お留守番の経営者と、北の街道のすれ違い
「なっ……! 証拠だと!?」
バリスは言葉に詰まった。
確かに、彼らが空を飛び、信じられない魔法(?)を放った瞬間を記録した魔導写真などの「客観的な証拠」は一つもない。あったのは、一瞬で消滅した魔物の死骸と砂利になったゴーレムの残骸だけだ。
「くっ……レオン! セリア! テメェらからも言ってやれ!」
「い、いやぁ……バリスの言うことは事実なんだが……客観的に見たら完全に俺たちが集団幻覚でも見てたような理屈だからなぁ……」
レオンが気まずそうに前髪をかき上げ、セリアも「魔法理論の敗北を証明する証拠なんて、私だって手元に残したくないわよ……」と青ざめた顔で目を逸らした。
周りの嘲笑が深まる中、受付嬢が恐縮そうに咳払いをした。
「え、えーと……バリス様。お気持ちは分かりますが、ギルドの規約上、北の山脈の指定鉱脈への立ち入りは『正規のランク保持者およびその正式な同行許可を得た者』に限られます。そちらのエレナ様はCランクですので護衛対象として同行可能ですが……そちらの『リリアーナ様』に関しましては、冒険者としてのランク登録すら存在しない『完全なランク外』です」
「なっ……!」
バリスが息を呑む。
受付嬢は困ったように手帳を開いた。
「どれだけお強くとも、ギルドに登録のない民間人をAランク危険地帯に同行させることは、安全管理上のコンプライアンス違反となります。ですので、リリアーナ様を連れてのクエスト受領は不可能です」
「うぐぬぬぬぬっ……! コンプライアンスだと!?」
リリアーナは耳まで真っ赤にし、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「失礼な! 私は『リリアーナ商会』の最高経営者なのだぞ! 足手まといどころか、さっきも泥棒をドロップキック一発で粉砕したばかりなのだ!」
「よし分かった、リリは留守番だな」
レイジがあっさりとそう切り出すと、リリアーナは「なっ……!?」と目を丸くして固まった。
「ちょっと待つのだレイジ! 商会のトップであるこの私が同行せぬでどうする! 経営者の視点から現場の資源確保を――」
「法やルールを無視して突っ込むのは犯罪だって、カノンと……他ならぬお前自身が言ってたろ。コンプライアンス違反なんだろ?」
正論のナイフで完璧に言い返され、リリアーナは「ぐっ、ぬぬぬ……!」と声を詰まらせた。自分がカノンの工房でドヤ顔で語ったコンプライアンスの理屈が、そのままブーメランとなって突き刺さる。
「……うぅ。分かったのだよ……組織の長として、コンプライアンスを破るわけにはいかんからな……! 留守番くらい、大人しくやってやるのだっ!」
リリアーナは頬を膨らませ、そっぽを向いて腕を組んだ。
社会人・経営者としての理屈やルールは完璧に理解している。自分が同行できない合理的な理由も分かっている。だが、理解できていることと、感情が追いつくかどうかは完全に別問題だ。ツインテールをぷんぷんと揺らし、耳まで少し赤くしたまま悔しそうに地団駄を踏む姿は、どう見ても駄々をこねる子供そのものだった。
「リリちゃん、ごめんね。お土産、何か美味しい食べ物買って帰るからね」
エレナが屈んで目線を合わせ、優しく頭を撫でると、リリアーナは「むー! だから頭を撫でるなと言っているだろう! 私は子供ではないのだっ!」と抗議しつつも、どこか安心したように表情を緩めた。
「ルカの工房でボードのメンテナンスでも手伝っててくれ」
レイジが短くそう告げると、リリアーナは「ふん! 言われなくても、完璧にこなしてみせるのだよ!」と威勢よく言い返して工房へと戻っていった。
留守番となったリリアーナとルカを残し、北の山脈への採取クエストは、レイジ、エレナ、レオン、セリア、バリスの5人で赴くこととなった。
出発前、ルカが試作機の魔導エアボードを抱えながら、ジト目でレイジたちを呼び止めた。
「あの……この三機のエアボード、私が工房で最終調整とデバッグを進めておきたいです。実戦データは取れましたし、まだ改良の余地がありますから」
レイジは即座にうなずいた。
「そうだな。そもそも持ち運ぶとなると、フリスビーの方が圧倒的にコンパクトでコストがかからない」
「え、ちょっと待て! 俺はどうなるんだよ!?」
バリスが慌てて声を上げる。フリスビーでの立体機動など逆立ちしてもできないバリスにとって、エアボードは唯一の「空の足」なのだ。
「スピードと安定性なら、間違いなくエアボードの方が上だ。お前が現地で空を飛びたいなら、自分用の機体を一機、背中に担いで持っていけ」
