Bランク指名手配犯が選んだ、最悪のターゲット
ルカが焼き上げたグラデーションフレームに、レイジはセレスとの組み手から着想を得た『融合カートリッジ(V2.0:セーフモード)』を接続する。環境ノイズや高度による魔力の薄さに一切左右されない完全独立型コア。そして、乗り手の体内の魔力を単なる「操作シグナル(スイッチ)」としてしか消費しないパワーステアリング構造のOSを組み込んでいく。
「――コンパイル完了。起動する」
回路が静かな駆動音を立て、ノーズからテールにかけて美しい導魔回路が蒼く発光した。
流線型の魔導木ベースに上品なフレームが輝く、レイジ仕様の『普及型魔導エアボード(仮称:リリアーナ・ボード)』プロトタイプの完成だった。
翌日。
「テスト走行は私がやります!」
真っ先に名乗りを上げたエレナがボードに飛び乗る。
彼女が足裏から微弱な生体魔力を流した瞬間、カートリッジV2.0がそれを検知し、浮力と推進力へと自動増幅させた。
シュヴァッ!
「きゃははっ! すごい! 息をしてるだけでスイスイ進んじゃいます!」
エレナは鋭角なターンを決め、空中を自在に舞ってみせた。従来の魔導ボードではあり得ない「安全高度での無制限滑空」を、一切の疲労なしに実現してみせる。
地上で見上げていたリリアーナは、腕を組んで満足げに頷いた。
「ふはは! レイジの作る物も素晴らしい! 大衆にはこれが飛ぶように売れるだろう! だがなエレナ……たまには過剰な道具に頼らず、己の足で空を蹴るのもまた風流というものだぞ?」
ドヤ顔でフリスビーの上にふわリと降り立ち、自力での空中歩行を見せつけるリリアーナ。異次元の全自動技術と、鍛錬による職人技の美学が、ここに鮮やかな対比を描いていた。
――そして迎えた、リリアーナ商会によるエアーボードの正式発表。
店頭には、二つの目玉商品が並べられた。
ひとつは、ルカが手がけた『ルカ・モデル(実用普及機)』。
周囲の魔力を効率よく拾う堅実な設計で、扱いやすくメンテナンス性も抜群。既存の魔導具の延長線上として信頼性が高く、手頃な価格帯も相まる一般の冒険者や日常の移動手段を求める市民から大絶賛を受けた。
もうひとつは、レイジが概念を書き換えた『リリアーナ・ボード(ハイエンド機)』。
「誰でも疲労ゼロで安全高度を滑空できる」というイカれた触れ込みどおりの性能を見せつけ、富裕層や上級冒険者、新物好きの若い魔導師たちの間で爆発的なヒットを記録する。
「おい見たか! あのリリアーナ商会のボード、魔力が全然減らないぞ!」
「ルカさんの作った汎用型も軽くて乗りやすいし、どっちも完成度が高すぎる!」
食堂へ納品しているハック済みコンロ燃料の地味ながら確実な定期収入に加え、二種類の魔導エアーボードは文字通り「飛ぶように」売れまくった。予約注文は数ヶ月先まで埋まり、商会の金庫には金貨が山のように積み上がっていく。
「ふはははは! 見たか、これが我がリリアーナ商会の快進撃なのだよ!」
大量の金貨の山を前に、マントを翻して高笑いを破裂させるリリアーナ。
異端のハック技術と確かな職人技、そして圧倒的な商魂が噛み合い、リリアーナ商会は完全に軌道に乗り、王都でも無視できない一大勢力としてその名を轟かせていくのだった。
――数日後。
「レイジ! ルカ! 嬉しい悲鳴だが、もはや検品と荷造りが追いつかん! 臨時バイトを雇うぞ!」
金貨の計算を終えたリリアーナが、興奮冷めやらぬ様子で人手不足を宣言した。王都のギルドへ出された短期バイトの求人には、高額な給与目当てにすぐに応募者が現れた。
採用されたのは、手際よく荷物を運ぶ筋肉質の男。だがその男――ゴルドは、裏社会で数々の強奪をこなしてきた元Bランクの指名手配犯だった。彼の狙いは最初からバイト代などではなく、急成長を遂げたリリアーナ商会の莫大な資産そのものだったのだ。
夕暮れ時、工房の裏手で作業が一段落した瞬間、ゴルドは薄汚い笑みを浮かべて行動を起こした。
「へっ……大金持ちのポンコツ社長さんよぉ、大人しくしてもらおうか!」
ゴルドは素早く間合いを詰め、背後からリリアーナの襟首を掴もうと手を伸ばす。自身の魔力を荒々しく練り上げ、一瞬で相手の身動きを封じる練達の暗殺術。元Bランクの実力は伊達ではなく、常人なら反応すらできずに拘束される強烈な急襲だった。
「このガキを人質にすれば、あのイカれたボードの権利も金貨も全部俺様のものだ! おい、そこのエンジニアと娘! 動くんじゃねえぞ! このガキの魔力量なんぞそこらの子供並みだ、俺が本気を出せば一瞬で首の骨が――」
レイジとエレナの二人は、その表情に焦りは微塵も存在しなかった。
「……」
「……」
浮かべていたのは、ただただ哀れみと憐憫に満ちた、極限まで冷ややかな目だった。もはや言葉すら出てこない。
リリアーナの小柄な背中には、レイジがチューニングを施した、あの『集魔の古弓』がしっかりと背負われていたからだ。
「……ふむ。我が商会に雇われながら、裏切って私を人質に取ろうとはな」
リリアーナは逃げ出そうともせず、呆れたように小さくため息をついた。
彼女はゴルドの方を振り向きもせず、背中に背負った古弓へ向けて、透明な『霊力の糸』を静かに伸ばす。
カチリ、と古いコアが起動する冷たい金属音が響いた。
「な……ッ!?」
ゴルドの顔色が一瞬で激変した。
周囲に存在する「大気中の環境魔力」が、リリアーナの背中の古弓へと収束を始めたのだ。それはどんどん加速する。
(な、なんだこのイカれた現象は……!? 周囲の魔力をかき集めてるのに、なんでこいつ自身の魔力はピクリとも増減してねえんだよ!?)
手練れだからこそ、目の前で起きている「現象の異常さ」が誰よりも理解できてしまう。ゴルドの額から滝のような冷や汗が吹き出し、威勢の良かった声が情なく引きつった。練り上げていた彼の暗殺術の魔力すらもノイズのように霧散していく。
古弓の回路とリリアーナの『霊力の杭』が凶悪な周波数で爆発的な共鳴を起こし、圧縮された高密度の奔流が少女の背後で光を放つ。
リリアーナは、冷ややかなドヤ顔でゆっくりと振り返った。
「無知とは罪なのだよ、ならず者。……専属エンジニアよ、このゴミの処理はどうする?」
レイジは深くため息をつき、手袋をはめ直しながらポツリと呟いた。
「……死なない程度に吹き飛ばして、ギルドに懸賞金でも請求しておけ。臨時ボーナスになるだろ」




