不完全なプログラムと強引な契約
「……教えてくれませんか。レイジさんのこと。あなたが何を視ていて、どうやって世界に干渉しているのか。さっきの『石』も、ただの石じゃなかったんでしょう?」
レイジは無意識に、右手の掌を擦った。
教える。それは、自分の手の内にあるハッキング手法を、この世界の住人に公開することを意味する。リスクマネジメントの観点からは「論外」だ。だが、彼女の瞳に宿る執着は、適当な嘘で誤魔化せる段階を既に超えていた。
「……俺は、霊能者の家系に生まれた。だが、出力が足りなくてゴミ扱いされた欠陥品だ。俺にできるのは、エネルギーの構造を読み取り、最小限のノイズを流し込んで、現象を書き換えることだけだ」
「構造を、書き換える……」
「そうだ。あんたが『火球』を撃つとき、魔力の周波数はバラバラで、熱が外へダンプされている。俺はそこにパッチを当てて、エネルギーが最短距離で収束するように誘導した。……それだけだ」
レイジは、懐に残った唯一の石を取り出し、エレナの目の前で転がした。
「この石も同じだ。大気中の魔力を外部ストレージとして固定した。……俺自身の霊力は細すぎて、単体じゃ何もできないからな」
エレナは石を手に取り、その冷たい表面をなぞる。
彼女にとっての魔法は「授かりもの」であり、崇高な神秘だった。だが、目の前の男が語るのは、もっと無機質で、徹底して論理的な「技術」の羅列。
エレナは石から視線を上げ、戸惑いと好奇心が入り混じった瞳をレイジに向けた。
「あの……そもそも、『霊力』ってなんなんですか? 私たちが使っている魔力とは、違うものなんですか?」
レイジはわずかに眉をひそめ、面倒そうに息を吐き出した。
この世界の魔力に関する厳密な学術的定義など、彼には知る由もないし興味もない。だが、自分が生まれ育った環境で嫌と言うほど向き合わされてきた「霊力」の性質についてなら、語るべき言葉を持っていた。先ほどの反応を見る限り、専門用語を並べ立てたところで目の前の少女には理解できないだろう。レイジは思考を切り替え、可能な限り物理的なイメージへと落とし込んだ。
「……細かい理屈なんて俺が知るか。だが、根本的に出どころが違う」
レイジはテーブルの上を指先で軽く叩いた。
「あんたたちが扱う魔力は、星や生物が発する『生命力』や、肉体・感情から生まれる力だ。例えるなら、『炎』や『水』だな。形を変えやすくて便利だが、焦りや恐怖といった感情の揺れ、あるいは周囲の温度や風にダイレクトに影響されて暴走しやすい。不純物が混ざりまくった、不安定で隙間だらけの力だ」
「……だから私、焦るとすぐに魔法が失敗しちゃうんですね」
「……俺の見立てならそうだな。対して霊力は、肉体や感情のもっと奥底……『魂』から抽出される純粋な力だ。こいつの最大の特徴は、周囲の状況に一切干渉されず、絶対に静止していることにある。魔力が揺らぐ炎なら、霊力は『ダイヤモンド』や、真っ直ぐな強い光だ」
レイジは自分の右手を見つめ、自嘲気味に鼻を鳴らした。
「俺の本家にいた化け物どもは、その絶対にブレない純粋な力を、巨大な丸太みたいにぶっ放して力技で周りを粉砕していた。……だが、俺にはそんな出力はない。丸太どころか、極限まで細い『1本の針』だ。だからゴミ扱いされた」
エレナは息を呑んだ。暫く沈黙したのち、覚悟を決めたように身を乗り出した。
「……あの! レイジさん、もしよかったら……ここに住んでくれませんか!?」
突拍子もない提案に、レイジは心底面倒そうに眉間へ皺を寄せた。
「……は? あんた、正気か」
「本気です! 宿の心配も要りませんし、空いてる部屋だってあります。魔法の資料だって、ここにあるものは全部好きに見ていただいて構いません。だから……私に、その『霊力』の扱い方を教えてほしいんです!」
「……断る」
レイジは即座に首を振った。
「言ったはずだ。長居はしないと。それに……年頃の男と女が二人、同じ屋根の下で暮らすなんてリスクが高すぎる。街の世間体だとか、防犯上の観点からも問題があるだろうが」
現実的かつ冷酷な指摘に、一瞬エレナは顔を赤くして言葉を詰まらせた。だが、彼女の瞳から光は消えなかった。
「世間体なんて気にしません! 街の人たちには……そう、遠縁の親戚か、私の助手ってことにすれば誤魔化せます。それに防犯って言いますけど、レイジさんが私に何かするような人じゃないってことくらい、今までのやり取りで分かってますから!」
「あんたの判断基準が緩すぎるだけだ」
「それに、レイジさんだって拠点があった方が都合がいいはずです! 宿屋に泊まればお金がかかりますし、この街で身元不明の人が長旅の準備をするのは大変ですよ? 一人暮らし用の生活道具も揃ってますし、ご飯も私が作りますから!」
エレナは引き下がらない。先ほどまでの自信なさげで危うい雰囲気は消え去り、必死に食い下がるその姿には、破れかぶれの頑固さが滲み出ていた。
レイジは頭を抱え、小さく吐露するように溜息をついた。
(……理屈で追い詰めても折れないタイプか。エラーを吐かずにゴリ押ししてくるのが一番性質が悪い)
確かに、彼にとって「自由に使用できる書斎と研究環境」が手に入るメリットは大きかった。街の宿屋を転々とするより、身元を偽装してこの家に潜伏する方が、外部からの追跡やノイズを回避しやすいのも事実だ。
沈黙が二人の間に流れる。
必死な眼差しで見つめ返してくるエレナと、冷めた視線で利害を天秤にかけるレイジ。
やがて、レイジは苛立ちを隠さずに舌打ちをした。
「……チッ。勝手にしろ」
「えっ……じゃあ、いいんですか!?」