「げぇっ!? これを背負って歩けってのか……!?」
バリスは大剣に加え、かさばる大型のエアボードを背中に縛り付けられ、顔を歪ませた。だが、あの大空を駆け抜ける快感と買い取りへの意欲には勝てず、重い溜息をつきながら巨大な荷物を背負い込んだ。
レイジが淡々と言い渡す。
「……街中や人の目がある場所で、むやみに目立つ魔導具を出すのはやめだ。盗難のリスクも増える」
背中にエアボードを担ぎ直したバリスが、同意するように頷いた。
「まあな……! あのイカれた板、街中で見せびらかしてたらまた泥棒に狙われるか、ギルドの連中に取り囲まれるのがオチだ。少し歩いて、人気のない街道に出てから飛び立つぞ……!」
セリアも手帳を閉じながら同意する。
「同感ね。手間の削減と防犯対策としては合理的だわ」
王都の門を抜け、一行は北へと続く街道を徒歩で進んでいた。
「ハハハ! 見ろよ、さっきギルドでバリスの野郎にへりくだってた三流どもじゃねえか!」
振り返ると、豪華な装備を身にまとった4人組のパーティが歩いてきていた。先ほどギルドの大広間で、レイジの魔力量やエレナのランクを嘲笑していた冒険者たちだ。リーダー格の男が、下品な笑みを浮かべながらこちらを指差している。
「何だぁ? Aランクのバリス様に護衛してもらって、お散歩か? 街のすぐ外まで歩いただけでハァハァ言ってんじゃないだろうな?」
「ケッ、底辺魔力のゴミと、お飾りCランクの小娘か。バリスも物好きだな。何だその背中のデカい板は? そんなお荷物連れて北の山脈へ行こうだなんてよ」
男たちは口々に嘲笑を浴びせながら、レイジたちの横を通り過ぎていく。どうやら彼らも、同じく北の山脈方面に用があるパーティのようだった。
バリスが青筋を立て、「テメェら……さっきから調子に乗ってんじゃねえぞ……!」と背中の荷物を揺らしながら大剣の柄に手をかけたが、レイジは軽く手を挙げて制した。
「ほっとけ。無駄な戦闘でエネルギーと時間を消費する方がコストの無駄だ」
「けっ、レイジ、お前よくそんな冷静でいられるな……!」ep58✽⇩
「なっ……! 証拠だと!?」
バリスは言葉に詰まった。
確かに、彼らが空を飛び、信じられない魔法(?)を放った瞬間を記録した魔導写真などの「客観的な証拠」は一つもない。あったのは、一瞬で消滅した魔物の死骸と砂利になったゴーレムの残骸だけだ。
「くっ……レオン! セリア! テメェらからも言ってやれ!」
「い、いやぁ……バリスの言うことは事実なんだが……客観的に見たら完全に俺たちが集団幻覚でも見てたような理屈だからなぁ……」
レオンが気まずそうに前髪をかき上げ、セリアも「魔法理論の敗北を証明する証拠なんて、私だって手元に残したくないわよ……」と青ざめた顔で目を逸らした。
周りの嘲笑が深まる中、受付嬢が恐縮そうに咳払いをした。
「え、えーと……バリス様。お気持ちは分かりますが、ギルドの規約上、北の山脈の指定鉱脈への立ち入りは『正規のランク保持者およびその正式な同行許可を得た者』に限られます。そちらのエレナ様はCランクですので護衛対象として同行可能ですが……そちらの『リリアーナ様』に関しましては、冒険者としてのランク登録すら存在しない『完全なランク外』です」
「なっ……!」
バリスが息を呑む。
受付嬢は困ったように手帳を開いた。
「どれだけお強くとも、ギルドに登録のない民間人をAランク危険地帯に同行させることは、安全管理上のコンプライアンス違反となります。ですので、リリアーナ様を連れてのクエスト受領は不可能です」
「うぐぬぬぬぬっ……! コンプライアンスだと!?」
リリアーナは耳まで真っ赤にし、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「失礼な! 私は『リリアーナ商会』の最高経営者なのだぞ! 足手まといどころか、さっきも泥棒をドロップキック一発で粉砕したばかりなのだ!」
「よし分かった、リリは留守番だな」
レイジがあっさりとそう切り出すと、リリアーナは「なっ……!?」と目を丸くして固まった。
「ちょっと待つのだレイジ! 商会のトップであるこの私が同行せぬでどうする! 経営者の視点から現場の資源確保を――」
「法やルールを無視して突っ込むのは犯罪だって、カノンと……他ならぬお前自身が言ってたろ。コンプライアンス違反なんだろ?」
