絶炎の死闘と、お土産の古弓
威力自体は、レイジたちの規格外の火力からすれば極めて控えめだ。せいぜい小型の魔物を散らすか、不審者の足止めをする程度の出力に過ぎない。使い手の内部エネルギーを一切消費せず、純粋な「引く」という動作だけで自動起動する自己完結型のシステムとしては、非常に安定した設計だった。
「レイジ、どうですか?」
エレナが興味津々といった様子で覗き込んでくる。
「入力ゼロで、出力が得られる。威力はそこそこだが……自分の身を守るくらいなら十分すぎるな」
レイジは顎に手を当て、脳内で留守番中の姿を思い浮かべた。
「……リリに持たせても自爆の心配がない。回路の伝導率を少し整えてやれば、使い勝手の良い防犯用デバイスになる」
「リリちゃんへのプレゼントですか! すごく喜びそうです!」
エレナがパッと表情を輝かせた。
後ろで様子を見ていたレオンが引きつった笑みを浮かべる。
「ギルドの鑑定士が『売り物にならない』と切り捨てた理由も分かるが……ただの『調整前の優良パーツ』にしかならないんだな……」
「さて……実験も済んだ。とっとと『絶炎の魔鉱石』を掘り出して、王都へ帰るぞ」
奥へと進んだ一行を待ち受けていたのは、煮えたぎるマグマの池、その中央で鈍い赤光を放つ『絶炎の魔鉱石』の結晶体だった。
周囲には鉱脈そのものと一体化した巨大な変異種――「絶炎の溶岩竜」がとぐろを巻いていた。
「チィッ! あんなデカブツが番人かよ!」
バリスの怒声とともに戦闘が開始されたが、環境は最悪だった。
強烈な熱波と有毒ガスが冒険者たちの体力を削り、大技を撃てば目的の鉱石ごとマグマに沈んでしまうという制約が、レイジとエレナの規格外の火力を封じていた。
「レイジ! マグマから無限に熱を吸収して回復してやがる! 私の氷結魔法じゃ相殺しきれないわ!」
セリアが悲鳴のような声を上げる。レオンの魔法剣も、バリスの大剣も、溶岩の鱗に弾かれて決定打にならない。
「面倒くさい防衛システムだな……エレナ、出力を絞って視界と関節だけを狙え。マグマへのダイブを防ぐ」
「了解です!」
エレナが精密な生体回路の制御で極細のレーザーを連射し、竜の動きを牽制する。
レイジは霊力の糸を伸ばし、溶岩竜とマグマの池を繋ぐ熱エネルギーの供給ラインをハッキングした。世界ルールへの干渉で、竜の周囲数メートルだけの環境魔力を「絶対零度」のコードに強制的に書き換える。
「エネルギー供給、遮断」
供給を絶たれ、急激な温度変化で鱗が脆くなった瞬間を、バリスとレオンの渾身の一撃が打ち砕いた。
断末魔とともに溶岩竜が崩れ落ち、熱波がわずかに収まる。
「ハァ、ハァ……マジで死ぬかと思ったぜ……」
へたり込むバリスを横目に、レイジは無傷のまま『絶炎の魔鉱石』を乱暴に削り取った。
「材料は揃った。帰るぞ」
数時間後。
王都の東はずれ、カノンの鍛冶屋の裏手にある仕事場。
ルカの工房も兼ねている場所で、リリアーナが顔をススだらけにしながらエアボードのパーツ磨きを手伝わされていた。
「ふん! 商会のトップたる私が、なぜ下働きのような真似を……! 愛機を完璧に仕上げるための投資なのだよ!」
ブツブツと文句を言いながら真面目に布を動かすリリアーナの前に、ポイッと何かが投げ渡された。
「ひゃうっ!?」
慌てて受け止めたのは、少し古びているが、洗練された魔力回路の輝きを放つ木製の弓だった。
「レイジ!? 帰っていたのか! ……何だこれは?」
「道中で拾ったジャンク品を少しチューニングした。弦を引くだけで勝手に矢が出る。お前みたいなヤツでも使えるお守り代わりだ」
素っ気なく言うレイジの横から、エレナが笑顔で付け加えた。
「レイジからのプレゼントですよ、リリちゃん!」
「プ、プレゼントだと……!?」
リリアーナは顔を真っ赤にして弓を抱え込んだ。
「ふ、ふん! 経営者の安全を守るのも、技術顧問の立派な仕事だからな! 特別にもらってやろう! ……あ、ありがとなのだよ」
照れ隠しにツインテールを揺らしながら、リリアーナは工房の裏庭にある試し撃ち用の標的――分厚い鉄板を重ねたものへと向き直った。
「ふふん、私の隠された才能を見せてやるのだよ!」
古弓を構え、弦に指をかける。
無意識のうちに、日頃の特訓で酷使している『霊力の杭』の残滓が弦へと浸透していく。
ギリリ、と弦を引き絞る。
古弓の集魔回路が自動起動し、大気中の環境魔力を急速に吸い上げ始めた。直後、弓内部を駆け巡る魔力が、弦に付着したリリアーナの純粋な霊力と接触、猛烈な周波数の波長共鳴を引き起こした。
吸い上げられた大容量の魔力が、共鳴の連鎖を経てことごとく「霊力」へと変換されていく。リリアーナ固有の波長と、古弓の古典的な集魔構造が奇跡的な噛み合いを見せた結果だった。変換された霊力がさらに周囲の魔力を呼び込み、相乗効果で更なる霊力を生み出す――。
周囲の大気が陽炎のように揺らぎ、集束するエネルギーは光の矢ではなく、圧縮された高密度の奔流へと塗り替えられていく。
「いくのだっ!」
弦から指が離れた。
ドォンッ!!
裏庭に大砲のような轟音が炸裂した。
弓から放たれたのは、極太の破壊光線だった。エレナが放つ『ハイブリッド狙撃』の絶対的な収束度には及ばないものの、Aランク魔道士が放つ全力魔法に真っ向から匹敵する圧巻の奔流。眩い閃光が視界を白く染め上げ、分厚い鉄板の標的を一瞬で蒸発させ、後方の石壁まで跡形もなく消し飛んでいた。
「……は?」
立ち会っていたバリスが、大剣を取り落として素っ頓狂な声を上げた。
「な、何ですかあれ!?」
ルカが悲鳴を上げ、レオンとセリアは口をパクパクとさせて硬直している。
魔法の根源たる『霊力』を感知できない彼らの目には、怪奇現象にしか映らない。子供レベルの魔力しか持たない少女がボロボロの弓を引いた瞬間、周囲の魔力が一瞬で消失し、直後に最高峰の攻撃魔法が放たれた。魔法理論の根底を揺るがす光景だった。




