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異世界霊力技師の日常  作者: 咲


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専門職殺しの『気』と、雑すぎる応急処置

「よし、障害物(あのバカども)も消えたな。ボードとフリスビーを出すぞ」


レイジが短く指示を出すと、街道の陰でルカの魔導エアボードと『絶対軸維持フリスビー』が展開された。試作機のエアボードにはバリスが乗り込み、レイジ、エレナ、レオン、セリアの4人はフリスビーへと足を乗せる。


爆発的な推進音とともに、一行は遥か上空へと急浮上した。街道の上空数百メートル――安全高度を大きく超える高高度を風を切って滑空する。眼下には、先ほど街道を大股で歩いていた4人組のパーティが豆粒のように見えていたが、彼らが遥か頭上を音速に近い速度で通り過ぎる影に気づくはずもなかった。


「……ハッ! 歩いて登るのがバカらしくなるな!」


背中にルカのエアボードの強烈な風圧を受けながら、バリスが獰猛に笑う。移動時間を極限まで短縮した一行は、あっという間に雲を突き抜け、鋭利な岩肌が連なる北の山脈の危険地帯へと到達した。


周囲の空気は濃密な魔気で爆発し、大気を震わせる咆哮とともに姿を現したのは、岩肌と同化していた巨大な変異種モンスターの群れだった。


「チッ、数が多いな! 浮遊型の魔物まで混ざってやがる!」


バリスが大剣を振り回して前衛を押し返し、レオンが華麗な魔法剣で炎を散らし、セリアが広範囲の氷結魔法で援護する。いくらレイジたちの規格外の力があるとはいえ、押し寄せるAランクの魔物たちの激しい猛攻は、確実に一行の体力を削っていく。


その乱戦の最中だった。


「セリアさん、右です!」

「あっ――!?」


背後から迫る凶悪な魔物の爪を庇おうと、エレナが割って入った。鋭い突風と衝撃が二人を襲う。何とか一撃を殺したものの、エレナのふくらはぎとセリアの太ももに深い裂傷が走り、鮮血が舞った。


「くっ……痛っ……!」

「ごめんなさいエレナちゃん……私のせいで……っ!」


セリアは顔を歪め、焦って手持ちの杖を構えた。

本来、傷を完璧に塞ぐような『治癒魔法(ヒール)』は神聖魔法の領域であり、それ専門の修道士やヒーラーでなければ扱えない高等技術だ。攻撃や空間制御を専門とするセリアにできるのは、魔力で血流を抑える程度の気休めな『応急処置』術式に過ぎない。


戦闘の混乱と傷の痛み、焦りから魔力にノイズが混ざり、セリアの構築しかけた拙い応急処置の術式すらパチンと音を立てて弾けて不発に終わった。


「落ち着け。動くな、傷が開く」


レイジが二人のそばに静かに着地した。面倒くさそうに一息つくと、手袋を外してエレナのふくらはぎ、そしてセリアの傷口へと素手をかざす。


「レイジ君、無理よ! そもそも回復魔法は専門職(ヒーラー)の領域で、私みたいな魔道士じゃまともな治癒もできないの! 高度な術式と長い詠唱が――」


セリアが止めようとした瞬間、レイジの指先から透明な、ごく淡い光が揺らめいた。


断裂した皮膚と肉が、まるで映像を早送り再生しているかのように瞬時に引き寄せ合い、細胞が凄まじい勢いで結合していく。ほんの数秒と経たないうちに激痛は消失し、出血は止まり、切り傷跡すら綺麗に塞がって完治してしまった。


「……え?」


セリアは開いた口が塞がらず、手帳をポロリと地面に落とした。専門のヒーラーすら不要とするレベルの完治。治癒魔法の常識が、世界の法則そのものが、目の前で音を立てて崩壊していく。


「な、何……これ……? 詠唱も術式もなしで……専門のヒーラー以上の完全治癒……!? あなた、一体何をしたの!?」


セリアの金切り声に、周囲の魔物を片付けて駆け寄ってきたレオンも目を見開いた。


「おいおいおい! 切り傷跡すら残ってないぞ!? レイジ君、君は治癒魔法まで使えるのか!?」


二人からの刺さるような視線と動揺を受け、レイジは至極冷めた顔で手を振り、手袋をはめ直した。


「別に大したことじゃない。ただの『気』の応用だ。細かく気を流して、体が本来持ってる細胞の自己修復速度を少しだけ手伝ってやっただけに過ぎない」


「気……!? 気って、身体能力を強化したり打撃を強くするあの『気』のことか!? そんなので皮膚や肉が早送りみたいに塞がるわけねえだろ!」


バリスが大剣を背中に担ぎ直し、強烈な眉間のシワを寄せて詰め寄ってくる。Aランクとして修羅場をくぐってきたバリスにとっても、専門職の領域をあからさまに踏みにじる目の前の現象は到底受け入れがたいものだった。


説明を求めるように身を乗り出すバリスに対し、レイジは説明を付け加えた。


「細胞の最小単位にピントを合わせて、修復のクロック数を同期させて……って説明しても、どうせお前ら理解できないだろ。システムやコードの話をしても無駄だ。……ただし、これにも限界はある」


「限界……?」

セリアが思わず聞き返す。


「ああ。いま治したのは『切り傷』だから細胞の表面を繋げただけだ。骨折とか、内臓まで届くような深すぎる重傷は無理だ。……というか、下手にこの『気』で適当に細胞の修復速度を早めると、折れた骨が曲がった変な状態のまま無理やり結合したり、内臓の傷が塞がる前に表皮の皮膚だけが塞がって中で破裂する。結局のところ、俺のやってるのは雑な『応急処置』の延長に過ぎねえよ」


セリアとレオン、バリスの顔はますます引きつっていった。

セリアが正論を投げかける。

「いやいやいや! 応急処置の領域すら超えてるから! 切り傷を数秒で傷跡なしに完治させておいて『雑な応急処置』はないでしょ!!」


「要するに『感覚』と『コツ』だ。細かく集中して気を流せば誰でもできる。……ほら、歩けるならさっさと行くぞ。目的の『絶炎の魔鉱石』はもう目と鼻の先だ」


レイジはそれ以上一切の説明を放棄し、クルリと背を向けて歩き出した。


「誰でもできるわけないでしょーーっ!!」


背後でセリアの絶叫が山脈に響き渡ったが、レイジは耳をほじりながら完全無視を決め込んでいた。


エレナだけが「ふふ、レイジの『気』はすごいんですよ」と少し誇らしげに微笑んでいたが、レオンとセリアは「これが応急処置なら、世の修道士やヒーラーたちの立つ瀬がないわよ……」と頭を抱えて深い溜息をつくのだった。

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