磨かれる才能と、解けない勘違い
それからというもの、シオンの生活はさらにストイックなものへと変貌していった。
日中は工房で完璧なバリ取りと研磨作業をこなし、パンク寸前だった商会の屋台骨を実直に支える。夕暮れからは、レイジの前で露呈した「1割か10割」という極端すぎる出力調整を克服すべく、血のにじむような特訓に明け暮れていた。
「気と魔力を同調させ……一気に削るのではなく、ミクロン単位で力を『削り出す』……!」
裏庭で、シオンは薄く青白い光を帯びながら自身のエネルギーを微細に制御しようと試行錯誤を繰り返す。
レイジから「リリアーナが使っているのは魔力ではなく、別次元の『霊力』だ」という真実の片鱗を聞かされてなお、シオンの脳内での解釈は斜め上を爆走していた。
――既存の魔力制御の枠組みすら完全に超越した、未知の絶対的な力。それこそが、社長の纏う「至高の気」なのだと、彼は一層深く神格化していたのである。
「ハァッ……! できた、今日はそれなりに出力を抑えられたぞ……! 社長のあの底知れない領域にはまだまだ遠いけど、確実に進歩してる!」
「……あいつ、本気であのポンコツの異質な力を『極限の気』と思い込んだまま、自力で出力調整のコツを掴みやがってるよ」
開けた窓の辺りで、その様子を眺めていたレイジは、深く、それはもう深く頭を抱えて天を仰いだ。
(だから、そもそも気じゃねえっての……。なんであそこまで綺麗に間違った方向へ信仰心を拗らせられるんだ……)
――ある日のこと。
王都の冒険者ギルド。シオンは受付窓口にて、商会の地味ながら確実な定期収入源である『ハック済み魔導コンロの燃料』の納品手続きを終えたところだった。ギルド併設の食堂などで重宝されているこの燃料の配達は、シオンに任された大切な日課の一つだ。
その帰り際、背後から凛とした声が声をかけてきた。
「ねえ君。さっきの納品処理の手際、それと身のこなし……ただのEランクじゃないわね?」
振り返ると、洗練された軽鎧を身に纏った若い女性が立っていた。
腰には上質な細剣を提げ、確かな自信を湛えた顔立ちは、ギルド内でも一目置かれる実力者であるCランク冒険者のクロエその人だった。
「え……俺、ですか? いえ、俺は万年Eランクの……今はリリアーナ商会でアルバイトをしているただの使い走りです」
シオンが謙遜して頭を下げると、クロエは興味深そうに彼の全身をジロジロと観察した。
「謙遜しなくていいわ。私には分かるもの。君、体の中で練り上げてるその力……すごく特殊で、洗練されている。もしかして、『気』と『魔力』を同時に高度に扱ってる?」
「っ……!」
シオンは驚いて顔を上げた。これまでは誰にも気づかれなかった自分のエネルギー制御を、この女性は一目で見抜いたのだ。
「ふふ、図星みたいね。ねえ君、名前は?」
「シオン……です」
「シオン君ね。実は今度、少し厄介な討伐依頼を受けるんだけど、私のパーティー、前衛が一人足りないの。君のその光る才能、私の下で活かしてみない? 報酬は弾むわよ」
まさかのCランクからの直接スカウト。
周囲の冒険者たちが「あの万年Eランクが!」とざわめく中、シオンは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「光栄ですが……すみません。俺、今はリリアーナ商会の仕事と、社長からの修行で手一杯なので」
「リリアーナ商会……? ああ、最近流行りのエアボードを売ってる成金商会ね」
クロエは少しだけ眉をひそめ、呆れたようにため息をついた。
「君ほどの才能が、あんな胡散臭い商会でくすぶってるなんて勿体ないわ。だいたい、あの子供の社長……リリアーナだっけ? 魔力なんて微塵も感じさせないし、ただ口先とハッタリだけで金儲けしてるだけのペテン師でしょ? 冒険者としての実力なんて、絶対大したことないわよ」
その瞬間、シオンの顔からスッと愛想笑いが消え失せた。
「……前言撤回してください」
「え?」
「うちの社長を侮辱する人は、どんな高ランクだろうと俺のパーティーメンバーにはなれません。失礼します」
シオンは氷のように冷たい声でそう言い放つと、振り返ることもなく、きびきびとした足取りでギルドを後にしてしまった。
残されたクロエは目を丸くし、やがて面白そうに唇を吊り上げた。
「……なるほど。あの商会、ただの金持ちの集まりってわけじゃなさそうね。俄然、興味が湧いてきたわ」
もっとも、クロエはあの程度の拒絶で引き下がるような女ではない。むしろ、才能ある原石が「実力のない(ように見える)子供」に異常なほど心酔しているという事実が、彼女の冒険者としてのプライドと生来の負けず嫌いに激しく火をつけていたのだった。
---
一方、ギルドを後にしたシオンがこなしていたもう一つの「お使い」。
それは実のところ、ほぼリリアーナの個人的な趣味と気まぐれによるものだった。
現在のリリアーナ商会において、二種類の魔導エアーボードは飛ぶように売れているものの、その生産体制には大きな制約がつきまとっていた。
レイジが手がけるハイエンド機は彼自身の霊力と魔力を融合させた特殊なストレージをコアとしている以上、どうしても生産台数に限界がある。同様に、ルカの手掛ける実用普及機に関しても、ルカ個人のキャパシティに依存するため無限に量産できるわけではない。
このギリギリの生産ラインは、有能かつ真面目な人材であるシオンが加わったことで劇的な安定を見せ始めていた。シオンが狂気的な精密さでパーツのバリ取りや下準備を完璧にこなすおかげで、レイジとルカは中核となるコアの組み込みと最終調整にのみ専念できていたのだ。
生産拠点としてカノンの作業場を大々的に間借りしている手前、リリアーナは「場所代と日頃の感謝」という建前で、コンロ燃料の納品のついでにシオンへ頻繁にお使いを頼んでいた。――もっとも、その中身の半分以上は、王都で流行っている行列限定スイーツや、リリアーナ自身が目をつけた珍しい素材の買い出しだったのだが。
両手に山のような荷物を抱えて工房へ戻ってきたシオンを、リリアーナはマントを翻してドヤ顔で出迎えた。
「社長……! ギルド食堂へのコンロ燃料の納品、完了しました! ついでにカノンさんへの差し入れの限定マカロンと、依頼されていた特注の研磨剤も無事に確保してきました!」
「うむ、大義であるシオン! コンロ燃料の定期納品は我が商会の堅実な基盤! そしてカノンへの差し入れを欠かさぬことで、機嫌良く作業場を貸し続けてもらえるというものなのだよ! 経営者たるもの、関係各所への根回しと気配りは決して怠ってはならんからな!」




