勤勉な新人と、ポンコツ社長の華麗なる(?)空中散歩
「了解なのだ! 我が商会の安寧を脅かす愚者へ――刻むがいい!」
リリアーナが背中の弓に触れることなく、手応えのある霊力の弦を力強く弾く。
「『リリアーナ・フルバースト』ーーっ!!」
「ひえあぁぁぁぁっ!?」
裏庭を丸ごと呑み込むほどの光の奔流が放たれ、この日一番の眩い閃光と轟音が王都の空へと駆け抜けていくのだった。
翌日。
リリアーナ商会は懲りずに新たなアルバイトの募集をかけていた。今度こそまともな人員を確保するため、レイジが厳格な審査基準と筆記テストを導入した結果、門を叩いたのは一人の冴えない少年だった。
少年の名はシオン。
冒険者としては一番下のEランク。実家が貧しく、日々の生活費を稼ぐためにギルドの掲示板にしがみついているような、どこにでもいるごく普通の少年だ。
「よ、よろしくお願いします……! リリアーナ商会、アルバイト志望のシオンです!」
ガタガタと緊張しながら頭を下げるシオンに、リリアーナはふんぞり返って腕を組んで見せた。
「うむ! 我が商会ではなまけ者や裏切り者は容赦なくあの光の奔流の餌食になるが、真面目に働く者には十分な給与と厚遇を請求するのだよ! まずは倉庫の荷物整理と、ボードのピカピカ磨きから励むがいい!」
「は、はいっ!」
シオンは言われた通り、共同で生産体制に入ったカノンの作業場で朝から夕方まで泥まみれになりながら黙々と働いた。手際こそ良くないものの、真摯に業務をこなすその姿に、エレナは「シオンくん、これお茶どうぞ!」と優しく差し入れを渡し、レイジも「及第点だな」と無愛想ながらその働きぶりを認めていた。
休憩中、シオンは店頭に飾られたハイエンド機『リリアーナ・ボード』を、羨望と悔しさが入り混じった複雑な眼差しで見つめていた。
「……いいなぁ。あれさえあれば、魔物の群れに囲まれても一瞬で逃げ切れるのに……」
ボソッと呟いたシオンの背後から、ひそかに様子を伺っていた同年代の冒険者仲間たちが冷ややかな笑い声を上げて近づいてきた。
「おいおいシオン、まだあんな高嶺の花の夢を見てるのかよ?」
「今の時代、魔物討伐に行くならエアボードの一つや二つ持ってて当然だぜ。お前みたいな万年Eランクの貧乏人が、いつになったらあんな高級品を買えるんだよ。ハハハ!」
からかうような笑い声に、シオンは歯を食いしばり、悔しそうに拳を握りしめた。
世間ではすでに魔導エアボードの所持が一種のステータスとなっており、持っていない者は「時代遅れの足手まとい」と陰で馬鹿にされる風潮が広がりつつあったのだ。
「……うるさい。いつか絶対、俺も買ってやるよ……!」
シオンが声を絞り出したその時、工房の奥からレイジがひょっこり顔を出し、無造作に声をかけた。
「おい、シオン。愚痴を垂れてる暇があるなら、そこの荷下ろしを手伝え。それと……お前、手先は意外と器用そうだな」
「えっ……はい!」
「なら、今度ルカが作る普及型パーツのバリ取りを教えてやる。ちゃんと働けば、お前が思ってるより早くボード代くらい貯まるだろ」
レイジの淡々とした言葉に、シオンはハッと目を見開いた。
馬鹿にしてきた仲間たちは気まずそうに去っていったが、シオンの胸には確かな熱が灯っていた。
「……はい! 働きます! 絶対にこの手でボードを買ってみせます!」
それからのシオンの働きぶりは、レイジの予想を上回るものだった。
元が何事にも真面目に取り組んできた性質もあってか、教えられたパーツのバリ取りや研磨の作業を、一切の妥協なくミリ単位の精度でこなしていく。持ち前の手先の器用さが存分に発揮され、最初はレイジやルカの手伝い程度だった作業も、半日も経てば一人で一連の工程を任せられるほどになっていた。
「……ほう。思っていた以上に早いな。検品と出荷準備のラインが完全に追いついたぞ」
レイジが作業台に並べられたパーツを手にとって確認し、小さく感心したように呟いた。
「シオンくん、すごい! ルカちゃんの作業負担もすごく減ってるよ!」
エレナがパチパチと拍手を送ると、シオンは照れくさそうに頭を掻いた。
「い、いえ! ルカさんの教え方が分かりやすいおかげです! それに、早くあのエアボードの代金を貯めたいですし……!」
真面目な努力家である新人の活躍によって、連日てんてこ舞いだったリリアーナ商会の工房に、わずかながら穏やかな「時間の余白」が生まれた。
「ふむ! 大義であったぞ、シオン!」
腕を組んでうんうんと頷いていたリリアーナが、満足げにマントを翻した。
「業務に余裕ができたということは……すなわち! 我が商会の最高経営責任者(CEO)である私が、さらなる高みを目指して修練を積む絶好の機会ということなのだよ!」
「修練……ですか? 社長もエアボードのテスト走行をするんですか?」
シオンが不思議そうに尋ねると、リリアーナは「甘いな!」と指をチチチと横に振った。
「流行のデバイスに身を任せるのも良いが、それに溺れて己の牙を鈍らせては本末転倒! 見るがいい、我が秘技を!」
リリアーナは背負っていた『集魔の古弓』を一旦外し、工房の隅へと立てかけた。彼女はホルダーから、金属製の円盤――ただの子供用玩具である『魔導フリスビー』を三枚、まとめて取り出した。勢いよく、裏庭の空へと向かって投擲する。
シュッ、シュッ、シュッ!
空中に散らばった三枚のフリスビー。だが、それらは地面に落ちることなく、地上数メートルの空間でピタリと停止した。
「な……っ!? 空中で止まった……!?」
驚くシオンの眼前で、リリアーナの背中から目に見えない透明な『霊力の糸』が幾筋も伸び、遠隔でフリスビーの配置をミクロン単位で空間へと固定していく。
「――はっ!」
かけ声とともに、リリアーナが地を蹴った。
小柄な身体が一瞬で跳躍し、一枚目のフリスビーの表面をトンッ、と足裏で力強く踏みつける。それを跳び箱の足場のように利用し、二枚目、三枚目へと空中を宙返りしながら高速で渡り歩いていく。
ポンッ! ポンッ! シュヴァッ!
まるで空中になにも存在しない透明な階段が自生しているかのような、常識外れの立体機動。
それだけではない。踏み台にした直後のフリスビーを自身の霊力の糸で手元へと一瞬で引き戻し、回転させながら前方へ再投擲。自らが落ちる前に新たな足場を空中に「生成」し続け、縦横無尽に上空を駆け巡ってみせた。
「すごい……! すごすぎる……!!」
シオンは作業の手を完全に止め、口をぽかんと開けて空を見上げていた。