正論のナイフで完璧に言い返され、リリアーナは「ぐっ、ぬぬぬ……!」と声を詰まらせた。自分がカノンの工房でドヤ顔で語ったコンプライアンスの理屈が、そのままブーメランとなって突き刺さる。
「……うぅ。分かったのだよ……組織の長として、コンプライアンスを破るわけにはいかんからな……! 留守番くらい、大人しくやってやるのだっ!」
リリアーナは頬を膨らませ、そっぽを向いて腕を組んだ。
社会人・経営者としての理屈やルールは完璧に理解している。自分が同行できない合理的な理由も分かっている。だが、理解できていることと、感情が追いつくかどうかは完全に別問題だ。ツインテールをぷんぷんと揺らし、耳まで少し赤くしたまま悔しそうに地団駄を踏む姿は、どう見ても駄々をこねる子供そのものだった。
「リリちゃん、ごめんね。お土産、何か美味しい食べ物買って帰るからね」
エレナが屈んで目線を合わせ、優しく頭を撫でると、リリアーナは「むー! だから頭を撫でるなと言っているだろう! 私は子供ではないのだっ!」と抗議しつつも、どこか安心したように表情を緩めた。
「ルカの工房でボードのメンテナンスでも手伝っててくれ」
レイジが短くそう告げると、リリアーナは「ふん! 言われなくても、完璧にこなしてみせるのだよ!」と威勢よく言い返して工房へと戻っていった。
留守番となったリリアーナとルカを残し、北の山脈への採取クエストは、レイジ、エレナ、レオン、セリア、バリスの5人で赴くこととなった。
出発前、ルカが試作機の魔導エアボードを抱えながら、ジト目でレイジたちを呼び止めた。
「あの……この三機のエアボード、私が工房で最終調整とデバッグを進めておきたいです。実戦データは取れましたし、まだ改良の余地がありますから」
レイジは即座にうなずいた。
「そうだな。そもそも持ち運ぶとなると、フリスビーの方が圧倒的にコンパクトでコストがかからない」
「え、ちょっと待て! 俺はどうなるんだよ!?」
バリスが慌てて声を上げる。フリスビーでの立体機動など逆立ちしてもできないバリスにとって、エアボードは唯一の「空の足」なのだ。
「スピードと安定性なら、間違いなくエアボードの方が上だ。お前が現地で空を飛びたいなら、自分用の機体を一機、背中に担いで持っていけ」
「げぇっ!? これを背負って歩けってのか……!?」
バリスは大剣に加え、かさばる大型のエアボードを背中に縛り付けられ、顔を歪ませた。だが、あの大空を駆け抜ける快感と買い取りへの意欲には勝てず、重い溜息をつきながら巨大な荷物を背負い込んだ。
レイジが淡々と言い渡す。
「……街中や人の目がある場所で、むやみに目立つ魔導具を出すのはやめだ。盗難のリスクも増える」
背中にエアボードを担ぎ直したバリスが、同意するように頷いた。
「まあな……! あのイカれた板、街中で見せびらかしてたらまた泥棒に狙われるか、ギルドの連中に取り囲まれるのがオチだ。少し歩いて、人気のない街道に出てから飛び立つぞ……!」
セリアも手帳を閉じながら同意する。
「同感ね。手間の削減と防犯対策としては合理的だわ」
王都の門を抜け、一行は北へと続く街道を徒歩で進んでいた。
「ハハハ! 見ろよ、さっきギルドでバリスの野郎にへりくだってた三流どもじゃねえか!」
振り返ると、豪華な装備を身にまとった4人組のパーティが歩いてきていた。先ほどギルドの大広間で、レイジの魔力量やエレナのランクを嘲笑していた冒険者たちだ。リーダー格の男が、下品な笑みを浮かべながらこちらを指差している。
「何だぁ? Aランクのバリス様に護衛してもらって、お散歩か? 街のすぐ外まで歩いただけでハァハァ言ってんじゃないだろうな?」
「ケッ、底辺魔力のゴミと、お飾りCランクの小娘か。バリスも物好きだな。何だその背中のデカい板は? そんなお荷物連れて北の山脈へ行こうだなんてよ」
男たちは口々に嘲笑を浴びせながら、レイジたちの横を通り過ぎていく。どうやら彼らも、同じく北の山脈方面に用があるパーティのようだった。
バリスが青筋を立て、「テメェら……さっきから調子に乗ってんじゃねえぞ……!」と背中の荷物を揺らしながら大剣の柄に手をかけたが、レイジは軽く手を挙げて制した。
「ほっとけ。無駄な戦闘でエネルギーと時間を消費する方がコストの無駄だ」
「けっ、レイジ、お前よくそんな冷静でいられるな……!」
嘲笑するパーティは、自分たちが格上であるかのように胸を張り、大股で街道の先へと消えていった。
ep58 お留守番の経営者と、北の街道のすれ違い
嘲笑するパーティは、自分たちが格上であるかのように胸を張り、大股で街道の先へと消えていった。




