の記録と水晶の光を見比べ、小さく頷いた。
「……ふむ。前回の登録時の記録では『平均的な成人の3割』という数値だったが……今回は『4.5割』まで増えているな。少しは鍛錬の成果が出たようだが、Bランクを目指すには依然として圧倒的に低い水準だぞ」
「次、前へ」
「はーい!」
元気よく飛び出したエレナが水晶に両手を乗せると、ぼんやりとした光が灯った。




