勘違いの弟子入りと、ポンコツ社長の適当指導
世間の冒険者たちが「エアボードを持っていれば空中を飛べる」と喜んでいる中で、リリアーナが見せつけているのは「自らの技術と操作だけで、完全に空中を支配する」という次元の違う芸芸だった。
エアボードのように機械の推力に運ばれるのではなく、自分の足で空を蹴り、己の鍛え上げた感覚だけで滞空する圧倒的な美しさと力強さ。
最後、空中で綺麗に一回転したリリアーナは、最後に引き寄せたフリスビーを足元に滑り込ませ、ふわりと羽毛のように着地してみせた。
「ふはははは! 見たかシオン!」
着地と同時に、お約束のドヤ顔で胸を張るリリアーナ。
「しゃ、社長……! あなた、本当はものすごい冒険者だったんですね……! ボードの性能に頼るんじゃなくて、自分の技術で空を飛ぶなんて……俺、感動しました……!」
目を輝かせ、興奮のあまり拳を握りしめてリリアーナに駆け寄るシオン。
「ふっ……分かればいいのだよ、分かれば! 道具に使われるのではなく、道具を従える! これぞ我がリリアーナ商会の真髄! どうだレイジ、シオンのこの輝かしい目を見るがいい!」
(ここなら……この商会なら、俺も強くなれるかもしれない)
「社長! 俺……俺を弟子にしてください!」
シオンは勢いよく頭を下げた。その声は、裏庭に響き渡るほど真剣だった。
「で、弟子だと!?」
予期せぬ言葉に、リリアーナのドヤ顔がピクリと反応する。
「はい! 俺、今までずっと『すごい道具さえあれば、Eランクの俺でもなんとかなる』って思ってました。だからエアボードを買うためにここに来たんです。でも……今の社長の動きを見て、目が覚めました!」
シオンの目には、リリアーナの姿が圧倒的な達人として映っていた。彼には、リリアーナが操る『霊力の糸』は見えない。シオンの目には、ただの金属の円盤が意思を持っているかのように空中で止まり、それを足場にして自らの卓越した身体能力と極限の魔力操作(シオンの完全な勘違いである)だけで空を舞っているようにしか見えなかったのだ。
「あんな見えない魔力の糸のような繊細な操作と、空中でバランスを崩さない完璧な体捌き……! 道具に頼るんじゃなくて、自分の力で空を飛ぶなんて……俺も、社長みたいに強くなりたいです! だから、仕事が終わった後で構いません、俺に稽古をつけてください!」
シオンの真っ直ぐな熱意に、リリアーナは「ほほう……!」と目を輝かせた。
「ふはははは! 良い心がけなのだよシオン! 便利な道具に頼り切る愚か者たちとは違い、己の肉体と技を磨こうとするその志、我が商会の社員として実にふさわしい!」
リリアーナはこれ以上ないほどふんぞり返り、シオンの肩をポンポンと叩いた。
「よかろう! この天才社長自ら、お前に基礎を叩き込んでやるのだ! もちろん、昼間のバリ取りと倉庫整理は完璧にこなすことが条件だがな!」
「ありがとうございます、社長! 俺、一生一生懸命働きます!」
シオンは満面の笑みで深く一礼した。
こうして、その日の業務終了後、裏庭でリリアーナによる特別講義が始まることとなった。
「良いかシオン、まずはこの『魔導フリスビー』を使うのだよ!」
リリアーナは自信満々に金属の円盤を一枚、シオンに差し出した。
「まずは魔力を込めて投げ、空中でピタリと固定する! 足を乗せる! これが第一歩なのだよ!」
「は、はいっ!」
シオンは気合いを入れ、体内の魔力を円盤に流し込んで前方に投げた。しかし、放たれたフリスビーは虚しく弧を描き、カランコロンと音を立てて地面を転がった。
「むむ……! 魔力だけに頼るからそうなのだ!」
リリアーナは腕を組み、偉そうに助言を付け加えた。
「魔力以外の力も使うのだよ! こう、体の中から湧き出るというか、もっと内側のぐっとくるやつを魔力と同時にぶつけるのだ! あとは空間の魔力を自分の味方にするイメージだな!」
完全に勘と感覚だけの、あまりにもアバウトすぎる説明。
(体の中から湧き出る内側の力……? それって、『気』のことか!? 魔力と気を同時に……!?)
シオンは目を閉じた。
(世間じゃ気はコスパが悪いって言われてるけど、社長はそれを魔力と組み合わせてあの神業をやってのけてたんだ! だから魔力だけじゃなくて、内側の『気』も使う……!)
当然、上手くいくはずがない。1度目、2度目とフリスビーは虚しく地面に落ち、シオンの額からは滝のような汗が吹き出した。
「くっ……もう一度です!」
迎えた3度目の挑戦。シオンはリリアーナの「内側の力と魔力をぶつける」「周囲の魔力を味方にする」という支離滅裂なアドバイスを必死に噛み砕こうとした。
(内側の『気』を練り上げて……そこに『魔力』を重ね合わせるんじゃなくて……引き合わせる……共鳴させる……!)
次の瞬間――シオンの体内で奇跡が起きた。
過酷な肉体労働と土壇場の集中力によって、彼の体内でわずかに練られた『気』と『魔力』が、微かに周波数を同調させ、小さな共鳴現象を引き起こしたのだ。
併用でもなく、融合のような極致の編み込みでもない。だが、異なる二つのエネルギーが体内で美しく響き合うその「共鳴」は、単一の魔力ブーストとは次元の違う出力を生み出した。
シュッ!
シオンの手から放たれたフリスビーが、一瞬だけ、確かに地上数十センチの空間でピタリと静止した。
「あ……止まった……! 止まりました社長!!」
シオンは歓喜の声を上げた。しかし、次の瞬間にドッと強烈な眩暈が彼を襲い、シオンはその場に膝をついた。
「ハァ……ハァ……うそだろ、一瞬で体内のエネルギーが空っぽに……!?」
当然である。エネルギーの共鳴は莫大な火力を引き出す高等技術だが、リソースの消費量も跳ね上がる。万年Eランクのシオンの体内に蓄えられた僅かな魔力と気など、一瞬で枯渇してしまうのだ。
「む? どうしたシオン、もう燃料切れか?」
リリアーナは両手で腰を支え、自慢げにふんぞり返った。
「甘いな! 自分の燃料が足りないなら、周囲の魔力をそのまま引っこ抜いて自分の力に変換すれば良いのだよ!」
リリアーナのこの指導も、実は完全な「勘」であった。
彼女自身、レイジからプレゼントされた『集魔の古弓』を使い込むうちに、弓の集魔構造と自身の『霊力の杭』が引き起こす共鳴現象を体感していた。そして最近では、弓を介さずともほんの僅かであれば、意識的に周囲の環境魔力を自身のエネルギーへと手繰り寄せることが可能になっていた。




