覚醒する新人
「感覚」でやっていることを、そのまま弟子に投げつけるポンコツ社長。
膝をついたシオンの瞳には、猛烈な尊敬と感動の光が宿っていた。
「呼吸を整えて、周囲の魔力と自分を繋げるイメージ……やってみます、社長!!」
「うむ! その意気なのだよ!」
息を荒らげ、膝を震わせながらも、シオンの瞳には純粋な尊敬と感動の光がギラギラと宿っていた。
その様子を工房の陰から見ていたレイジが、心底呆れたように深くため息をつく。
「……あいつ、あのポンコツのよく分からん感覚アドバイスを真に受けて、自分を破壊しなきゃいいがな」
「ふふ、でもシオンくん、すごく楽しそうですよ」
隣でエレナが微笑む通り、シオンの熱意は本物だった。
翌日からも、シオンの多忙で充実した日々が続いた。
日中はカノンの作業場の一角で、朝から泥まみれになりながら普及型パーツのバリ取りと研磨に没頭する。教わった工程をミリ単位の精度で遂行する手作業には一切の妥協がなく、彼の生真面目な働きぶりはパンク寸前だった商会の出荷ラインを力強く支え続けていた。
夕暮れ時になると、裏庭での秘密の特訓が始まる。
「ふはははは! 見るがいいシオン! 空間の魔力と内なる力を響かせれば、空すらも我が庭となるのだよ!」
「しゃ、社長! やっぱりすごいです……!」
リリアーナ自身も自らの修練を兼ね、三枚の『絶対軸維持フリスビー』を空中に展開しては、見えない『霊力の糸』で縦横無尽に跳び回る。自身の薄い魔力と泥臭く鍛え上げた霊力の杭、周囲の環境魔力を手繰り寄せる感覚を研ぎ澄ませながら、圧倒的な空中支配とドヤ顔を惜しみなく披露していた。
「内側のぐっとくるやつを、外側の魔力に引き合わせる……!」
特訓のたび、シオンは連日のようにガス欠で倒れては立ち上がりを繰り返した。
リリアーナの「足りないなら周囲から引っこ抜け」という支離支滅裂な指導を、シオンは超が付くほどの生真面目さで、独自の解釈によって噛み砕いていく。
過酷な肉体労働と特訓を反復する中で、シオンの鋭敏な感覚に奇妙な変化が訪れ始めた。
リリアーナがフリスビーを蹴るたびに空間に残る、透明で微細な力の痕跡――彼女が無意識に展開している『霊力』の波長を、ほんの僅かだが肌で感じ取れるようになってきたのだ。
(これが……社長が纏っている『気』の極致……! なんて澄んでいて、強靭なんだ……!)
それは、完全なる大いなる勘違いだった。
未知のエネルギーである『霊力』の存在を知らないシオンは、リリアーナが放つ異質な波長を「極限まで練り上げられた気」だと信じ込んでしまったのだ。
だが、ここからの彼が異常だった。
日中のパーツ研磨作業で培われた手先の器用さと異常な集中力が、見様見真似のエネルギー制御へと直結していく。
(社長のあの究極の『気』の波長をイメージして……俺の中の『気』と『魔力』の周波数を、ミクロン単位で合わせる……!)
まるで極細の金属パーツをミリ単位で削り出すかのように、極めて繊細に自らの「気」と「魔力」の波長を微調整し、同調させる。
二つのエネルギーが、音叉のように美しい「周波数共鳴」を引き起こした。
運用精度が上がるにつれ、共鳴は燃費の悪さを克服しはじめ、周囲の大気をも巻き込んでいく。
シュゥゥゥ……!
シオンの手から放たれたフリスビーが、周囲の大気から微弱な環境魔力を自動的に引き込みながら、ふわりと空中で静止した。一瞬ではない。数秒間、確かな安定を持ってそこに留まり続けている。
「おおっ! 出来たではないかシオン! やはり私の教え方は完璧だったのだな!」
すかさずドヤ顔でふんぞり返るリリアーナ。
シオンは自分の手を見つめ、歓喜に震えながら師匠を見上げた。
「はいっ! 社長が見せてくれたあの究極の『気』の波長をお手本にしたら、俺の『気』と『魔力』の周波数がぴったり噛み合って……! まだ少しですが、周囲の環境魔力まで自分の力として引き込めるようになりました!」
大声を響かせて、未だに霊力を「気」だと盛大に勘違いしたまま、目を輝かせて感謝を述べる弟子。
だが、工房の開けた窓からそのやり取りを眺めていたレイジは、手にしていたレンチをぽろりと床に落とした。
(……待て。気……? あいつ、今『気』って言ったか……?)
レイジの鋭い観察眼が、シオンの言動と体内で起きている現象の辻褄を瞬時に繋ぎ合わせる。
(リリが使ってんのは、俺の波長を無自覚に浴びて覚醒した『霊力』だ。……だけどシオンのやつ、それを『極限まで練り上げた気』だと勘違いしてやがる。その勘違いのまま、手作業で培った狂気的な精密さで、本物の『気』と『魔力』の周波数をミリ単位で同調させただと……!?)
「……嘘だろ。あいつ、あのポンコツの適当な言葉と大勘違いだけで、気と魔力の『共鳴』に辿り着きやがったのか……?」
「ふふふ。シオンくん、ルカちゃんのパーツ磨きもすごく上手ですし、才能の塊かもしれませんね」
窓辺で驚愕するレイジを余所に、庭の特訓はさらなる加熱を見せていた。
「よしシオン! その止まった足場へ向かって蹴り込むのだ! 機械の力なんぞに頼らず、己の力で空中を一歩踏み出してみせよ!」
「はい、社長っ!!」
シオンは大きく息を吐き出し、丹田に深く集中を落とし込んだ。
研磨作業で培った狂気的な集中力が、体内の「気」と「魔力」の回路を極小レベルで研ぎ澄ましていく。
(気と魔力をぴったり同調させて……周囲の魔力を少しだけ巻き込む……!)
シュンッ――!
シオンの身体から、微小ながらも高密度の衝撃波が弾けた。
共鳴によって爆発的に跳ね上がった体内の高エネルギーが、万年Eランクである彼の身体能力を瞬間的に数倍へと引き上げる。
ダンッ!
激しい駆動音とともに、シオンの体が弾丸のように跳ね上がった。空中に固定されたフリスビーの表面を、彼の足裏が捉える。
(足場が……沈まない……! 力が、ちゃんと伝わってる……!)
トンッ!
空中の一点に固定されたフリスビーを力強く蹴りつけ、シオンは空中で鮮やかな一歩を踏み出してみせた。
そのまま弧を描くように、見事な低空着地を決める。
「できた……俺、空中を一歩……蹴れた……!!」
ドサリ、と膝をつくシオン。
荒い息をつき、全身に強い疲労感こそ残っているものの、シオンの瞳はしっかりと前を見据えており、意識は明瞭そのものだった。
不完全ながらも環境魔力を自分のエネルギーへと引き込む循環の基礎を掴んだことで、リソースの消費効率が僅かに改善されていた。




