茶汲み係の一撃
Cランク冒険者のクロエまでもが、リリアーナ商会の「下働き兼弟子」として加わることになった。
ある日の裏庭での特訓中。リリアーナは小さな胸をそらし、大真面目な顔でドヤ顔を浮かべながら言い放った。
「良いか二人とも! 技を叩き込む時は『大きな塊のままぶつけるな! 一度お煎餅食べる時みたいに細かく砕いて、ドカンだ!』! これさえできればどんな堅い相手もイチコロなのだよ!」
「……っ!? なるほど……っ!!」
シオンは雷に打たれたように目を見開き、猛烈な勢いでノートに筆を走らせる。
「体内で練り上げたエネルギーをそのまま撃ち出すのではなく、ミクロン単位まで極小に破砕・分散……! 相手の魔力防御の『分子構造の隙間』をすり抜けさせ、体内に浸透した瞬間に一気へと再結合・膨張させるのですね! 力を『面』ではなく『微粒子』として流し込む……! 従来の『密度の向上』という固定観念を根底から打ち破る、至高の透過破砕理論です……!」
「なっ……!? エネルギーを固めるのではなく……あえて微粒子化して防壁を透過させるの……!?」
クロエは絶句した。
(私はずっと『塊としての密度』ばかりを求めていた……! 固めるのではなく、砕いて隙間をすり抜けさせるなんて……なんて破天荒で、恐ろしいほど理にかなった真理なの……!?)
「ありがとうシオン君! 私の長年の迷いが吹き飛んだわ!」
シオンの斜め上の超解説により、クロエまでもが「透過破砕」の理論に開眼。持ち前のセンスで自身の技を組み立て直し、彼女の突きの貫通力は恐ろしい勢いで進化し始めていた。
「……ねえ、レイジ。リリちゃん、ただ硬いお煎餅を小さく割って口に放り込みたいだけだよね……?」
「ああ。さっき『小さく割って食べた方が食べやすいぞ』って威張ってたからな……」
いつになく鋭い観察力を見せるエレナとレイジは、そろって盛大な溜め息をつくのだった。
数日後。クロエのもとに、旧知のBランクパーティーから「強力な魔物が出るから助っ人に来てほしい」と依頼が入る。相手が手強く、前衛と後衛で『あと二人』足りないらしい。
「任せて。最高の助っ人を連れて行くわ!」
クロエは意気揚々と、シオンと、自身が崇拝する師匠リリアーナを推薦しようとした。だが、ギルドの窓口で手続きを進めようとしたクロエは、受付嬢の言葉に耳を疑う。
「……え? リリアーナ社長の冒険者ランクが無い……!?」
「はい、リリアーナ様は登録自体されておりませんよ」
まさかの無ランクに唖然とするクロエ。「あの化け物が未登録……!?」と戦慄しながら、買い出しの付き添いで来ていたエレナに向かって恐る恐る尋ねた。
「あの、エレナさん……エレナさんは、さすがにランク……あるわよね?」
「ん? ありますよ〜」
エレナはニコニコと答えた。
しかし、言葉足らずで具体的なランク(飛び級のCランク)を言わなかったこと、そして普段のカノンの工房ではお菓子を食べながらお茶を淹れている「ただのお茶汲み要員」にしか見えなかったため、クロエの脳内で盛大な勘違いが発生した。
(あ……『ありますよ(Eランクだけど)』ってことね……! まあ、普段はお茶汲みをしてる可愛い女の子だし、冒険者としては駆け出しなのね……)
そんな勘違いをよそに、エレナが「楽しそうだから行く〜!」と後衛の助っ人として同行することになった。
討伐現場に現れたのは、高密度の魔力ノイズを撒き散らす巨大な岩石の魔物『グラットン・ゴーレム』。周囲の魔力を乱す強烈なノイズのせいで、Bランク冒険者たちの魔法や遠距離攻撃がことごとく逸らされ、思うように通らない。
だが、エレナはまったく動じる様子もなかった。
覚醒を果たしたエレナの技術力と学習精度は、いまや異次元の域に達していた。かつてカルボ鉱山の過酷な環境で、巨大プラントを動かすためにレイジが構築したような「ノイズ干渉を完全にカットする特殊な外部ストレージ」すら、今ではエレナ単独で作成できるようになっていたほどなのだ。
さらにエレナは、以前ゴーレムを退治した際に偶然魔力と霊力(気)を共鳴させてしまった要素を、完全に自らの技術として継ぎ足していた。今や彼女は、意識的に魔力と霊力を同軸共鳴させることが可能である。
エレナは早くもその常識外れの力に慣れすぎてしまっていた。
(リリちゃんたちに『目立ったらダメ』って言われてるから、力をそれなりに抑えて……えいっ!)
パシィンッ――!!
魔力と霊力を共鳴させ放たれた純白の極光は、ゴーレムの分厚い魔力ノイズなど最初から「存在しない」かのように滑らかに通り抜け――。
ドカンッ――!!!
一瞬でゴーレムの上半身を丸ごと消滅させ、あろうことか背後の巨大な岩山にまでドリルで穿ったような大穴を開けてしまった。
「「「ええええええええっ!?」」」
静まり返る戦場で、言葉を失うBランク冒険者たち。
「あ、ちょっと強すぎちゃったかな?」と可愛らしく首をかしげるエレナの横で、クロエは細剣を落とし、目が飛び出さんばかりに固まっていた。
(……うそ……でしょ……? 私の『気と魔力の融合』なんて比じゃない……ノイズごと空間を削り取った……!?)
「え、エレナさん……! あなた、一体本当はランク何なんですか……!?」
膝をガクガクと震わせながら、クロエは引きつった笑みで尋ねた。
「えっ? ギルドの登録ですか? えーっと、確か飛び級で『Cランク』ですよ〜」
「Cランク……!?」
Bランク冒険者たちが「嘘だろ、Cランクがあんな一撃打てるわけねぇだろ!」と悲鳴のような声を上げる。クロエもまた、自身の見立ての甘さに激しい衝撃を受けていた。
(Cランク……? 飛び級で……!? いや、嘘でしょ!? あの出力、どう見てもAランク以上じゃないの……!? そうか……この子もリリアーナ師匠の側近……! 表向きはCランクやお茶汲みで身を隠してるけど、実力はとっくにAランク……ううん、それ以上の領域に達してるんだわ……!)
「さあシオン君、残ったゴーレムの足元を片付けちゃいましょう!」
「はいっ、エレナさん! 新たに授かった『透過破砕』、試させてもらいます!」
エレナが放った超火力で完全に戦意を喪失したグラットン・ゴーレムの残骸に対し、シオンとクロエが飛び込む。
シオンはミクロン単位に砕いたエネルギーを浸透させて内側から破砕し、クロエもまた「透過破砕」のイメージを乗せた細剣の突きで、残った岩石のコアを一瞬で穿ち抜いた。




